いざ、朝鮮半島へ
今、俺は佐世保の海上自衛隊にいる。
韓国に行くためだ。
横浜税関で例の限りなく黒に近いグレーの献策をした後、雲のダンジョンの対策で小山議員の元を訪れたのだが、そこで韓国軍から打診があったそうだ。
ダンジョンを韓国に作って欲しい。
政府間の要望は、外務省の管轄のはずだが、韓国側は小山議員が俺と接点があるのを知っていたため、外務省を通さず彼に相談したそうだ。
これはS&Wの時と同じく、俺個人への依頼という建前なんだそうだ。
保身のために、ダンジョンをたくさん作りたい俺には渡りに船だ。
ただ、ここで1つ問題になるのが、俺のリュックだ。
俺のリュックの空間型ダンジョンは、最近まで国外の扱いだった。
なので、物を出さなければグレーではあるが合法だった。
しかし、危ない物がたくさん入ってるリュックを機内に持ち込むという事は、凶器を機内に持ち込む事に他ならない。
普通に考えてもアウトだろう。
ではどうするか。
自衛隊をつかえばいい。
自衛隊なら爆弾をはじめとした危ない物を運べる。
危ないと言っても通常兵器限定で、ジェノサイド細胞みたいな生物兵器は想定されていないけど。
解釈は例によってグレーだが、相手は1階層からホブゴブリンウォーリアやビホルダーが出るような、頭おかしいダンジョンだ、俺のリュックは必要だ。
自衛隊の輸送車をだんじょん荘につけてもらい、いざ佐世保へ。
その際、便宜的に俺には自衛隊で三尉の扱いになっている事を告げられた。
一般人に自衛隊の設備を使わせる訳にはいかないからだ。
途中、自衛隊の駐屯地で、普通なら輸送できないヤバいブツを受けとり、呉まで運ぶ。
三尉扱いなのは、これが目的か?俺も大概利用されてんな。
で、今に至る訳だ。
フェリーに危険物を持ち込む訳にもいかないので、ここから朝鮮半島までは、護衛艦ありあけで送ってもらう。
ありあけに乗船すると、そこで俺は衝撃的な光景を目の当たりにした。
護衛艦に、イカダがいくつも乗っかってたのだ。
救命イカダではない、本当に木でできたイカダだ。
聞けば、これはタンク満水戦法の対策なんだそうだ。
そりゃね、イカダなら何十発『水瓶』使われても沈まないけどさぁ。最新装備がイカダかよ。
「タンク満水戦法に対抗するために、様々検討したであります。
強力な排水装置は、装置自体を『水瓶』で攻撃される可能性が高く、水を逃がすため船底のいたる所に穴を開ける方法は、そもそも造船学に反するであります。」
「それでイカダにオールか。
まあ、『水瓶』の魔法があった異世界でも、一隻を除いて船はみんな木製だったもんな。」
なるほど、異世界で金属の船が一般的じゃない訳だ。
異世界では水瓶一杯しか作れない『水瓶』でも、数万人で連射すればヤバいもんな。
「その一隻と言うのは?」
「帝国軍の旗艦『ソードフィッシュ』だ。」
『ソードフィッシュ』は総ミスリル製で、確か1000tだったか?
1000tと聞くと大した事ないように聞こえるが、これは使ったミスリルの量で、船舶の大きさを表す排水量ではない。
トヨタの研究所で調べてもらったところ、ミスリルの比重はわずか0.7だそうで、普通に水に浮く金属だ。それで1000tなので、かなりでかい。
しかも船体の厚みが0.5ミリくらいしかないので、鉄で同じ船を作ったら、排水量は5万tを越えるだろう。
しかもミスリルは頑固金属で有名で、溶けない曲がらない傷つかない錆びない魔法もスキルも効かない、おまけにトヨタからの追加報告では、電気抵抗の高さと熱伝導の悪さは測定不能だそうだ。
『ソードフィッシュ』は正真正銘の不沈艦である。
「そんな船があるのですか。」
「ある、魔法も効かないから、艦内を直接座標指定して『水瓶』を発動する事もできないんだ。」
「そうか、ならばミスリルで船体を作れば!
そのミスリルはダンジョンで採れるのでありますか?」
察しがいいな。
その通り、ミスリルはダンジョンで、かなーり強い魔物を倒すと手に入る。
「日本だと雲のダンジョンで採れる。
ただ、ドロップするのがわかってる敵はスカイドラゴンだけだ。ただ、アレを撃ち落とすなら、戦車の砲弾をライフルで狙撃できるだけの腕前がいるよ。」
それでもダメだろうな。
そもそも、10mを越えるでかい戦闘機を対空砲で撃ち落とすのだって無理があるんだ。
戦闘機より堅いスカイドラゴンを撃ち落とすなんて、ほぼ不可能と言っていい。
アレは飛んでない所を攻撃するしかない。
いや、飛んでいても『低速』で速度を落とすのもアリか。
「んでもって、ドロップするのは目に見えるか見えないかくらいの金属粉ひとつ、ジズ辺りならもう少し多いんだけど、アレを倒すのは厳しいだろう。
魔金属でも、ミスリルとオリハルコンは希少な上に使い道が多いから、市場ができれば、アホみたいに高値で取引されるだろうね。
護衛艦一隻まるごとミスリルで作るなら、御予算は船体だけで100兆円用意かな。」
「護衛艦をミスリルで作るのは、狂気の沙汰でありますな。」
などと隊員と他愛もない話をしてると、いよいよ出港となった。
隊員達が無駄なくてきぱきと動き、ありあけは流れるように離岸した。
俺はというと、敵の魔力航跡を察知するため、護衛艦のへさきにいた。
ロシアは戦闘機で俺を抹殺しようとした。
今回も何か仕掛けてくるかも知れない。
護衛艦なので、接近してくる艦艇やら航空機やらはレーダーで判る。
なので俺が警戒するのは、タンク満水戦法だ。
ロシアはまだ魔法を使える人がいないと思うけど、念のためである。
佐世保を出港たありあけは、東シナ海を北上し、対馬に差し掛かる。
その辺から、どこからともなく、『探知』の魔法で監視されてるのが分かった。
逆探知して場所を探ると、術者はどうやら西の方にいるようだ。
モスクワ辺りからの探知か?
それとも、ロシアじゃないのか?
探知の魔法は距離感が無いのが玉に瑕だ。
俺は側にいた隊員に、監視されてる事を伝え、手の空いてる隊員は甲板に出るようにお願いした。
タンク満水戦法をやられたときに逃げるためだ。
「西でありますか?」
「西です。どの程度西かは分からないですが。」
「目をつむって、指で発信源を示せるでありますか?」
「はい。」
隊員に言われたとおり、指で指すと、自分でも分かった。
方角は西ではあるが若干下向きだと。
そうか、地球は丸いから距離が離れるほど下向きになるのか、異世界の帝国はそんなことなかったから、気がつかなかった。
という事は、モスクワじゃないな。
まさか・・・中国?
俺のお願いは館長にすぐ伝達されたようで、続々と隊員が甲板に姿をあらわす。
万が一に備えイカダの準備も進んでいた。
対馬を離れ、朝鮮半島との中間に差しかかった時だった。
突然船のエンジンが止まった。
タンク満水戦法だ、マジでやりやがった!
船ごと平気で始末にかかるって、そんなに俺が邪魔かよ!
「俺は機関室の隊員を助けに行く!
これは俺にしかできない、誰か案内頼む!」
「はい!自分が案内するであります。」
俺は敵の魔力航跡を見つけ、『探知』の魔法を発見し次第、全く同じ座標に『探知』をかけて潰しながら、機関室を目指した。
だが、同時に複数の術者が探知を使ってるため潰しきれない、『水瓶』が艦内で炸裂する。
テレビ出演したときに計算してもらったら、『水瓶』の魔法は1発で500tくらいの真水を生み出すらしい。
そんなのを既に2発食らってる。
機関室は既に水没していたが、事前に艦長からこうなる事を警告されていた隊員は何とか泳いで逃げてきた。
俺は空間型ダンジョンを生み出し、逃げてきた隊員を収容した。
今度は俺が逃げる番である。
また『水瓶』潰しに失敗し、容赦なく水が流れてくる。
今度は艦内の照明が全て消えた。
真っ暗だ。
だが俺は慌てなかった。
俺には、魔王軍をダンジョンに誘き寄せ、冠水させて全滅させた経験がある、むしろ懐かしい。
船が沈む分、あの時より難易度は高いが、今の俺には空間型ダンジョンがある、中に首を突っ込めば、そこには常に新鮮な空気があるのだ。
それに機関室から逃げてきた隊員達が水中ライトを持ち出していてくれた。
彼らを空間型ダンジョンに格納して甲板を目指す。
暗くても船内の構造から推察して、甲板まで出るのは簡単・・・ではないな、一苦労だったができた。
後は光る水面に向けて泳ぐだけだ。
水面に顔を出したが、イカダの姿が見えない。
そりゃそうか、顔を出したくらいでは、遠くまで見渡せない。
俺は空間型ダンジョンの入口を半分空気中に出すと、入口につかまり、けんすいの要領でよじ登って入った。
「鈴木殿、ありがとございました。」
「あー、ヒドイ目にあったけど、全員無事で良かった。
イカダ組は大丈夫かな。」
岸まではかなり距離がある、泳いで行くのは不可能だ。
「この辺りは船の往来がそこそこあるので、救助を求められるであります。
イカダには救難用のビーコンもあります。」
なら何とかなるか。
「それよりも自分達はどうするでありますか?」
「そりゃ、韓国まで歩くんだよ。
みんな自衛官なら、30kmくらい余裕で歩けるでしょ?」
空間型ダンジョンの入口は、外にいないと動かせないが、中からでも韓国方向に入口とダンジョンそのものを拡張し、日本側の入口を収縮させれば、韓国まで移動できる。
DP的に効率が悪いが、ここはケチる所ではない。
リュックの空間型ダンジョンから、あまり重要ではない物を取り出し、今いるダンジョンに強制的に吸収させてDPを無理矢理補給させる。
「自衛隊の皆さんも、DPの補給にご協力ください。」
「具体的には何をすれば良いのでありますか?」
「運動です。
皆さんが無駄に動くと、その分DPがたまります。
どうせなら、スキルを取れるような動きをしてみませんか?」
「スキルか!むしろこちらからお願いしたいであります。」
自衛隊の皆さんはノリノリで韓国に向けて匍匐前進を始め、すぐに『匍匐前進』のスキルを獲得した。
ただ、匍匐前進で30kmはさすがに無理なので、歩きながら組手をしてもらったり、スタートダッシュを繰り返してもらったりした。
思ったよりDPがたまる。
「俺、今回は中国から狙われたっぽいんだけど、何でだろ?
確かに人民解放軍には恨まれてるだろうけど、俺の『水瓶』の魔法でタクラマカン砂漠の緑化の目処がたったとか聞いたぞ。
それって、軍事費減って生産量が増えるって事だろ?
軍は面白くないかも知れないが、それで護衛艦ごと抹殺するか?今更だろ。」
これが理解できない。
ロシアはダンジョンが多くなるとエネルギー産業が大打撃を食らうってのは理解した。
でも、中国はエネルギー輸入してるよな。
むしろダンジョンは中国にとっても有益じゃないのか?
「そうか!他国のスパイが潜入して、中国から『水瓶』使ったのか!サウジアラビアとかイランとかやりそうだもんな。」
「その線もありますが、自分は中国共産党の上層部で、油田やガス田の権利を持つ党員が動いたと思うであります。」
聞けば、俺のせいで軍部が大きく勢力を落とす事が予想されるので、中国共産党内部の勢力図の激変するはずだと言うのだ。
その際主導権を握りそうな勢力の1つが、エネルギー産業系の党員なのだ。
彼らにしてみれば、俺がダンジョンを増やすと軍事産業の後を追ってエネルギー産業の衰退が予想されるため、俺が生きてるのは都合が悪い訳だ。
なんだよ、中国も俺を狙ってんのかよ。
中国の内部抗争に俺を巻き込まないで欲しい。・・・まあ、その内部抗争を誘発したのが俺なんだけど。
それから日暮れまで空間型ダンジョンの中を歩き、俺達はようやく韓国の港に辿り着いた。
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