南紀白浜といえば
俺達は、南紀白浜空港に下り立った。
「達」だ。
実はあの後、生存者のうち、外国人をどうするか?が問題となった。
対象者は25人、家族を失ったり、心的外傷後ストレス障害(PTSD)を発症してる人もいて、正直日本での用事どころではなかった。
彼らのケアをどうするのか。
どこに滞在させるのか。
航空機事故で犠牲者がたくさん出たのは、御巣鷹山にジャンボ機が墜落して以来なので、誰もその辺のノウハウが無かった。
しかも言っては悪いが、都合の悪い事に、今回は生存者が多い。
「南紀白浜空港まで飛行機出せれば、だんじょん荘で預かるけど?」
その一言で彼らは全員、一旦だんじょん荘の住人になることが決まった。
問題は飛行機を怖がる人がいた事だが、そいつは薬で眠らせて無理やり運んだ。
乗客は50人、何で増えてるんだ?
と思ったら、こいつはチャーター機ではなく、定期便だった。
機体はさっき釧路から乗ってきた奴だ。
そして今に繋がる。
「雲のダンジョンから生還した俺なら、白浜ダンジョンで通用するはず。」
ボブは既にやる気まんまんだ。
PTSDのピーの字も無い。
ボブをはじめ何人かは、そもそもダンジョンでスキルを取得しながら稼ぐ計画だったから、そんなに問題ではないが、困ったのが家族を亡くしPTSDになった人だ。
彼らは温泉で癒した後、ボブ達同じ経験をした人達とパーティーを組んでもらってダンジョン探索をしたが、これが合わない人もいた。
「まいったな。」
「珍しいわね。
いつもは悩む前に行動してんのに。」
「ダンジョンマスターの権能でどうにかなるならやるんだけど、今回はどうにもなりそうもないんだ。」
俺は、コンビニの店主に相談をもちかけた。
「例の事故でPTSDになってる人がいてね、同じ事故の経験者同士でダンジョン探索してもらって、魔物をタコ殴りにしたら改善した人もいるんだ。
特に事故後攻撃的になった人なんか、効果てきめんだったよ。」
新しく実装した4階層には、スライムよりタフなファットスライムと、硬さ満点のスケルトンを配置した。
前者は総ダメージが、後者は一撃の破壊力が取得条件になってるスキルを修得させるための魔物だ。
攻撃的になったPTSD患者は、弱いスライムでは発散できず、ゴブリンやコボルトでは攻撃が当たらずイライラする。
なので、反撃してくるがサンドバッグ状態のファットスライムと、一撃で倒すと粉微塵になるスケルトンは、PTSDによるストレスの発散に丁度良かったらしい。
「ダンジョン探索に向かない人は、今は薬物治療で押さえ込んでるけど、これって対処療法なんだよな。」
「治らないのかい?」
「治る事もあるらしいんだけど、墜落のPTSDは強烈でね。」
「元太はなってないんだね。」
「俺は暗殺されるの慣れてるから。」
帝国を去った後、その他異世界で俺のダンジョンマスターの権能を脅威と感じて、暗殺してくる奴は結構いた。
中には軍隊を送り込んで来る奴もいたな。
規模からすると、今回のロシアの戦闘機は、さほどでもないとも言えた。
ただ、撃墜された経験が無かったから、焦ったけど。
「そこで相談なんだけど。」
「私に相談てことは、うちで雇えとかですか?」
このコンビニには、だんじょん荘からもバイトが何人も入っている。
受け入れてくれると嬉しいんだけど。
「勘弁してください、うちは療養所じゃないんですから。」
「やっぱダメか。」
期待はしてなかったけどね。
「彼ら、一日中部屋から出てこないから、環境変われば可能性あると思ったんだけどな。」
「そう凹まないで、私に考えがあるから。」
「マヂ!?」
やはり1人で考えるより相談した方がいい。
加藤は頼りにならなかったけど。
「アニマルセラピーよ。
動物に癒されれば、たちどころに良くなるはずよ。」
「アニマルセラピー、それがあった。
さすが地元民。」
南紀白浜といえば温泉、そしてアドベンチャーワールドだ。
あそこにはパンダを筆頭に癒し系の動物が多い。
俺は早速、ダンジョンに馴染めなかった4人を無理矢理アドベンチャーワールドに連れて行く事にした。
アドベンチャーワールドは、だんじょん荘の住人もよく利用している。
入場券は安くないが、ダンジョン探索者なら、家族4人で月2回利用できるくらいの収入があるのだ。
いや、4階層を実装したから、もっと年収が増えるかも知れないな。
引きこもり4人組と遊びに・・・というか連行するのを、これからアドベンチャーワールドに遊びに行こうとする家族に手伝ってもらう。
「ひっ!」
バスの扉が開閉しただけなのに、1人の白人男性が大袈裟に驚いてる。
こいつは重症だ。
その隣に座ってる女の子は、35便で俺の隣に座ってた子で、ロシア機の接近に最初に気がついた子だった。
確かリンダだったか。
本人は魔力操作できたので、墜落の瞬間『装甲』の魔法を使い生き残ったのだが、両親は運悪く機体の残骸の上に落ちてしまい即死した。
今のビビり君の大袈裟なリアクションに対しても、全く反応が無い。
目も虚ろで、表情はアンデットモンスターのようだ。
完全に感情が抜け落ちてる、こっちも重症だ。
なんかフラフラしてるのも2人いる、眠る度に墜落の夢を見るので、怖くて眠れないらしい。
みんな重症だ。
頼むぞパンダさん、効果あってくれ!
「これは重症ね。」
「重症なんですよ。」
手伝ってくれたお母さんが心配そうにしてる、いい人だ。
4人の患者を連れてまずはパンダに会いに行く。
全員パンダに会いに行くのは初めてだそうで期待がもたれたが、残念ながらパンダは親子揃って寝てるだけだった。
それはそれでかわいいのだが、アニマルセラピー的には失敗だった。
『意訳』の魔法で叩き起こせるのだが、パンダはああ見えて神経質な生き物だそうで、余計な事をして怪我でもさせたら、今まで味方だった人達が敵に回りそうで非常に怖い。
同じだんじょん荘にいるだけに、はっきり言って、ロシア全軍を敵に回すより怖い。
仕方なくパンダはあきらめ、今度はふれあい広場に向かう。
ここは癒し系が多めではあったが、普通に動物園だった。
一緒に来た探索者家族は子供がはしゃいでいたが、リンダは終始無表情で反応ゼロ、他の3人も改善の兆しが全くない。
試しにカバにエサをやらせたが、ダメだった。
立ったレッサーパンダに、探索者家族の子供が隠し持っていたミカンを一つ投げ入れ、飼育員怒られるといった微笑ましい場面にも、1人がびくびくするだけで、反応が無い。
レッサーパンダはそんな飼育員にめもくれずミカンをばくついてる、なるほど、かわいいもんだ。
しかし、4人は反応が無い。
アニマルセラピー失敗か・・・
と思ったらのだが、小動物と触れあえるフレンドハウスで、うさぎを膝の上に乗せしばらく経ったリンダの表情が若干柔らかくなった。
不眠症2人組のうち片方も、小動物に囲まれてすでに夢の世界へと旅立っていた。
ビビり君はあまり改善してないが、少なくとも悪化はしてない。
うさぎさんスゲー。
「職員さん、うさぎってアニマルセラピーの効果高いんですね。」
「ええ、人によりますけど、犬・猫・うさぎは特に効果高いですよ。
犬は人により効果絶大だったり、逆に悪化することもあるけれど。
ここは、動物と直接触れあえるから、特に効果が実感できるのよね。」
俺はフレンドハウスの職員さんに、事情を話し、アニマルセラピーに適した動物を探しに来たと説明した。
「うわー、あの飛行機事故の方々ですか。」
「はい、そこでお願いなんですが、フレンドハウスにいる動物以外で、効果を試してみたいんですが、直接彼らに触らせてもらう訳にいきませんか?」
「そうですね、事情が事情ですから・・・ちょっと責任者に聞いてみます。」
数分後、責任者のおばちゃんが、バックヤードを案内してくれる事になった。
言ってみるもんである。
現在寝てる1人を除く3でバックヤードに入る。獣臭さ満点だ。
色々と試してみたが、レッサーパンダは意外と気性が荒く、早々に脱落した。
アルパカも不機嫌になると胃液を吐くので、やめた方が良いとの事だ。
コツメカワウソは噛みつかれる事があり、飼育員さんも生傷が絶えないそうだ。
この3種類がフレンドハウスにいなかった理由がよく分かった。
責任者さんによると、ここにはいないが羊も効果が高いとアドバイスをもらった。
ただ、羊の雄は繁殖期になると、気性が荒くなるから注意せよとの事だ。
意外と適した動物いないなーと思ったら、うさぎ以外でいいのがいた。
カピバラだ。
気性が温厚であまり動かない。
エサが羊とかぶるので、そこそこの大きさの池があれば、一緒に飼育できそうだ。
何が良かったのか、ビビり君とリンダに適合したようで、2人ともカピバラから離れたがらなかった。
「今日はありがとうございました。
カピバラは飼い方がわからないので、もしかしたらアドバイスしてもらいに来るかも知れません。」
「いつでもどうぞ。
お役に立てて良かったわよー。
アニマルセラピーうまくいくといいわね。」
俺は責任者のおばちゃんにカピバラの購入先を聞いたところ、徳島県の動物園がカピバラの繁殖抑制に失敗し、結構な数がいるから今なら無料で引き取れると聞いた。
カピバラ去勢しないとめっちゃ増えるのか。
カピバラの去勢手術はアドベンチャーワールドでやってくれる事になったが、当然有料だった。
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