オリハルコンがありません
俺が異世界から帰還して2年以上経てば、ダンジョン産の素材の研究も結構進んでいる。
中でも魔石は、どこのダンジョンでも産出するため、研究が盛んだ。
我がだんじょん荘も、地元の要請で環境破壊が確実に起こるような危険な実験を全てを引き受け成果を上げていたが、最大の成果は実験施設ではなく、白浜ダンジョンの9階層で発見された不思議な現象だった。
白浜ダンジョンの9階層は、探索者が『三次元感覚』のスキルを修得できるように無重力にした階層だったが、ここで10kgの魔石と10kgの装備を動かしたところ、明らかに魔石の方が力がいることが分かったのだ。
同じ10kgなのに、魔石の方が重いという不可思議な現象をさらに研究したところ、トヨタ自動車から、加速実験で同じ100kgの魔石と鉄の塊を比較したところ、魔石の方が加速が悪いという結果が出た。
魔石は重さと質量に差があったのだ。
「質量と重さが違うのかーっ、中学のときに習ったな。
そういや、魔石持ったときに違和感あったもんね。」
「つまり、どういう事?」
「魔石の重さ10kg重は、質量20kg✕重力0.5Gとか、そんな感じらしい。
魔石には重力に反発する力か、重力を軽減する力があるみたいです。」
ダンジョン課の鈴木蓮が、なぜか興奮気味にまくしたてる。
「それって、興奮するほどの事なの?」
「そりゃそうですよ、反重力の発見かも知れないですから。
ボーイングなんか研究費の大半を突っ込むと言ってましたよ。
ニュース見てないんですか?」
「ここ、通信が壊滅的なもので。」
だんじょん荘はもちろん、ダンジョン丸で移動中も操船で忙しい上に、『意訳』の魔法はラジオの音声に対応してないから、海外でもニュースは聞いてない。
ちなみにだんじょん荘の住人は、新聞屋で新聞を買ってるようだ。
だんじょん荘の新聞屋は、本当に新聞だけを扱う店舗で、配達はやってない。
配達してるのは郵便だけだ。
世界に航空機メーカーはいくつかある。
その中でもボーイング社はかなり先を進んでいた。
「やはり、反重力で間違いないのだな?」
「はい。」
ボーイング社では、鈴木元太が外国人相手に記者会社をして、トランスポータルの罠の存在を公にしたときから、次世代の航空機として、魔石を燃料にしたエンジンの開発に手を付けていた。
なので、魔石の特性はかなり把握していた。
それでも、実験結果がおかしい時が何度もあり、原因を調べていた最中に発表されたのが反重力の可能性だったのだ。
「最後のピースが、まさかの反重力だったとはな。
しかし、本当なのか?にわかには信じられん。」
「はい、既に実験場での試験は成功してます。
反重力の正体は不明ですが、その利用は夢物語ではありません。」
会議室の重役達がどよめく。
彼らは技術屋上がりだったり、広報上がりだったりと、それぞれキャリアはちがう。
しかし、反重力の有要性はそれぞれの立場で分かっていた。
「君、我が社の航空機には搭載可能かね?」
「いえ、残念ながら。」
「何が問題なのだ?」
「オリハルコンです。」
技術屋の重役が頭を抱えた。
彼らはオリハルコンと聞いて、どうやって反重力を実現したのか、なんとなく分かってしまったのだ。
「オリハルコンは、電力・魔力・DPといったエネルギー的な物を溜められる。
つまり、反重力エネルギーも溜められた訳か。」
「はい、電力や魔力から反重力エネルギーへの変換もできましたが、肝心のオリハルコンがありません。」
「あれは、アンカレッジのレアモンスターと、アルカトラズのボスモンスターから、ごく少量ドロップするんだったな?」
「政府にはたらきかけるか?」
「いやいや、政府でどうにかなるのか?
買取価格を上げるのが妥当だろ。」
この会議でボーイング社は、オリハルコンが重要戦略物資だと深く認識したのだった。
さて、この地球でオリハルコンが一番多い所はどこでしょう。
それはここ、だんじょん荘だ。
だんじょん荘の入居者は、2年半でついに200万人に達し、アパート単体で岐阜県や群馬県の総人口を抜いた。
そこまで居者が増えると、だんじょん荘は新たな問題に直面する事になる。
各家庭に配っていた、オリハルコン電池のストックがついに尽きたのだ。
新しく製造するにも、オリハルコンのストックは5tしかない。
苦肉の策で、家賃は0円、オリハルコン電池のレンタルは月5000円に改定したが、白浜ダンジョンで稼ぐ奴らには、月5000円のレンタル料なんか小銭程度の感覚しかない。
照明や冷暖房に電気は使わないが、冷蔵庫・電子レンジ・家庭用ゲーム機などには使うため、オリハルコン電池の需要はあるのだ。
そこに山本議員から、なんとかオリハルコンを融通できないかと相談された。
「異世界では、ミスリルの方が需要あったんですけどね。
まさか魔石に反重力があって、そのエネルギーをオリハルコンに蓄積できるとは想いませんでしたよ。」
「ミスリルは再生できんから、扱いが慎重なんじゃ。」
ミスリルは一度形が決まってしまうと、今の人類の科学力では、どんな事をしても変形しないし溶けないし腐食しない。
安全に処分するにはダンジョンに放置してDPの肥やしにするしかない。
一方のオリハルコンは、腐食しないのは一緒だが、硬さと融点は純金と同じくらいなので、加工しやすく再利用も容易だ。
そして何より電池として圧倒的に優秀だ。
一切劣化せず500℃の環境でも普通に使え爆発もしない、重量あたりの蓄電量はリチウムイオン電池の300倍を越える。
電気が文明の根幹をなす人類にとって、どっちがより有益かは考えるまでもなかった。
そこに反重力の有効利用が加われば、その価値は天井知らずだ。
「国内でオリハルコン産出するダンジョンて、どこだっけ?」
プロのダンジョン探索者として連れてきた四条光輝に聞いてみた。
「佐渡ダンジョンと秩父ダンジョン、あとは山梨の黒川ダンジョンだね。
ちなみに、全部金山の廃坑を再利用したダンジョンだ。
去年のオリハルコン総産出量は7.2gだけど、佐渡が本格的に動きだしたのが10月だから、今年はもう少し多いかも。」
「それでも10g越えるくらいか。
人工的にオリハルコンを作る方法はないのか?」
オリハルコンを作る事は可能か?
その答えは、全ての条件が整えば可能だ。
「残念ながら無理です。
俺が知ってる方法だと、地球では環境が整いません。」
「そうか、ちなみに何が足りない?」
「錬金術師。」
オリハルコンは、かなーり熟練した錬金術師じゃないと作れない。
しかし、地球では天職を得られない。
天職を得るには、異世界に召喚される必要があるが、錬金術師が異世界から戻って来るのは不可能だ。
その事を山本議員に話したら、隣で聞いてた四条があっさり解決法を提示してきた。
「だったら大家さんが、だんじょん荘から異世界に空間型ダンジョンつなげて、そこと取引すればいいんじゃない?
錬金術師がいる異世界なら、どこでもいいんだよね。」
「はうっ!そうか、オリハルコンが手に入れば、別に地球で作らなくてもいいのか。
山本さん、日本の法律で異世界と貿易しても問題ないですか?
俺が異世界から帰ってきた時みたいに、1兆円ポーンと払ってくれとか言われても困るんですけど。」
「うーん・・・どうかな。」
しっかりしてくれ、アンタ確か法務大臣だろ!
まあ、法務大臣が全部法律を丸暗記してるはずもないけど、「よし分かった、なんかあったら切腹して責任とるから、安心するのぢゃ!」くらい言えんのか?
俺なら絶対言わないけど。
結局、この話は閣議にかける事になった。
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