アルカトラズダンジョン
関空からは、サンフランシスコ国際空港まで直行便が出ている。
俺とブラウンは、せっかくだからと、ファーストクラスを利用した。
ブラウンは旅行カバンを持っていたが、俺の持ち物は・・・
・財布
・スマホ
・オリハルコン電池2個
・ダンジョンコア3個
・パスポート
コンビニ袋1つで足りた。
異世界から持ち帰ったリュックはどうしたかって?
あんなもん国外に出したら、現地の空港で揉めるの必至でしょ。
俺は異世界から持ってきたリュックに、大量のDPを補給して、だんじょん荘の私室に置いてきた。
だんじょん荘ができて、大量のDPが手に入るようになったからできる技だ。
これならリュックのダンジョンも、1週間くらい余裕で持つだろう。
「ところで、アルカトラズの土地については、手を回してあるよね。」
「はい、到着するまでに、州知事から声明があるはずでーす。」
ダンジョンを作れるのは、所有者がはっきりしない土地か、俺が所有する土地だと思ってた。
でも最近になって、公共の土地や地主がはっきりと「ダンジョンを作って良い」と言った土地についても作れる事が分かった。
実際には作らなかったけど。
サンフランシスコ国際空港の管制空域に入り、着陸待ちをしている時に、知事からの声明があった。
しかも、わざわざ俺に分かりやすくするように、日本国の字幕まで入ってる。
「これで大丈夫か?」
「うん、これで問題なくダンジョンを作れる。」
空港に到着すると、足止めを食らった。
どうやら、極端に荷物が少ないのが怪しいらしい。
荷物が多いなら密輸とか疑われるのも分かるが、少ないんじゃそもそも疑う要素なんか無いぞ?
「これは何だ?」
「電池ですけど。」
日本語を使える検査官は、俺のオリハルコン電池を見て、質問してきた。
X線検査装置では、オリハルコン電池は5cm四方の立方体にしか見えない。
外装はミスリルなので銀ピカだ、検査官には銀の塊に見えたかも知れない。
なので、実際に検査官のスマホに充電してやった。
「エスタによると、クレジットカードは立て替え払いになってるようだが?」
「日本じゃクレジットカード無くても大丈夫だったんで、作ってなかったんですよ。
まさか、エスタで渡航するのにクレジットカードが無いとダメなの知らなくて、建て替えてもらいました。」
日本のパスポートだと、90日以内なら、ビザ無しで渡航できる。
しかし、その場合はエスタに登録しないとダメだ。
エスタの登録手数料はカード決裁しかない。
つまり、キャッシュカードが無ければ、ビザを取得するしかないのだ。
ところがビザの場合、大阪まで面接に行く必要があり、これはこれで面倒なのだ。
なので、ブラウンに建て替えてもらったのだ。
「現金は$300か、少ないな。」
さらにX線検査装置で体内を調べたが、当然ながら異常は無かった。
「これでいいですか?」
「確かに異常は無いが、どうしてそんなに荷物が少ないんだ?
正直、我々は不法就労を疑ってるんだ。」
あー、なるほど。
荷物少なきゃ不法就労疑われるわ。
「S&W社から招待されて、アルカトラズ島に行くんですよ。
明日の夜に日本に戻りますので荷物が少ないんです。
確かユナイテッドエアー33便だったかな。
詳しい渡航目的は・・・Mrブラウン、正直に話して大丈夫?」
「ああ、問題ないでーす。
アーノルド知事も大々的に公表するつもりでーす。」
「アーノルド知事・・・」
知事の名前に空港職員の顔が引き締まる。
「これからアルカトラズ島にダンジョンを作りに行くんだ。
俺が魔法を広めたせいで、S&Wが倒産の危機になってね。
ダンジョンで資源が産出されるようになったら、銃の市場が回復するだろ?」
「それじゃ、お前がアメリカをおかしくした張本人か!
お前のせいでアメリカの景気が悪くなったんだぞ!」
いきなり職員が激昂する。
沸点が低い奴だな。
「社会が変われば得する奴らもいれば損する奴らも出る、その損する奴らが今回は兵器産業ってだけだよ。
人の防御力が高くなったから、人の犠牲の上に成り立つ産業が消える、それだけだ。」
その点S&Wは前向きと言えた。
殺人兵器を作ってた過去をあきらめ、魔物を狩る狩猟の道具に活路を見いだそうというのだから。
空港にS&W社から迎えの車がきていた。
「時間を食った。
すぐに現地に行こう、大丈夫かな?」
空港の職員のせいで、予定の時間を1時間オーバーしている。
本当はどこかで昼飯にする予定だったが、ハンバーガーで済ました。
本場のハンバーガーでかいな、ピクルスきいてるな。
噂には聞いてたけど、実物を見てようやくアメリカまで来たんだなと実感が湧いてきた。
途中3回ほど狙撃されただけで、大したトラブルもなく、俺は船でアルカトラズ島に降り立った。
現地には、州兵が200人ほど待機していた。
ダンジョン予定地近くには、弾薬が積み上げられ、衛生兵の姿も見える。
監獄跡の屋上には、すでに対戦車ライフルが設置され、一見朽ち果てた窓からは懐かしのM2の銃口が見え隠れし、十字砲火を浴びせられる体制ができていた。
日本ではあり得ない光景だが、ここアルカトラズでは妙に絵になっていた。
これもある種の芸術なんだろうか。
200人の州兵の先頭に立つのは、不自然さが全くない、それでいてピンと背筋を伸ばした指揮官だ。
角ばった顔に深い傷痕が刻まれ、多数の戦場を生き抜いてきた事を体現するような、巌のような漢だった。
後でブラウンに聞いた所によると、彼の顔の傷は、浮気相手と事におよんでる最中に、相手の旦那に見つかり、顔をめった刺しにされた名残なんだそうだ。
ある意味勇者!あっぱれなり(笑)
「Mrゲンタ、ダンジョンに関する考察を拝見させてもらいました。」
指揮官は日本語を話せた。
助かるな。
「でしたら、ダンジョンマスターが常駐できないダンジョンは、変に手を加えるとバランスがおかしくなるのも知ってますよね。
なので普通のダンジョンを作ります、問題無いですよね。」
正確には俺がダンジョンキーパーを任命し、管理させる方法もある。
しかしダンジョンキーパーはダンジョンから出られない、俺は終身刑に近いと考えてる。
「普通の基準が分からないが、やってくれ。」
俺は勇者の二の句を待たず、持参したダンジョンコアを使って、数年ぶりの王道ダンジョンをこの地に創った。
「ダンジョン生成。」
音は無い、いつものように新たな空間型ダンジョンを創造するのと感覚は変わらない。
ただ、今回はオリハルコン電池のDPも使ったので、ダンジョンは普通より大きくなったはずだ。
「第1小隊突入!」
主に精神的に準備を整えていた、第1小隊72人がダンジョンに突入した。
俺もすぐに後に続く。
ダンジョン内はいつものごとく、曇りの日の昼間程度の明るさが確保されている。
室温20度程度・湿度40%程度と、暑くも寒くもない環境に、この土地特有の岩がむき出しになった階段が、ごく自然に下へ下へと続いていた。
ダンジョンマスターの俺には、ダンジョンの構成が分かる。
でも、公開していいのだろうか。
俺が地図を公開したら、しらけないだろうか。
かつてゲームのダンジョン探索はめんどくさかったが、1マス探索範囲が広がった事に喜びをおぼえてもいた。
その喜びを奪って良いものだろうか・・・
そう悩んでるところに、最初の魔物があらわれた。
3m近い身長に山脈のような筋肉を持つ魔物が3体、皮膚は緑色だ。
「Oh!Torol!!」
いやいや、あいつはトロールなんて生易しい相手じゃない、いや、トロールでも強いはずなんだけど。
ありゃホブゴブリンウォーリアーだ!
いくら大気中の魔力が濃いからって、こいつが1階層のザコって、ありえねーっ。
魔王軍の中核的存在じゃないか!
魔物はすさまじい速度で一気に距離をつめてきた。
当然こちらも応戦するが、軍用拳銃のベレッタでは筋肉を貫けないかった。
サブマシンガンとアサルトライフルも似たような結果となった。
まずい!
そう思った瞬間、州兵が2人吹っ飛ばされた。
彼らの名誉のために言っとくが、吹っ飛ばされた州兵もこの作戦動員されるだけあって、魔物には及ばないものの、人間としてはすごい体格をしている。
吹っ飛ばされた2人は壁に叩きつけられ、そのまま動かない、ここは介入するか。
俺はコンビニ袋からスマホを取り出し、『低速』の魔法陣を表示させた。
自衛隊の一件以来、たびたび練習してたので、魔導書無しでも使えるようになっている。
『低速』の魔法で魔物の動きを州兵ごと遅くし、みんなに危害が加わらない位置にいる魔物に『雷撃』を食らわせて仕留めた。
明らかにゴブリンよりでかい魔石が残る。
残り2体。
『雷撃』により『低速』が無効となり、再び吹っ飛ばされる州兵たちだったが、彼らも戦闘のプロだ。
魔物の腕にはナイフが刺さっていた。
吹っ飛ばされるときに、カウンターで突き刺したらしい。
カウンターだと、ライフルよりナイフの方が強いのか。
転んでもただでは起きない、この場合は吹っ飛ばされてもただでは転ばないか?
ナイフが刺さるのなら、やりようはある。
俺はダンジョンコアに介入して罠を敷設した。
倒れた州兵から拳銃を拾うと、魔物に向かって撃った。
3発撃って1発しか当たらない、我ながらヘタクソだな。
『新規スキル取得 射撃』
そんなスキルあるんだ。
いや、今はそんなことはどうでもいい。
魔物が俺めがけて走ってきた。
しかし、その強すぎる一歩により、地面を踏み抜いてしまった。
たった今設置した落とし穴である。
「ぐあぁぁ!」
魔物の腹に、落とし穴の底に敷設したスパイクが突き刺さる。
さすがの魔物も腹を貫かれて無事な訳がなかった。
口から血を吐き息絶えると、死体はダンジョンに吸収され、跡には魔石と金属片が残された。
残る1匹は州兵達によって仕留められていた。
『S&W M500』を使ったらしい。
この銃は、対人兵器としては完全にオーバースペックで使いどころのない浪漫武器だが、魔物には有効だった。
それでも、当たりどころによっては、当たった瞬間に弾丸の鉛が変形してしまい、魔物の体内に入る事もなく弾かれてしまうらしい。
つまり魔物相手だと、鉛弾は弱すぎなのだ。
「銃も弾丸も設計思想から変えないといけませーん。」
とブラウンは嘆いていた。
「わずか3匹相手に8人やられましたー。」
「うん、早速治療しないと。」
全員骨折、中には内臓をやられてる州兵もいた。
これは『手当て』の魔法じゃ間に合わない、『治療』の魔法で全員を回復させる。
驚いた事にこの魔法、傷ならなんでも治せた。
打ち身や捻挫骨折はもとより、司令官の顔に刻まれた勇者の証まで、きれいさっぱり治ってしまった。
さすがに死人には効果が無いだろうが、エリクサー級の効力である。
異世界じゃ、深い傷の止血が限界だったのに。
「みんなまだ魔法覚えてないんだね。」
「はい、日本に駐留している兵は使えるみたいですが、本土ではまだまだでーす。」
「後で魔覚を覚醒させとくか。」
残された魔石と金属片を回収し、俺達は一旦ダンジョンを後にした。
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