姉貴の自宅
警察で調べてもらったところ、両親は転勤で東京に引っ越し、姉貴は結婚して横浜市内にいる事が分かった。
ていうか、俺が住んでいたアパートだった。
もっと言うと姉貴の名字が『鯉淵』に変わっていた。
つまり、父さんの転勤により空いた部屋に、姉貴夫婦が入居した訳だ。
新婚家庭にお邪魔するのは気が引けたが、スペシャルアイテムを失った俺はジュース一本すら買えない。
今、缶ジュース100円じゃ買えないんだな。
自販機の値段設定から、7年の歳月を実感しつつ、姉貴が住むアパートに着いた。
自分が住んでいた部屋のチャイムを鳴らすのは、違和感がすごかった。
「はーい。」
奥から姉貴の声と、ドドドドと乱暴に床を鳴らす音がする。
足音からすると子供か?
新婚かと思ったけど、どうやら違ったようだ。
玄関が開く。
そこにいたのは、3才くらいの女の子と、少し老けたが間違いなく姉貴だった。
「やあ。」
いざ姉貴に久々に会って、何を言うのか考えてなかった。
我ながら間の抜けた第一声だと思う。
「おかえり。」
姉貴も間の抜けたリアクションだ。
条件反射か、辛うじて一言返したが、そこから互いに固まってしまった。
姉貴の足にまとわりついている子供が、状況が分からずキョトンとしている。
その状態は、奥から赤ちゃんの泣き声が聞こえてくるまで続いた。
「えっと、立ち話もアレだから、あがって。」
「うん、おじゃまします。」
久々の我が家改め鯉淵家は、内装がかなり変わっていた。
一言で言うと幼児仕様だ。
いたる所にぬいぐるみが陣取り、フローリングだった部屋の床はカーペットが敷き詰められていた。
これでもドタドタ足音させるのか、下の階の住民は毎日大変だろうな。
そのカーペットの中央では、産まれて間もない赤ちゃんが泣きまくっていた。
ベビーベッドが無いのは、この家の方針なんだろうか。
「悪いけど、適当に座って。
毎日が戦争なのよ。」
と赤ちゃんを抱き上げると、母乳を与えだした。
すぐさま泣き止む赤ちゃん、姉貴は本当にお母さんなんだな。
上の子は、赤ちゃんより俺の方に興味があるようで、隠れながらも、さっきからこちらをずっと見ている。
「はじめまして、俺はお母さんの弟の鈴木元太、お嬢ちゃんお名前は?」
「ちーたん!2しゃい!」
元気いっぱいに答えてくれた。
2才だったか。
「あーたん!」
続いて弟を紹介してくれたが、名前ではなく赤ちゃんの事らしい。
姉貴によると、上の子は鯉淵千代、下の子は鯉淵雄大だそうだ。
「本当に久しぶり、7年も何してたのよ。」
「それが、異世界召喚食らっちゃってね、魔王倒すの手伝えって。」
「はぁ・・・元太、本当は何してたのよ。」
姉貴は信じなかった。
まあ、警察官も最初信じなかったけどね。
「本当に異世界召喚食らったんだ。
しかも帰る方法が無いって言うから、魔王倒すのに2年、帰るのに5年かかっちゃったんだよ。」
警察で火災報知器を鳴らしたばかりなので、魔法を使う訳にいかないから、俺はリュックからオレンジ色の矛を取り出した。
これは魔王四天王が使っていた矛だ。
魔王城から接収した戦利品のうち、武器はほぼ帝国に売り払ったが、この矛は、なんか目立つから記念に頂戴したのだ。
絶対にリュックに入るはずのないその矛を見て唖然とする姉貴、それと対照的に目をキラキラさせるちーたん。
何でもちーたんは、魔法戦士物のアニメにハマっているらしく、俺の矛はヒロインが持つ矛にたまたま似てるそうなのだ。
「ちーたん、刃は危ないから触っちゃダメだよ。」
と言ってる側から不用意に触り、案の定手を切った。
四天王の矛は、斬撃強化の付与がついているため、ありえないほどよく斬れる。
ちーたんの血がカーペットにボトボト落ち、ギャアギャアとめちゃくちゃ泣きじゃくる。
姉貴は大慌てだが、俺は多分こうなるだろうと予測していたから、冷静に『手当て』の魔法をかけた。
ちーたんの傷が淡く光ると、徐々に薄くなる。
光が消えると共に傷もなくなっていた。
『手当て』って、辛うじてカサブタができるくらいの代物なんだけど、まさか完治するとは・・・やはり地球では魔法の効力がとんでもないほど上がってる。
しかも光るエフェクトなんな無かったのに。
「ちーたん、痛かっただろ?
危ないから、ここに触っちゃだめだよ。」
もう痛みは無いはずだけど、まだ泣き止まない。
痛さと言うより恐さで泣いてるようだ、これは放置しかないか、うん、誰もが通る通過儀礼だ、放置しかない。
続いてカーペットの血に『掃除』の魔法を使う。
血痕は跡形もなく消滅し、後には汚れが凝縮した『ケガレ玉』だけが残った。
『掃除』も血液なら染みくらい残るはずなんだけど、超綺麗になった。
『超』綺麗だ、魔法をかけたところだけ、血痕は模様ごと綺麗さっぱり無くなり真っ白になっていた。
さすがに目立つので、結局カーペットにくまなく魔法をかけ、真っ白にした。
これ、もしかしたら、警察が使うルミノール試薬にも反応しないかもな。
模様ごと綺麗にしちゃうんじゃ、この魔法も使えそうにない。
姉貴は一連の出来事を、見なかった事にしたようで、ちーたんの手をさする。
「痛いの痛いのとんでけーっ」
姉貴にとっては、娘の機嫌を直す事に比べたら、目の前で起きた怪現象など取るに足らない事らしい。
ちなみに、ちーたんが泣き止むまでに、3分ほどかかった。
「ねえ元太、今のって・・・まさかマジックバッグ?」
「姉貴が考えてるのと少し違うよ。
俺は異世界に召喚されてから、ダンジョンマスターになったんだ。
リュックから四天王の矛を取り出せたのは、このリュックの底を空間型ダンジョンにしたからだ。」
何でも入る四次元ポケットのようなこのリュック、種を明かせばダンジョンの一種だ。
「でも、マジックバッグと同じ事ができるのよね。」
「マジックバッグは見たことが無いから何とも言えないけど、これはダンジョンだから、ダンジョンポイント(DP)を補給しないと使えなくなるし、中にいるゴーレムに手伝わせないと、出し入れができないんだ。
ラノベだと時間停止型とか無限収納とか、羨ましい機能があるけど、これは有限だし時間は普通に流れるから。」
これをマジックバッグと呼べるのか?俺は多分違うと思う。
「ちーちゃんの手を治したのは魔法なの?」
「うん。
帰還を最優先にしたから、俺が使える魔法は少ないよ。
その代わり魔導書は何十冊もあるから、バリエーションは増やせると思う。」
「そうなんだ・・・」
魔法に関しては、姉貴のリアクションが薄かった。
もっと仰天するかと思った。
それから、金が無い事と今晩泊まる所が無い事を吐露して、しばらく泊めてもらえることになった。
しばらく家事と子供の相手をしていると、俺の義理の兄が帰ってきた・・・と思ったら、姉貴からの連絡を受けて駆けつけてきた父さんと母さんだった。
姉貴の時と似たような問答を繰り返してる間に、今度は本当の義理の兄が帰ってきた。