鯉淵家の夏休み(だんじょん荘)
元太が引っ越した和歌山県は、横浜と比べると、やっぱり田舎だった。
横浜と比べてセミの鳴き声が凄い。
白浜駅の回りは店がいくつもあったけど、その他はバス通りなのにお店があんまり無い、と言うか家が少なかった。
「ままーっ、おっちゃんのお家まだー?」
「もうちょっとよ。」
お姉ちゃんは元太との再会を楽しみにしてる。
横浜でも見てるのに、たまに海が見えてはきゃーきゃー言ってるのが可愛いんだけど、他のお客さんには迷惑なのよね。
それからバスはダンジョンのバス停に到着した。
事前に教えられてたけど、本当にダンジョンて名前のバス停なのね。
今までは空き地や雑木林もちらほらあったバス通りだったけど、この辺はコンビニに釣具屋に居酒屋、ネットカフェにレンタルDVD屋とお店がそこそこあった。
ちょっと離れた所には、スーパー銭湯やカラオケ店もあるらしい。
来た方を振り返ると、のっぺりとした二階建ての建物があり、2つある入口の片方に『だんじょん荘』、もう一方に『白浜ダンジョン/白浜拘置所』と書かれた看板があった。
「どうやら間違いないらしいな。」
お父さんはダンジョン目当てだ。
ダンジョンに挑戦してる間は雄大とお姉ちゃんをを元太に任せるみたい。
ところで元太はどこかな?
私達がだんじょん荘に入ると、そこは20人くらいが座れるような部屋になっていて、女の人達がテレビを見ながら井戸端会議をしていた。
部屋の奥には、男湯・女湯と書かれたのれんがかかった出入り口がある他に、大きな鏡があり、そこから人が出てきた。
あれがだんじょん荘の入口みたいね。
「あの、すいません。」
「おや、新しい入居者さんかい?」
「いえ、ここの大家の鈴木元太の姉です。
遊びに来たんですけど、元太がどこにいるか知りませんか?」
「ああ、大家さんなら海だよ。
なんでも船を造ったから、改造するんだって。
外にいるから携帯つながるんじゃないかい?」
元太って、国外にいたりダンジョンにいたりするから、結構つながらないのよね。
元太に電話すると、ついさっき船にダンジョンを搭載したって言ったけど、何の事かしら。
私と雄大はここに残り、お父さんとお姉ちゃんは元太の船を見に行く事にした。
「皆さんは井戸端会議ですか?」
「はははっ、その通りだけど建前は電話番と警備員よ。
そこの充電中のオリハルコン電池を持って行かれないようにね。」
オリハルコン電池は元太のダンジョンでしか作ってないそうで、これがないと電化製品を動かせないらしい。
とは言ってもダンジョンは明るいし、冷暖房もいらない、部屋の中で直火で調理してもダンジョンが煙を吸うから大丈夫って元太は言ってた。
掃除もホウキとチリトリがあれば簡単に終わりそうだし、テレビは映らないし、洗濯物は部屋に干しておけばダンジョンが水気を吸ってくれるらしいし・・・あれ?電気使わないんじゃないの?
「電気を何に使ってるんですか?ここのダンジョンて電気無くても暮らせそうですけど。」
「あなたも、このダンジョンで半日も生活すれば分かるわよ。」
それから元太が帰ってくるまで話し込んでは、かまってほしい雄大の邪魔が入るを繰り返した。
皆さん子育ての経験があるらしく、雄大が泣いてもどこ吹く風だった。
元太が戻り、今度はダンジョンを案内してくれた。
入口横にはゴミ穴、誰が捨てても何を捨ててもいつ捨ててもオッケーなんだって。
ゴミの日を気にしないでいいし、ダンジョンが臭い成分とか吸収するから、ゴミ当番もないのは気が楽ね。
続いて向かったのは運動場、400mトラックが6つもあってとても広い。
ここでは兵隊さんがトラックを走り込んでたり、筋トレしていた。
「最初は韓国軍だけだったけど、他からも要望があってね、えらい広くなってしまった。
今いるのは在日米軍と韓国軍と陸自、それに北朝鮮の陸軍だ。
ちなみにここは、地域の緊急避難先にもなってる。」
今、北朝鮮の陸軍て言わなかった?
何でそんな事になってるの?
続いてやってきたのは暗闇部屋、狭い部屋が200部屋とかある。
「ここが全盲の人にスキルを覚えさせる所だ。」
「あー、以前ニュースになってたアレな。
俺も挑戦していいか?」
「やりますか。
今全部埋まってるから、新しく作りましょう。」
お父さんは、元太に暗闇部屋を作ってもらうと、木刀を手に部屋に入って行った。
「これは時間かかるから、他を見て回ろうか。」
「そうね。」
続いて水場、水がとても冷たいから、スイカや缶ビール冷やしてる人も結構いる。
というか・・・
「バーベキューしてる人もいるわね。」
「うん、最近増えたんだ、バーベキューする奴ら。
いっそここはバーベキュー場にしちまおうかな。」
ゴミ捨て場はさほど遠くないし、煙はダンジョンが吸収するのでこもらなけど・・・まさか本当にやらないよね。
「そういえば、洗濯はどうしてるの?
ここの水は冷たすぎるでしょ。」
「それはこっち。
前は阿修羅の湯って呼ばれる水浴び場だった所だ。」
元太について行くと、ここに来たのと同じ鏡を通って、小さな水槽が百近くある部屋についた。
「その水槽の中にはスライムがいてね、洗濯物を入れると、スライムが攻撃して洗濯機状態になるんだ。」
ここのダンジョンはDPの吸収を抑えるように設定してあるので、汚れはスライムが吸収するらしい。
「うまくスライムを利用したわね。」
「でも、元々の水が濁ってるから、汚れ落ちがイマイチでね、お金に余裕がある人はみんな洗濯機を買ってるよ。
更に欲を言えば脱水もしたいんだけど、いいアイデアが無くてね、現状はダンジョンの吸収による自然乾燥しかないんだ。
住民の中には電気を使わないポータブル脱水機を使ってる人もいるんだ。
姉貴、なんかいい方法ない?」
だんじょん荘には何百人も住んでて誰もいい方法を思い付かないのに、私が思い付くはずがなかった。
次は白浜ダンジョンなんだけど、ダンジョンに入る前に、まずお店が目に入ってきた。
ダンジョン前なので、売ってる物はダンジョンで役立つ物ばかり、究極サプリのウエハースダンジョンもここで売ってた。
「一般のお客さんが、お土産に買っていく事もあるんだよ。
前は管理人の加藤がやってたけど、1人じゃ捌ききれないから、今は別の人にやってもらってるんだ。」
その一角に、緑色の腕輪があった。
手に取ってみると、着色した訳じゃなく、もともと緑色の金属だということが分かった。
「それ、売り物じゃなくてレンタルだから。
この腕輪は『免罪の腕輪』っていう、カルマ判定の罠をごまかすアイテムだよ。」
カルマ判定は、目の前の白浜ダンジョンへの入口にかかっていて、誰でも入れるけど、カルマがー500以下の人は出られなくなる設定にしたんだって。
「だんじょん荘も、家賃月5千円の安さに釣られて、訳ありの人が結構集まってるそうだから、免罪の腕輪も地味に売上があるんだ。」
「そういえば、指名手配犯がいたのよね。
冤罪事件のインパクトが強かったから、扱いが軽かったけど。
それとウエハースダンジョンだけじゃなくて、他にもお土産が欲しいわね。」
「そうだね、考えとくよ。」
次はいよいよ白浜ダンジョンね。
1階層は危なくないって言ってたけど、大丈夫かしら。
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