海中だって地底だよ
豊島を皮切りに、俺はダンジョンを作りまくった。
一年後には、日本国内に60ヵ所、韓国に20ヵ所、北朝鮮に18ヵ所、中国に12ヵ所、台湾に8ヵ所、フィリピンに5ヶ所、そしてアラスカに4ヶ所のダンジョンを誕生させた。
北朝鮮で歓迎されたのは意外だったな、少し前に国家元首が死んで代替わりしたのが大きかったんだろう。
最近では、白浜ダンジョンを卒業し、故郷のダンジョンで稼ぐ探索者がちらほら現れ始めた。
魔石産出量は、白浜ダンジョンが2位だ。
1位はなんと飛行する魔物が多い雲のダンジョンだ。
あんなのどうやって攻撃当ててるんだ?と思ったら、かすみ網を使ったらしい。
ミラージュハーピーなど、飛行する魔物の多くは、飛ぶときに地面を強く蹴るので、不安定な網に絡まって速度がゼロになると、飛ぼうとして体力と精神力が続く限り網を蹴る事が分かったのだ。
力尽きた状態なら簡単に仕留められる。
飛んでる魔物に当てるのは難しいが、飛んでる魔物を捕らえるのは案外簡単だった。
網の素材は、驚きのカーボンナノチューブだ。
カーボンナノチューブは、俺が異世界に召喚される前は、最強の素材として注目されていたが、高価・短い・量産がきかないと、三重苦を抱える難物だった。
アレ、実用化されたんだな。
そんなわけで、雲のダンジョンは魔石を輸出できるほど産出している。
ドロップ品も優秀で、ミスリルの他にスカイタイトと名付けられた雲のダンジョン個有の魔金属が確認された。
スカイタイトは比重が0.05と金属にあるまじき軽さで、青銅と同レベルの強度を持つ。
加工もそこそこ容易なので、軽量化が求められる製品に需要が高い。
そんな雲のダンジョンを目印にダンジョン丸は三陸沖を航行していた。
目指すはアラスカだ。
以前は海上を疾走するダンジョン丸に『水瓶』の魔法で攻撃するバカがいたが、ミスリルでてきた船体にどんな魔法を繰り出しても無駄だ。
物理攻撃も同じで、一度はどこぞの潜水艦から発射された対艦ミサイルをわざと受けて、健在ぶりを見せつけてやった。
航海灯壊れたけど。
ついには襲撃者の心が折れたのか、ここしばらくは、ダンジョン丸に攻撃してくる奴はいなくなった。
よって今の最大の敵は、外洋特有の荒れた海で、波という水の壁を魔法で粉砕しながら進む事になる。本来なら。
実際、初めてアラスカに行ったときは、正直、外洋の波を甘く見ていた。
嵐でもないのに高波との戦いで、当時はかなり消耗したものだ。
ダンジョン丸が三角波に持ち上げられ、次の瞬間、真上が海だったときは、正直沈んだと思った。
ミスリルの船は絶対に沈まないんだけど。
なので、困った時のダンジョンだ。
地中は当たり前として、異空間やら空中やらでもダンジョンは作れる。
ならば、水中もできるはずだ。
最初はリンダ牧場で使った水ダンジョンを試したが、あれは水圧に弱いどころか自重も支えられないほどフニャフニャで、水深1mで人間が入れないほど通路が潰れてしまった。
試行錯誤の結果、ウエハースダンジョンのように別の物、具体的には氷をイメージする事で、ダンジョンを作れた。
イメージしただけなので、硬く透明ではあるが冷たくはない。
水晶と言われれば信じそうだが、高温にすると溶けて水になるので、水の同素体的なナニモノカなんだろう。
場所は雲のダンジョンの入口がある浜中町から南東に3カイリ、入口は大渦だ。
本当はもっと南にしたかったんだけど、それ以上南は、北米から津軽海峡を抜ける貨物船がひっきりなしに通るので無理だった。
漁業への影響はあるのだが、最近は雲のダンジョンの方が人手不足だったので、失業してもすぐに就職できた。
その大渦から深海500mまで下り、魔物が出没する氷と海水の回廊を抜け、アラスカの南40カイリから再び大渦を登ってアラスカ湾に出る。
このダンジョンは、直通回廊以外は手を加えてないので、他がどうなってるのか俺も分からない。
物がダンジョンなので、外からはちゃんと魚群探知機にもアクティブソナーにも反応するから、今まで各国の潜水艦がぶつかったという記録はない。
ダンジョンを作るときは、ちょっとした国際問題になったが、白浜ダンジョンの管理があるから、往復1週間以内に帰れない所には当面ダンジョンを作れないと言ったら、まずアメリカ側が折れ、アメリカの圧力で日本も折れた。
飛行機では、ユナイテッドエアー33便や35便の悲劇が繰り返される可能性があり、ダンジョン丸では、高波の外洋を高速で移動できないからだ。
ダンジョンは誰が利用しても良いが、脱出するには大渦を突破するだけの推力と、クラーケンやシーオークの上位種といったザコを退けるだけの力か必要になるので、実質俺専用だ。
まあ俺の場合、退けるといっても、ダンジョンマスターの権能で遭遇率を限りなく下げて回避するんだけど。
回廊に入ったダンジョン丸は、波がおだやかな回廊を200ノットで航行し、日付変更線をあっさり越える。
航海は順調そのものだ。
ダンジョン内で一泊し、翌日も回廊をぶっ飛ばし、アラスカに向かっていたが、バイトで雇った航海士が出口の辺りで何かを見つけた。
「大渦に飛び込んだバカがいたようだぜ。」
「本当だ、これは・・・漁船か?シーオークパイレーツに襲われてるね。」
シーオークパイレーツは、シーオークの中でも集団戦を得意としてる奴らで、しかも人間と同等の戦術を使ってくる。
仲間同士で通信するスキルがあるだけでなく、司令官が殺されても即座に次席のシーオークが指揮権を継承するので、なにしろ崩れない。
そういった意味では、クラーケンやシーサーペントより厄介な奴らである。
ただ、相手は所詮水棲の魔物だ、海面近くにいるなら、やりようはある。
俺は『雷撃』の魔法を漁船のすぐ近くの海面にドッカンドッカン打ち込んだ。
すると、シーオークパイレーツが感電してプカプカ浮いてきた。
飛んでる魔物は攻撃を当てないと倒せないが、水中なら近くに『雷撃』を打ち込むだけで当たらなくても感電してくれる。
異世界や白浜ダンジョンでは魔力が薄くて感電までいかなかったが、地球なら破壊力は十分、楽な相手だ。
このダンジョンは、魔物が沈むとドロップ品の回収が困難なので、四天王の矛でトドメを刺した後は、死体を空間型ダンジョンに放り込んだ。
後は中にいるゴーレムが解体(ブツ切り)して魔石・ドロップアイテム・産業廃棄物に分別してくれる。
漁船の上で船員を襲っていたシーオークパイレーツは、海中の仲間が壊滅したのを見るや、一斉に逃げ出した。
実にあっけない。
「すまない、助かったよ。」
シーオークパイレーツをあらかた回収したところで、漁船の乗組員から話しかけられた。
「大丈夫でしたか?」
「乗組員は大丈夫だが、船は舵をやられた。
迷惑ついでに、船を曳航してもらえないか?」
曳航か、太いロープは漁船のもやい綱を使うとしても、どこにとりつけた物かな・・・
ダンジョン丸は上部構造物を『積み荷』の名目で固定してるので、そこかしこに固定用のスリットがあったりするが、係留杭みたいなのはない。
こちらのもやい綱と漁船のもやい綱を結ぼうかと思ったとき、もっと手っ取り早い方法を思い付いた。
「ならば、そちらの漁船を、俺の空間型ダンジョンに格納しましょう。
こちらの行き先はヤクタットなんですが、それでいいですか?」
「ヤクタットか・・・俺達はコードバから来たんだ・・・」
俺達が目指すヤクタットは、アラスカでもかなりカナダに近い、コードバはヤクタットから東に350km離れている、東京から滋賀県の大津くらいの距離だ。
「えーと、ダンジョン丸で60ノットで飛ばしても3時間以上かかるな。
コードバで彼らを下ろしてヤクタットに行ったら、完全に夜だけど大丈夫そう?」
「この海域は来たことないから、何とも言えないな。」
バイトの航海士、役に立たねーっ。
ダンジョン丸は俺一人で操船できるので、航海士なんかいらないんだが、俺の小型船舶の免許では陸から100カイリ離れると、航海士を乗せないとダメという決まりがある。
「とりあえず、ダンジョンから出るまでは面倒見るよ。」
とは言ったものの、船乗り共をヤクタットに置き去りにする訳にもいかない。
何より懇願するような目をするオッサン共から、嫌なプレッシャーがねばりついてくるのが気持ち悪い。
俺は仕方なくコードバまで船乗り共を送り届けるのだった。
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