久々の記者会見(前半)
今日は外国人相手に記者会見だ。
本当なら俺が東京の外国人記者クラブに行った方がいいのだが、こちらも暇ではない。
悪いと思いつつ、だんじょん荘に会議室を作って、外国人記者クラブに連絡した。
「では、これより記者会見を始めます。」
さて、前回は異世界帰りの珍獣に、どこか期待する雰囲気だったが、今回はピリピリしてるな。
前回同様、質問の概要と順番はあらかじめ決まっている。
重要な内容から質問から始まり、時間がきたら打ちきりとなる。
「では、最初にCNNテレビのカール記者どうぞ。」
最初はアメリカのテレビ局だ。
ここは軍事産業が壊滅的してるから、当たりが強そうだな。
「はい、『装甲』の魔法により軍需産業はのきなみ倒産、『手当て』の魔法により病院や保険会社の収支は悪化、あなたのせいで世界経済は大混乱です。
この責任をどう取るつもりですか?」
でたよこの質問。
軍需産業はのきなみ倒産て言ってるけど、S&Wは辛うじて残ってるからね。
当然ながら、答えは用意している。
「一切責任を取ることは考えていません。
そもそも、新たな技術の登場は、既存の産業に必ずダメージを与え駆逐するもので、それがダメなら技術開発それ自体を禁止するべきです。
実際、デジタルカメラの登場でポラロイド社は倒産し、乗用車の登場で騎乗は伝統芸能と化し、電子計算機の登場でソロバンはほぼ絶滅状態です。
彼らが既存の産業に何か保証した事などありましたか?」
「しかし、実際に路頭に迷う人が増えてるんですよ。」
「その対策を取るために政府があるんです。
原因が魔法にあると判断したら、政府が規制するべきではありませんか。
そもそも俺は魔法の使用を強制した事も、魔法の規制はダメだと言ったことも、一度もありません、現在の状況は個人個人が自由意思で選択した結果ではありませんか。」
最近は、各国政府の要人がのきなみ『装甲』の魔法を使っている状態だから、魔法の規制なんかできないだろうけどね。
「しかし、それによって世界経済は大混乱ですよ!一体どれほどの投資家が大損害を被ったと思ってるんですか!」
多分この記者も投資に失敗したんだろうな。
「確かに、多くの投資家は大損したのでしょう。
しかし、どういう訳か俺のカルマは、かなり増えてるんですよ。
どうやら、投資家が何万人も破産するより、底辺にいる人が何十万人も命をつなぐ方が、全体としては好影響と判断されているようです。」
「それはカルマ判定がおかしい!
経済状況が悪化したら、みんな不幸になるだけだ!」
ああ、この記者は考えが凝り固まってるな。
まあ、カルマ判定の基準も分からない所があるから、記者の発言も前半は的外れではないかも知れない。
「いや、途上国は食料生産が向上し、犯罪の発生率も低下し、内戦はのきなみ停戦状態です。
今回は、たまたま投資家や先進国がうまく行かなかっただけで、人類全体としては好影響なのは明らかです。」
異世界を色々と渡り歩いてきた俺は、通貨が存在しない経済も体験した。
産まれてからずっと地球で過ごしてきた人には分からないのだ、地球の経済が通貨に偏りすぎていることに。
「途上国のために、先進国が犠牲になっては意味がない!」
「いや、犠牲かどうかは分からないと思います。
例え何億ドル失ったとしても、本人が幸せなら大した問題ではないでしょう。」
「何億ドルも失って幸せになんかなれるか!」
カール記者は激昂して取り乱している。
彼はやはり思考が凝り固まってるな、金があるほど幸せで、金を失う事が不幸だと思い込んでいる。
彼も記者なら扱った事が何度もあるだろうに、金をめぐるトラブルで、仲の良かった親戚が険悪になった記事とか、利益を追求し過ぎて不正した結果、発覚して何もかも失った社長の記事とかを。
金をめぐるトラブルなんか、掃いて捨てるほどある。
今この瞬間も、世界のどこかでは、金目当ての犯行で、不幸が量産されているだろう。
「お前の言葉なんか聞く価値もない!」
・・・をゐ、聞く価値がないなら、何で記者会見に来てるんだ?訳が分からん。
記者の中には、迷惑そうにしている人もいるな。
俺はため息をついた。
「聞く価値がないのであれば、ご退場願います。
他の方の迷惑になりますので。」
俺が警備員(ボブとゆかいな仲間達)に合図すると、カール記者は暴言を吐きながら、連行されて行った。
「あ、しまった。『おい、誰かそいつをつまみ出せ』って言った方が、記者の皆さんには面白いネタになったかな。」
会見場が何とも言えない雰囲気になった。
完全にスベったな。
「えーと、気を取り直して、ARDのカールハインツ記者どうぞ。」
ARDはドイツのテレビ局のようだ。
「現在、ダンジョンはアルカトラズ・サンダル・浜中町そしてここ白浜町の4ヵ所ですが、これは増やす予定があるんでしょうか。
これ以上増やせないなら、その理由もお聞かせください。」
イギリスを除くヨーロッパ諸国からは、ダンジョンを作って欲しいという要望が多数寄せられている。
「ダンジョンはこれからも増やしたいと思っていますが、アメリカから帰る時も、韓国と往復するときも攻撃されているため、日本から出られない状態です。
特にアメリカから戻るときは、直前で席を譲った航空機が堕ちて、乗員乗客合わせて300人以上が犠牲になっています。
迂闊に動けない現状については、ご理解いただけると思います。」
ユナイテッドエア33便と35便の事件は、一時、めちゃくちゃ炎上したらしい。
ダンジョン荘は通信が壊滅的なので、俺自身は知らないけど。
「魔法の影響を受けないミスリルで作られた小型船を建造しましたが、推進方式が特殊なためか、まだ臨時検査が終わっていません。
ダンジョンの制作は、臨時検査が終わり次第となります。
なお、現在要望が上がっている国については、地理的に近い国からダンジョンを作ります。
トランスポータルの罠でも使わないかぎり、ヨーロッパ諸国は、来年以降になると思います。」
ヨーロッパは行きたい。
特にフランスはダンジョン絡みで、どうしても行きたい。
「あの、そのトランスポータルの罠って、まさかダンジョンの奥から一瞬で外に出られる罠ですか?」
カールハインツはトランスポータルの罠に食いついたか。
トランスポータルの罠は、発動するとダンジョン内限定で探索者を飛ばす罠で、残念ながら、ダンジョン外に飛ばす罠ではない。
白浜ダンジョンでは混雑緩和のために、数日前に実装したばかりだ。
通常は同じダンジョン内での移動に限定されるが、ダンジョンマスターの俺なら異なるダンジョンに飛ばす設定もできる。
ただ、これには大きな問題がある。
・入国審査が難しい
・航空機産業が大打撃を受ける
他にも、ダンジョンはたいへん危険なので、重火器を国内に持ち込む事になるけど、『装甲』の魔法が普及しつつある現代では、大した脅威にはならないだろう。
その辺の事情を説明すると、カールハインツはトランスポータルを使わない事を納得してくれた。
「ただし、航空産業は炭酸ガスを大量に出す産業ですので、状況によってはトランスポータルの罠を各ダンジョンに実装するかもしれません。
バイオエタノールとか頑張ってるみたいですけど、もっと根本的に、炭酸ガスを出さないエンジンの開発とかを進めないとマズいかも知れません。」
このとき俺は、航空業界に努力を促したつもりだった。
しかし、相手は脅しと取ったようだ。
後日、通信環境が壊滅的なダンジョン荘に、嘆願書やら署名やらが大量に届く事になるのだった。
波乱の記者会見は、億単位の人生に影響を与えつつ、続くのであった。
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