ブラウンからの報告
鯉淵家が横浜に帰った後で、ダンジョン丸は臨時検査に回した。
検査員も予定があるから、すぐには始まらないだろう・・・まさか、永遠に始まらないなんて事はないだろうな。
県知事から直接、改造の許可をもらったから、改造自体は法的に問題ない・・・手続き上では大問題かもしれないが、それは内部でどうにかしてほしい。
問題は推進に必要なダンジョンは俺にしか扱えない事だろう。
しかもJIS規格にも一切規定がない。
自分では動かせないダンジョンを検査員はどうやって評価するのだろう。
・・・無理だな。臨時検査の際は、俺が動かすしかなさそうだ。
ダンジョン課の鈴木連によると、県知事が改造したダンジョン丸に乗りたがってるそうだ。
もしかしたら裏から手を回してくれるかも知れないけど、期待はできないな。
異世界の権力者なら平気で公私混同するんだが、日本じゃマスコミの格好のターゲットだ。
おとなしく連絡が来るのを待とう。
現状、白浜ダンジョンを魔改造する以外に、やる事がない俺だったが、ある日ついにS&Wのブラウンから報告書が届いた。
まずはアルカトラズダンジョンの現状報告から。
アルカトラズダンジョンは、誕生から2ヶ月以上たつのに、スタンピードが起こっていないそうだ。
ダンジョンを作る時に一番気がかりだったのが、魔物がダンジョンからあふれ出し、近隣の都市を無差別に攻撃するスタンピードだ。
異世界では、ダンジョンに俺が無理やり大量のDPを注入する事で、スタンピードを起こせなくはなかった。
スタンピードという現象は確かにあるのだ。
なので、このアホみたいに魔力が濃い地球では、スタンピードが起こっても何ら不思議ではない。
ところが、アルカトラズダンジョンは、スタンピードが起こっていない。
まだ結論を出すには早いかもしれないが、もしかしたら無理やりDPを補給しなければスタンピードはおきないのか?
考えてみれば、人間だって正常な状態ならお腹いっぱいになったら食べない、吐くまで食うバカはそうそういない。
異世界では魔力が薄く、ダンジョンは常にDPに余裕が無かったから、魔力の吸収に制限が無かっただけで、魔力が豊富な地球では、ダンジョン自体が魔力の吸収を制限してる可能性が高い気がしてきた。
一度アルカトラズに行って調査したいな。
いや、雲のダンジョンでもいいか。
今のところDPの処理は、階層の追加および魔物のリポップという形で出ているらしい。
アルカトラズでは早くも3階層が発生し、そこには最初のボスとしてティラノサウルスが湧いたそうだ。
しかもドラゴン同様に火炎のブレスを吐くので、『装甲』の魔法では熱を防げないと報告書に書かれていた。
いくつ目の異世界か忘れたが、恐竜型のドラゴンはいた。
ただし、ダンジョンのラスボス的な存在だった。
ドラゴンも、地球じゃ始めの洞窟に出てくる盗賊の親分的な存在なのか・・・軽いな、ドラゴンの扱い。
ビホルダーも異世界では中ボス的な存在だったけど、アルカトラズじゃ1階層のレアモンスターだ。
こんな調子じゃ、アルカトラズダンジョンのラスボスは神でも配置されるんじゃないのか?
ブラウンからは『手当て』の魔法が有効だったと感謝されたが、それよりもケロイドも治せる『治療』の魔法の公開を強く求められた。
俺は医学界の許可が必要だと返信しておいた。
あっちも大変らしい。
アメリカの魔石発電は、本格的な運用が始まったそうだ。
白浜ダンジョンでは、魔石を獲得した各国の軍隊が本国に持ち帰ってしまうため、国内の発電に回せる魔石が想定より少ない。
今のところ北海道の雲のダンジョンに期待するしかない状態だ。
しかし、雲のダンジョンは高速飛行する魔物が多くて、自衛隊も苦戦してるらしく、こちらも魔石の確保が難航してる。
ならば新たに作るか。
スタンピードのリスクが少なく、魔石の需要が高いなら、ダンジョンを作るのにためらいはない。
場所は瀬戸内海の豊島、昭和末期にゴミの不法投棄で社会問題になったあそこだ。
豊島は香川県からも、蓄積した産業廃棄物を処分するために、ダンジョンを作って欲しいとオファーがあり、俺も最初の通常ダンジョンはここにしようと思っていた。
だがそれより前に、S&Wからの要請があってから、スタンピードが起こるかどうかをアルカトラズダンジョンで確認してからにしようと思い、ブラウンからの報告を待ったのだ。
ブラウンからの報告といえば、ゲイリー・ガイギャックスとデイヴ・アーンソンの情報も届いた。
こちらは気分を変えて、だんじょん荘の給水所改めバーベキュー場となった一角で、なんかクセになったカピバラの焼き肉をつつきながら、報告書を読む事にした。
デイヴ・アーンソンの経歴で目についたのは、15才の時フランスのロワール地方に旅行に行ってる事だった。
どうやらデイヴ・アーンソンは、この旅でダンジョンの構想を得たようだ。
ゲイリー・ガイギャックスの方は、民間伝承やオカルトに興味があり、無類のゲーム好きで、高校を中退・・・多分ゲームに夢中で単位が足りなくて退学だな。
就職しても仕事中にゲームばかりしているダメ社員だったようで、何社もクビになっている。
最終的には、自分の趣味を最優先できる会社をデイヴ・アーンソンと共に設立し、D&Dを発売、大ヒットとなる。
なかなか濃い人生を歩んだようだ。
面白いので、何度か彼の足跡を見てるうちに、俺はあることに気がついた。
彼は15才のとき、2日ほど家出をしていたのだ。
まあ、ある種の変人が15才の反抗期に家出しても不思議ではないのたが、それが2月12日というのが気になった。
俺が異世界召喚を食らった日に近い。
そういえば、彼の誕生日は俺と近かったな・・・
何気なく計算してみたら、俺が異世界召喚を食らったのも、ゲイリー・ガイギャックスが家出したのも、誕生日から丁度200日目だと判明した。
偶然か?まさか・・・と想ってデイヴ・アーンソンの方も調べてみたら、彼の15才の誕生日から200日目は、フランスに旅行中だと分かった。
場所がフランスだけに、旅行中の詳細は不明だった。
「怪しいな・・・」
カピバラの焼き肉をぱくり。
よーく噛みながら考えてると、匂いに釣られたのか、ボブとリンダがやってきた。
この2人は言わずと知れた、ユナイテッド航空35便撃墜事件の当事者だ。
ちなみに生き残ったアメリカ人は、ほとんど船で帰国した。
「おうゲンタ、旨そうなもん食ってるじゃないか。」
ボブの奴、俺が育てた焼き肉を箸で摘まんで食いやがった。
「ダメだよジャイアーン!」
「何だジャイヤーンって?」
俺はのび太君の真似をしてみたが、このネタは通じなかった。
どうやらドラえもんを知らないようだ。
「ジャイアニズムの伝導者だよ。」
「何だ?聖職者か何かかい?」
アレが聖職者だったら、ミサでは地獄の讃美歌が流れるんだろうな。
とてつもない苦行だ。
「聖職者と言うより、魔王かな。
リンダはもう羊の世話は慣れた?」
「うん。」
あの事件以、相変わらず表情に乏しいな。
応対が素っ気ない。
「リンダは将来何になりたい?」
「分からない。」
しかも生きる気力が弱い、その点ボブは精神的にタフだ。
「俺は世界最強になってやるぜ。」
「四条も似たような事言ってたぞ。」
「奴は黄色いクチバシでさえずる、夢見るヤングスターだ。
スキル修得するだけで満足しちまってる。」
スキルは技術が伴う事で、戦術の幅が広がる。
強化系のスキルは、レベル1なら補正は1%だから大した事はないが、レベル3ともなると20%の補正になるので、スキルを使うと否が応でも動きを変える必要に迫られる。
それは四条も分かってるはずなんだけどな。
「で、何やってんだよ。」
「ゲイリー・ガイギャックスとデイヴ・アーンソンの情報が来たから、読み込んでたんだ。」
ボブは慣れた手つきで、再び俺のカピバラ肉をかっさらっていった。
「こら、俺の肉食うんじゃない。」
「お前、金もってんだから、ケチケチすんなよ。
なんだってソイツらの事嗅ぎ回ってるんだ?」
こいつに何言っても無理な気がする。
「はぁ・・・ダンジョンて、もともとD&Dが元で広まっただろ?
でも、異世界じゃ起源が分からないほど古い時代からダンジョンはあったんだ。
あの2人が、どこでダンジョンを知ったのか、不思議に思わないか?」
「なるほどな、そいつは気になるな。
で、何か分かったのか?」
俺は、15才の誕生日から200日目に注目してると話すと、ボブは何か考え込んだが。
「よく分かんねーや。」
と一言言って考えるのを放棄した。もうちょっと頑張れ。
「もう一人異世界に行った人がいる。」
ボブの代わりに答えたのは、リンダだった。
「大屋さんが異世界で会ってる。」
「カナダのマリアン・マーティンか。」
そう言えば、そんな奴いたな。
マリアン・マーティンは俺より2年前に異世界に召喚され、勇者パーティーの一員として魔王討伐に向かったものの、返り討ちにあって戦死している。
彼女が異世界召喚されたのが、誕生日から200日目なのか、調べる価値はありそうだ。
「おいボブ、俺の焼き肉食った分働いてもらうぞ。」
「おいおい、俺は2枚食っただけだぞ。」
「焼いた分の時間返せ。」
結局、俺からの捜査依頼の形で、ボブにはマリアンが失踪した日を調べてもらった。
後日、当時の新聞記事の画像を証拠に、マリアンの異世界召喚は、誕生日から200日後だと報告を受けた。
ボブの奴、いつもは軽いノリなのに、随分としつかり仕事するな。
まさかこいつCIAのスパイか?
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