その辺に1兆円落ちてないかなー
翌朝、テレビをつけると、行方不明の俺が帰ってきたと、ニュースキャスターが原稿を読んでいた。
内容は、大菩薩嶺の山中で暮らしていた俺が、山から降りてきたみたいな感じだった。
異世界の事については一切触れていないから、警察が意図的に公表していない可能性が高い。
俺は税関に対し、正直に異世界から大量の貴金属を持ち込んだと報告するつもりだ。
警察の思惑から外れるかもしれない。
厄介事になりそうだが、そもそも俺は異世界召喚を食らった時点で、特大の厄介事に巻き込まれている。
捕まるようなら、最悪国外に逃亡すりゃいい、もう、なるようにしかならないだろう。
税関に向かうまでに、いくつかのパターンを想定しておく。
姉貴のアパートを出て、早速そのうちの一つが的中した。
「あの、すみません。
鈴木元太様でしょうか?」
「はい。」
俺に声をかけてきたのは、30代とおぼしきどこにでもいそうな男だった。
「わたくし朝日新聞の牧野と申します。
少しお話を伺ってもよろしいでしょうか。」
「これから税関に行くので、歩きながらで良ければ。」
税関までは徒歩20分、取材を受ける時間はそこそこある。
記者は迷わず歩きながら取材を始めた。
「ありがとうございます。
鈴木様は大菩薩峠で見つかったとお聞きしましたが、ずっと山にこもってたんですか?」
見つかった場所は、正確には最寄り駅の町でだと思うんだけど。
あと、ダンジョンが出現したのは、正確には大菩薩嶺で峠ではないらしい、どっちでも大差ないけど。
「いえ、大菩薩には半日くらいしかいませんでしたよ。
その前はダンジョンにいました。」
「はぁ・・・ダンジョンですか・・・。
本当は何してたんですか?」
記者は、からかわれたと思ったのか、口調が少し荒くなった。
「本当にダンジョンですよ。
俺は7年前に異世界召喚を食らってから、自力で空間型ダンジョンをつないで、昨日か一昨日になんとか戻ってきたんです。」
「はあ・・・それを証明できますか?」
「大菩薩につないだダンジョンは、DPを全部回収したから、もう消滅してるよ。
残ったダンジョンは、俺が背負ってるリュックの底だけだ。」
俺は記者にリュックの中を見せた。
リュックの底は鏡のようだ。
空間型ダンジョンは、5g以上質量があるか、それに相当する圧力がかかった物でないと入れない。
なので、あらゆる電磁波をはね除けてしまい、入り口は鏡のように見えるのだ。
他にも特定の物質を持っていたり、カルマが一定量ないと通れなくなるなど、防犯対策も取れる。
もちろん俺のリュックは魔力認証を設定済みだ。
俺は入り口に手を突っ込むと、ダンジョン内のゴーレムから、大菩薩嶺に落ちていた石を受け取った。
記者からは鏡に手を突っ込み、石を取り出したように見えたはずだ。
手品か何かだと思ったのだろう、牧野記者が一体どうやったのか、不思議そうに見ていた。
「んでもって、日本に帰ってきたはいいけど、この中には大量の貴金属が入ってるから、ただいま絶賛密輸中なんだ。
なので、これから税関に相談しに行く所なんですよ。」
「なるほど、ちなみに貴金属はどれくらいあるんですか?」
「それが、多すぎて自分でも把握できてないんです。
金だけで10トン超えは確実ですけど。」
「えーっ!?」
牧野記者には、近いうちに記者会見を開く事を約束し、俺は税関の相談窓口に向かった。
まだ早い事もあり、相談窓口では、職員が世間話をしていた。
人によっては不真面目だと感じるようだが、異世界ではこんなの当たり前の光景だった。
酒を飲みながら応対する奴も普通にいたので、俺は特に不真面目だとは思わなかった。
「すみません、相談いいでしょうか。」
「はい、どのようなご相談ですか?」
「密輸に関する相談です。」
職員の目が鋭くなった。
「密輸ですか。
すみません、少々お待ちください。
ただいま専門の職員を呼んできます。」
俺は当分待たされると思ったが、担当者は3分もかからずにやってきた。
そのまま使っていない会議室に案内される。
広々とした会議室には、すでに職員が2人待っていた。
「あ、よろしくお願いします。」
「どうぞ、おかけください。」
席について、リュックを机の上に置く。
「早速、密輸に関する相談との事ですが。」
「はい、ます密輸の当事者は俺です。
密輸品は大量の貴金属ですが、もしかしたら他にもやらかしてるかも知れません。
荒唐無稽に聞こえるかも知れませんが、まずはこちらの事情を説明させてください。」
俺は異世界召喚を食らったくだりから、魔王をダンジョン内で水没させて倒し、空間型ダンジョンを開発し、いくつもの異世界を渡り歩いてようやく日本に帰りついた事を説明した。
「次の異世界がどうなってるか、見当もつかなかったので、たっぷり準備する必要があり、日本に帰ってきたときには、大量の貴金属等を保有する状態だったんです。」
話が終わると、毎度の事ながら、職員の方々はようやくヨタバナシが終わったかと、ため息をついた。
そりゃ、全く信じてないよな。
このての人を信用させるには、空間型ダンジョンを実際に使ってみせるのが一番だ。
「異世界から持ち込んだ金を、ここに出してもよろしいでしょうか?」
「ん?ああ、出してください。」
すっかり態度が横柄になった職員の目の前に、金塊を並べていく。
1本、5本、15本・・・
この辺りから、職員の1人が眉をひそめた。
30本、40本、50本・・・テーブルを折り返し80本・・・
「おい、ちょっとこれ・・・」
重さを確めるように、並べられた金塊を一本手に取る職員、困惑してるのが分かる。
100本、120本、150本・・・200本!
「ちょっと待ってくれ、まだあるのか?」
「はい。
あ、この机じゃ、並びきれないですね。」
「おい、そのリュックどうなってるんだ?」
一番偉そうな担当者が声を荒らげた。
いや、混乱して地が出てるのか?
「どうなってるって言われても、先ほど説明した空間型ダンジョンですよ。」
「分かった。
どうやら税関の倉庫でもないと、全部出すのは無理のようだな。
この辺りだと本牧か?」
「でも、あそこで金塊を蔵置するのは、警備上問題があるぞ。」
何やら頭を抱える職員の方々に、俺がさらに追い討ちをかける。
「あの、すみません。
これでもまだ1割も出てないんですけど。
と言うより、実はまだ1%も出てないんですけど。」
「・・・」
「すみませんけど、金塊一本あたりの消費税を計算していただけませんか?」
「あっ、ああ・・・」
さて、金塊の重さと金の価格から、国内消費税を計算したところ・・・
「4040g✕12013円✕10%
=4853252円」
「金塊一本でおよそ480万円の脱税ですか。
今出した感じからすると、20万本は確実にありますから、1兆円にとどきそうですよ。
その他に銀やプラチナやニオブにリチウム、あとパラジウムなんてのもかなりの量ありますから、1兆円超えは確実ですね。
異世界から戻ってきた俺は確かに密輸したことになるんでしょうが、俺が帰還した時点で、1兆円ポーンと払えなければ、10年以下の懲役および最高1000万円の罰金ですか?
この額を個人で払えって、不可能じゃないですか?それ以前に異世界には日本円が流通してないんですが、どうしたらいいんでしょう。
っていう相談に来ました。」
法の想定をはるかに超えるバカげた金額に、職員達はしばらく固まった。
嫌な沈黙が会議室を支配する。
「そもそも、この世に現金が1兆円分存在するんですか?
こちらは物納でも構いませんけど。」
ここに来る前に、達也さんに調べてもらったところ、消費税の物納は認められていないらしい、でも俺はダメ元で聞いてみた。
「物納できるのは相続税と、税金滞納による差し押さえだけで、関税や消費税とかはダメなんだ。」
「法的には、全て廃棄すれば解決なんだが、レアメタルの大量廃棄はさすがに・・・」
金は半導体を作るのに、銀や白金は触媒として必要だ。
貨幣価値以外にも工業生産物としての価値が高い。
資源に乏しい日本の政府にとって、それを捨てるのは論外だ。
「とりあえず、ここにある金をダンジョンだったか?にしまってください。
その上でダンジョンは保税蔵置所に保管させてください。」
保税蔵置所というのは、輸入手続き前の外国貨物を保管しても大丈夫な蔵なんだそうだ。
「金はしまいますが、これは空間型ダンジョンなので、定期的にDPを補給しないと使えなくなります。
長期間手放す訳にはいかないんです。」
通常の洞窟型ダンジョンなら、大気中の魔力を吸収してDPに自動変換できるが、残念ながら空間型ダンジョンは魔力も入り口で弾かれてしまうため、この手は使えない。
中身を消費してDPにする方法もあるが、設定を変更したり、中身を取捨するのが面倒なので、言わない事にした。
「ならば、さしあたってダンジョン内の品物は売らないでください。
特殊な事例ですので、上司と話し合って対応させていただきます。
なお、リュックはこちらで封印をさせてもらいます。
今の金塊以外にリュックから取り出した物はありますか?」
「はい、魔石が少しと魔法用の笏か数本およびダンジョンコアがいくつか。
あとは虎の子だった千円札が2枚くらいです。」
本当は魔王四天王が使っていた矛も取り出していたのだが、明らかに銃刀法違反なので、しらばっくれた。
カルマがちょびっと減ったろうな。
魔法用の笏は工芸品扱いで持ち込みOK、せっかくなので、笏は全て取り出し、その場で許可をもらった。
ミスリル等の魔金属は相場も売買実績も無いため消費税の額を算定できない、よって持ち込みOKと判断された。
ダンジョンに必要なので、クソ重いアダマンタイトのインゴットを一本取り出しておく。
ダンジョンコアについても、見た目はその辺に転がってそうなコンクリートに模様が書かれてる石なので、特に危険性なしと判断され、持ち込み許可が下りた。
オリハルコン電池も4個しかなかったから非課税だった。
オリハルコン電池の輸入許可が下りたのは助かった。
異世界では携帯電話の充電に使ってただけでなく、余剰分の体内魔力やらDPやらも溜められるから、とっても便利だったんだ。
問題は魔石だった。
魔石も灰色の砂岩にしか見えないが、砕いて石炭と混ぜた後、魔法の火で着火すると、けっこう高温になると説明したら、火薬類に分類されるかもしれないと途端に渋りだした。
でも、魔法の火が必要で、魔法を使えるのが現在俺1人しかいないと説明する事で、なんとか輸入許可が下りた。
俺のリュックには、一時的な措置としてコンテナに取り付ける封印を施された。
その気になれば、封印を切って中身を出せるが、トラブルになりそうなのでそれは自重した。
それにしても、消費税で1兆円かよ。
どこかその辺に落ちてないかなー。