鯉渕家の夏休み(リンダ牧場)
白浜ダンジョンに入ると、すぐに関西電力の魔石買い取り所があった。
ここでは魔石を現金化できるだけで、売らなきゃダメという決まりは無く、普通にダンジョンから持ち出しても問題ないらしい。
研究のためか、そのまま本国に持ち帰る外国人もいるそうだ。
振り返ってみると、今入ってきた鏡の出入り口は、2つに仕切られていた。
片方は今入ってきただんじょん荘へ、もう片方は少し長めの回廊を通って外に出れるようになっている。
出入り口のすぐ脇には、鬼の金棒を持った身長4mくらいのゴーレムが二体、バッキンガム宮殿の衛兵のように直立していた。
このゴーレムが白浜ダンジョン最強のクリーチャーだけど、元太が命令しないと襲ってくる事は無いらしい。
現時点では、拘置者にニラミをきかす置物的な存在だ。
「魔石の買取所の隣は白浜拘置所?そういえば、入口に書いてあったわね。」
「うん、白浜拘置所は現在3千人が暮らしてるんだ。
だんじょん荘に行かないように、白浜ダンジョンの出入口にカルマ判定の罠を敷設したから、脱獄のハードルは高いよ。」
「あの冤罪事件で出てきたギミックね。
冤罪になった人ってどうなったの?」
ニュースでは、冤罪になったと言ってたけど、それ以降の情報は無いのよね。
ネットで調べても何も出てこないし。
「四条なら、拘置所からだんじょん荘に移ったよ。
やってる事は、白浜拘置所が拘置支所だった時代と一緒で、変わった所といえばDVDを見れるようになったくらいだ。
あと、リンダに絡むようになったか?」
リンダちゃんというと、元太が巻き込まれた旅客機撃墜事件で両親を亡くして、心を病んじゃった女の子ね。
元太も心配だとこぼしてたわ。
「リンダちゃん以外の人はみんなアメリカに帰ったの?」
「ボブとか、まだ何人か残ってる。
あいつら定住しそうだな、別にいいけど。」
「リンダちゃんはどうするの?」
「それが、親戚の連絡先が分からないらしくて、自宅に帰ってもどうやって生活したらいいか分からないって言うんだ。
ここに置いてもいいんだけど、四条の奴がな・・・あいつのストライクゾーン下は幼稚園の幼女から上は四十路のマダムまで広大なんだよ。
チーレム企んでるっぽくて心配でね。」
そうゆう心配なのね。
リンダちゃんの将来とか、暮らしとか、その辺考えてないのね元太は。
「もっと他に心配する事あるでしょ。
リンダちゃんの将来の事とか。」
元太には元太の考えがあるのかも知れないけど、私はついつい思った事を口に出していた。
「この先の人生なんて、突然異世界に召喚されるかも知れないし、目指してた職業そのものが、今の軍需産業みたいになるかも知れないし、どうなるか分からないよ。
主に俺のせいで。
リンダに必要なのは、今のところ心が休まる安定した環境なんだよ。」
「それはそうかも知れないしけど・・・」
異世界に召喚されたり、撃墜されたりした元太が言うと説得力あるわね。
修羅場をくぐり抜けてきた元太には、将来に対する不安なんか、これっぽっちも無さそう。
しかもまだやらかす気ね。
「そうだ、リンダの牧場がすぐそこだから、ちょっと寄って行こうか。」
リンダちゃんの牧場は、魔石買取所の角を曲がってから歩いて50歩くらいの所だった。
鏡の出入り口がある。
「思い切って新たに牧場ダンジョンを作っちゃった。
愛称はリンダ牧場。」
牧場ダンジョンの出入り口をくぐると、すぐにカウンターがあり、おばさんが店番をしていた。
商品を陳列していない代わりに、料金表だけが並んでいた。
「ここは自分で畑に行って収穫する仕組みなんだ。
そんで、ここで料金を払って自室に持ち帰るわけ。」
「斬新ね、猫ババしそうじゃない?」
「それやるとカルマ減るからみんなやらないよ。
どうしようもない貧困状態だったら、事情を話して野菜をもらえるから、野菜泥棒はいないんだ。」
キャベツにレタスと葉物野菜が並ぶ料金表を眺めて、私は見逃せない『者』を見つけてしまった。
「何ですか?このカピバラって。」
「結構おいしいんですよ。」
店番してる女性が普通に応対してる。
えーと、私の記憶じゃ、カピバラって言ったら、のほほーんとしてる大きなネズミなんだけど、どうやらカピバラって言う食材らしい。
うん、そうよね。
アレを食べるなんて無いわよね。
「元太、カピバラって・・・」
「いや、俺も普通に売られてるの初めて見た。
今夜海鮮バーベキューやるつもりなんだが・・・」
「バーベキューならオススメですよ。
最近リピーターもいるんですよ。」
どうやら人気商品らしい。
せっかくのオススメなので、もらうことにした。
「カピバラ一匹はいりましたーっ」
「匹っ!?」
なんかごっつい刑務作業員に連れてこられたのは・・・丸々と太ったカピバラ君!やっぱし食べるの?食べちゃうの!?
「すいませーん、仕上がるのに10分ほどかかります。」
「おや、思ったより早いですね。
さては彼、スキルレベルが3に達してますね。」
私達の見えない所に連れて行かれたカピバラ君は、しばらくして「グワッ!」と一声鳴いた。
それ以来、ピバラ君の鳴き声を聞く事はなかった。
ここのダンジョンは、足元に弾力があって歩きにくい。
大きさは反対側まで1kmはありそう。
一部畑になってるけれど、その他は一面草が生えてる。
元太に聞いたら、ここは空間型ダンジョンの上に水でできたダンジョンが広がってるのだそうだ。
ここに生えてるのは全て小麦、一緒に羊とカピバラを飼ってるので、実をつける前に食べられちゃうんだけど、ここは牧草地だからいいんだって。
「普通小麦を牧草にする?」
「管理が面倒だから、畑以外は統一したんだ。」
でも、羊を放牧するには狭い気がする。
元太に質問したら、ダンジョンは丸一日暗くならないので、植物の生育がいいから、草を食べたそばから、また育つんだそうだ。
「ダンジョンて、植物は吸収しないの?」
「生きてる植物は吸収しないけど、枯れれば吸収するみたいだよ。」
ダンジョンなのに一面青々とした光景に全く違和感を持たないお姉ちゃんは、元太に肩車され、大きな声で羊を数えてる。
「羊がいっちき、羊がにひき、羊がしゃんひき!」
まだ3までしか数えられないから、そこからは続かない、多分それ以上は『いっぱい』なんだろう。
ここの羊は、初めは14匹だったそうだけど、飼いきれなくなった羊をもらってきたり買ってきたりして、今では31匹まで増えたそうだ。
カピバラなんか、何十匹もいる。
「カピバラは最初40匹でした。
でも、増えたり減ったりして、今では72匹になりました。
いえ、さっき減ったから71匹です。」
そう説明してくれたのは、金髪碧眼の子供リンダちゃんだった。
今のリンダちゃんは羊飼い、羊が一ヶ所にとどまってダンジョンで育成している草を食べ尽くさないように、誘導するのがお仕事だ。
私はリンダちゃんに、アメリカに帰るか聞こうとしたけれど、元太に止められた。
撃墜された時の光景を思い出したらどうするんだ?と言うのだ。
それを言われたら私も聞くに聞けない。
「元太、本当に彼女の事何もしてないの?」
「正直どうしていいのか分からないから、アメリカ大使館に丸投げ状態だ。
一応、本人が望む限りだんじょん荘であずかるとは言ってある。」
「学校とかは?」
「扱いが決まらないと行けないよ。
でも、ビザなし渡航が90日しか無いから、2学期から留学になるかもな。」
その場合、学費はどうするのか?と疑問に思ったけど、すぐに愚問だと気がついた。
今の元太は、取引を通じて知り合った企業に、各種レアメタルを定期的に売って、それなりの資産家になっている。
リンダちゃんの学費くらい余裕で出せれるだろう。
アメリカ大使館が承知してるなら、これ以上は私が何を言っても、影響が無いと思う。
でも、どうしても気になって聞いてしまった。
「リンダちゃんはアメリカに帰りたい?」
返事は無かった。
まだ、触れて欲しくなかったのかな。
お姉ちゃんは草を食べてる羊を、盛んにモフモフしてる。
すると、たまに白い毛玉みたいな物が宙を舞うのが見えた。
「何あれ。」
「ああ、ケセランパサランていう魔物。
攻撃力はほとんど無いけど、切れやすい毛を食べるらしいから、薄毛の人は要注意ね。」
お姉ちゃんは、ケセランパサランを捕まえようと手を伸ばすけど、指の隙間とかからスルリと抜けて捕まえられない。
私も挑戦してみたけど、やっぱり捕まらなかった。
お姉ちゃんがぶきっちょって訳じゃないみたい。
雄大はケセランパサランが舞う中、羊にまたがりピクリとも動かない。
どうしていいのか分からないのだろう。
でも、嫌がってないみたいだから、これはこれでいいか。
ふと振り返ってみると、そこには無表情のリンダちゃんが立っていた。
傷心のリンダちゃんを尻目に、子供達と純粋に羊との触れ合いを楽しんでいた私は、なんか申し訳ない気持ちになった。
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