大空が大地で何が悪い!
朝早い事もあり、俺が乗る飛行機はまだ若干の余裕があった。
結婚50年のあの老夫婦は、日本に旅立つつもりがあの世に旅立ってしまうとは・・・
と、現実逃避しててもしょうがない。
これはテロだ。
俺は断定した。
前の便はおよそ300人も搭乗したから、俺以外がターゲットの可能性もあるが、俺は既に何回も狙撃されている。
ターゲットが俺の可能性は結構高い。
てか、俺1人殺すのに、関係無い人を300人も巻き添えにするか?普通。・・・普通じゃないんだろな。
ならば、攻撃されるのを前提で行動しなければならないだろう。
違ったら違ったで、くたびれ儲けになるだけだ、大した問題ではない。
「おいボブ、魔力操作の調子はどうだ?」
「なかなかうまくいかないぜ。」
ボブは昨日魔覚を覚醒させてから、ずっと魔力操作を練習してるが、うまく行かないようだ。
残念ながら、こいつは戦力外だな。
俺が乗るユナイテッド航空35便は、定刻通りサンフランシスコ国際空港を飛び立った。
一仕事終えた俺は、『探知』の魔法を使い、機体の外を警戒していた。
俺が確実に旅客機を落とすなら、魔法を使う。
しかし昨日まで魔法を使える奴は、戦闘が仕事のはずの州兵にすらいなかった。
魔法はまだ浸透してない、除外していいだろう。
となると、一番警戒しなければならないのは爆発物だ。
しかし、まだユナイテッド航空33便が行方不明になった原因が、爆発物と決まった訳ではないのに、空港職員は過剰なまでに警戒している。
普段でさえセキュリティーが厳しいはずなのに、さらに警戒した状態では、爆発物を持ち込むのは困難なはずだ。
それでも機内に持ち込むなら、よほどうまく偽装するか、空港内部に協力者がいないとダメだろう。
前者は10時間程度で用意できる物ではなく、後者は前日の夜と今日の朝ではシフトが違うはずだ。
このピリピリした雰囲気で、シフト変更を申し出たら確実に目立つ。
爆発物の機内持ち込みは無理だう。
では次善策はというと、ハイジャックだ。
しかし、ハイジャック犯には悪いが、俺は公開してない魔法がいくつもある。
異世界に行ってから7年間に取得したスキルだってある。
負けるとは思えないし、最近のアメリカ人は、9.11の事件以来、ハイジャックされたら乗客総出で戦うように教育されている。
ハイジャックはさほど脅威ではない。
ならば次なる脅威は毒殺だろう。
しかし、これは食物を食べなければいいし、毒ガスは空間型ダンジョンを作れば、入口で弾かれるから、防ぐのはさほど難しくない。
最悪『解毒』の魔法もある。ただ、魔力が強い地球では嫌な予感がするから、なるべく使いたくない。
となると今一番警戒しないといけないのは、対空ミサイルだ。
まさかそこまではやらないと思うが、他に警戒する物が思い付かないので、機体の外を見張ってる訳だ。
幸い、サンフランシスコ国際空港の管制区域内では、そんなもん使う奴はいなかった。
そりゃそうだよな、万が一目撃者がいたら、一気にネットに拡散するから。
そうなったら、アメリカ政府が黙ってない。
仮にアメリカ政府そのものが犯人だったなら、大スキャンダルになってしまうしな。
航空機は一路西へと順調に飛行を続ける。
手にはダンジョンコア、何かあったらすぐにダンジョンを作れるように、準備は怠らない。
「なあゲンタ、そんなにピリピリすんなよ。
もっと気楽にいこうぜ。」
「ボブはもっと緊張しろよ。俺が狙われてる可能性あるって話したろ。」
「そんときはそんときだろ。
どうせ飛行機が爆発したら、俺が何しても助からねーからよ。」
「魔力操作できるようになったら、生き残れるように魔法教えてやるから。
今ボブにできる事は、魔力操作の訓練だよ。」
俺が直接指導するのって、鯉淵家と両親以来なんだぞ。
もっと真面目にやって欲しい物だ。
サンフランシスコを発って8時間、ぶっ続けで『探知』を使い続け、その傍ら魔力操作の指導もした。
緊張の連続でかなり厳しい。
ここまで機体に異常は無い。
爆弾は破裂せず、ハイジャック犯もいない。
取り越し苦労で済みそうだ。
そもそも、最終便をキャンセルして、翌朝の機体に飛び乗ったような物だ、そんな簡単に計画を立てられる訳がないんだ。
更に1時間が経過しようとしたそのとき、隣の席にいた女の子が俺の袖を引っ張った。
俺は『装甲』の魔法を『意訳』に切り替える。
「どうしたの?」
「おじちゃん、あっちから何か来る。」
慌てて女の子が指差した方角に『探知』を使うと、北から凄い速さで何かが2つ飛んできた。
中に人間がいるから戦闘機かっ!
俺はキャビンアテンダントのお姉さんを強引に呼び止め、状況を説明する。
「すぐにパイロットに連絡を!
信じられないなら、今言った事を騒ぎ立てる客がいるって内容でもいい、急いで。」
そして俺は乗客に向かって叫んだ。
「北から戦闘機が2機!魔法使える人は念のためさっき教えた『装甲』の魔法をかけた上で、『探知』を!万が一ミサイル撃ってきたら、『水瓶』をミサイルの進路にガンガン展開して!」
俺はロサンゼルスを発つ際に、乗客全員を覚醒させていた。
今回はいきなり魔力操作できる人はいなかったが、俺が直接指導しただけあり、ここまでの9時間で15人が魔力操作をものにしていた。
関係ないならいいけど、こんな太平洋のど真ん中で偶然遭遇するなんてあり得ないだろ。
戦闘機って事はどっかの国が絡んでるって事で間違い無いだろう。
ここまで飛ばせる国っていったら、日本・韓国・ロシア・在日アメリカ軍のどれかだ。
空母使えば中国も可能か。
やがてジャンボ機は降下を始めた。
戦闘機も降下する。
ビンゴだ。
そして、やっばり撃ってきやがった。
警告無しで。
魔法を使える乗客が『水瓶』を一斉に発動させたが、全員ミサイルが通った後に魔法が発動している。
やはり経験が足りないか。
中にはミサイルじゃなくて、戦闘機の方を水没させる奴もいた。
当然ながらコクピットが水没した戦闘機は、ダーツの矢が落ちるかのごとく、みるみる落ちて行った。
脱出しろよ。
まあ脱出しても、陸まで100km以上泳がないと助からないけどね。
こちらに飛んできたミサイルは、俺が『低速』と『水瓶』のコンビネーションで無力化した。
残った戦闘機がジャンボ機の真上を通りすぎる。
「スホーイ57だ!」
誰かが叫んだ。
スホーイということは、相手はロシアか。
そういや、北から飛んできたんだったな。
しかし、何で俺がロシアに恨まれんだよ!・・・軍需産業に大ダメージ与えたからだよねーっ、そりゃ恨まれるわ!
現に今もステルスのはずのスホーイ57を『探知』の魔法でサクッと見つけて、一機墜としちゃったもん。
そっかー、『探知』の魔法はステルス関係ないかー。
ジャンボ機はスホーイ57の攻撃を避けるべく、かなり無茶な飛び方をしている。
はっきり言って、素人目にも下手くそだ。
「きっと、自動操縦ばかりしてて、手動操縦になれてないんだ。」
「おいおい!パイロットの仕事は飛行機飛ばす事だろ、それだと自動操縦にパイロットが飛ばされてるじゃんか!
何でパイロットいるんだよ!」
「こうゆう時のためだろ!」
「結局使えねーじゃないか!」
大丈夫か?機体がみしみし言ってるぞ。
隣の席の子が、盛大にゲロを吐いた。
昔、魔王軍のゾンビ軍団と遭遇したときに、『ゲロ耐性』を身につけた俺でも、ちとヤバい。
スホーイ57が機関砲を撃ってきた。
魔法を使える人達が一斉に『水瓶』の魔法をこれでもかと発動する。
機銃弾は一瞬現れる水の球に当たると、派手に水しぶきを上げて粉々になった。
着水の衝撃に、機銃弾が耐えられなかったのだ。
それでも、何発か抜けてジャンボ機の翼に命中する。
エンジンを狙ったようだ。
「この野郎!」
俺はジャンボ機を追い抜いていくスホーイ57に『水瓶』を食らわした。
『低速』がかかってなかったので、狙いがずれる。
それでも、エアインテークから大量の水を吸い込んだらしく、スホーイ57は片方のエンジンがフレームアウトした。
片発で宙返りし、再度攻撃をしかけてくる。
そこを強引に回避行動をとるジャンボ機。
しかし急操作が過ぎた。
さっき翼に命中した所から翼に亀裂が走る。
そこに更に機銃弾が降り注ぐ。
スホーイ57の方も余裕が無いのだろう、当てやすい胴体部分を狙ってきた。
5発、6発、客席に穴が空き、そこから急減圧が始まり、天井から酸素吸入用のマスクが振ってきた。
機銃弾の内3発が乗客に襲い命中した。
1人は『装甲』の魔法で弾いたが、残る2人は即死だった。
俺は機体の破片で重傷になった乗客に『治療』の魔法をかける。
「ゲンタ!なんか魔力操作がわかってきた!」
「おそいわっ!」
この極言状態でボブが何か掴んだらしいが、こちらはそれどころではない。
どうせ胴体に穴が開いてるのだからと、俺は窓をダンジョンコアで破り、スホーイ57に『雷撃』の魔法を食らわした。
狙いはエンジン、しかし当たらない。
やはり『低速』なしで当てるのは無理があるようだ。
たまにラノベでは、対空攻撃ができるからと、百発百中的な表現があるけど、実際はほぼビームの『雷撃』ですら当たらない、うらやましい限りである。
と思ったのだが、何発か撃ってくると、誰かが発生させた『水瓶』に雷撃が当たり、側撃雷の形でスホーイ57に『雷撃』がヒットした。
ラッキーだ。
スホーイ57はどこか故障したのか、その一撃で北へと逃げ帰って行ったが、ほどなくしてキャノピーが吹き飛び、パラシュートが開いた。
勝ったようだ。
しかし、こちらも満身創痍だ。
客室は減圧が続き、翼の亀裂は広がる一方だ。
割れた窓から空気が勢い良く吸いだされている。
不覚にも、ダンジョンコアがもって行かれた。
残りのダンジョンコアは、頭上のトランクのコンビニ袋に入った1個だけ。
取り出すには、シートベルトを外さないといけない。
機体の天井がバリバリ言って裂ける。
このままでは墜落必至だ。
俺は外に吸いだされるのを覚悟でシートベルトを外した。
頭上のトランクに手を伸ばすが、やはり急減圧の力には勝てず、俺は機体の外に放り出された。
ぬかった!このままでは死ぬ!
滅多な事では死なないと、アルカトラズダンジョンでいきがってた自分を殴り飛ばしてやりたい。
くそっ、こんな空中でどうしろと?
スマホなんか見れないから、魔法は使えない。
空中でダンジョンマスターの権能なんか使えない。
身につけたスキルなんて、こんな状況じゃクソの役にもたたない。
「くそぉ!せっかく帰ってきたのに、こんなところでくたばるか!」
俺はダンジョンマスター、地底ならやりようがある!
ならば大空が地底なら俺にはまだ活路がある!
「大空が地底で何が悪い!!」
もはや正常な判断ができない俺は、大空を地底にすべく、ダンジョンマスターの権能を使った。
大地が無きゃ掘れないなら、大空を大地にしてやる!
固まれ大空!掘れる程に!
掘れるほど固まらせるためなら、俺の全DPをくれてやる!
全DP全魔力を、あるのかも分からないダンジョンマスターの謎の権能に突っ込みまくる。
そして成功した。
俺は大空を地底にしたのだ。
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