タンクは満水にしよう
74式戦車が演習場を行く。
乗員は操縦手である俺のみだ。
俺はあらかじめ、魔法による攻撃を受けると言われていた。
ダメだと思ったら、即座に逃げろとも。
俺もさっきの魔法による攻撃を見ていた。
どんな魔法でも即死だろう。
魔法の前には、戦車の装甲など信頼性ゼロ、紙クズ同然だ。
いや、紙クズなら破って逃げる事ができる、戦車に装甲など紙クズ未満、邪魔なだけだ。
恐怖と戦いながら、74式戦車が演習場を行く。
変化は突然だった。
戦車が前のめり気味に突然停車した。
車内の照明が消え、光源は正面の小窓とハッチからのゆらめく陽光だけになった。
エンスト・・・だけではない。
視界がおかしい、息が・・・これはっ。
戦車がずぶ濡れになった。
救助の隊員には、事前にどうやって戦車を戦闘不能にするのか伝えてあったので、戦車が急停止したのを見て、即座に行動を起こした。
『水瓶』の魔法。
本来は、水瓶一杯程度の水を発生させるだけの魔法だが、地球では戦車が1両まるごと水没してしまった。
水没とは言っても、戦車の外はすぐに地面に落ちてぬかるみを量産しただけだ。
救助の隊員が戦車によじ登り、砲塔上部に手をかけたとき、ハッチから操縦手の手が出てきた。
みんなで操縦手を助け出す。
操縦手はゲホゲホと苦しそうだったが、元気そうでなによりだ。
「こんな方法を取ってきたか。」
「誘爆も暴走も起こさず、戦車を戦闘不能にできました。
おまけに攻撃側の装備は笏だけで、弾薬は不要です。」
車内はおろか、エンジンのシリンダー内部や電子回路基板も全て仲良く水没だ。
これで動ける車両なんか無いだろう。
やがてずぶ濡れの操縦手がやってきた。
うわー、離れていても激怒してるのがよーく分かる。
「おまえ、いくら戦車がタンクだからって、水でいっぱいにするか?」
「いや、うまいこと言うね。
いきなりやられた反応も含めて戦術を検証したかったんだ。
ごめんね。」
口ではごめんと言ってるけど、全く反省していない。
「それで、実際にやられた感想は?」
「何らかの攻撃が来ると分かってても、混乱したぞ。
今回は自分だけしか搭乗してなかったが、もし全員搭乗してたら、俺は溺死してたな。
我先にとハッチに殺到したら、全員溺死するかも知れん。
その前に普通はハッチを閉じてるから、訓練無しじゃ溺死確定だな。」
厳密には、砲塔の旋回盤の辺りや砲の付け根辺りから水が漏れる、溺死する前に呼吸する分の空気が溜まるだろう、いや、間に合わない気もする。
凶悪だな、タンク満水戦法。
「鈴木殿、今ふと思ったのだが、今の方法でミサイルを迎撃できないだろろか。」
「ミサイルの中に水を発生させる訳ですか。
確かに、水中で直接使えないような部品は故障するでしょうから、魔法が決まればまともに動かなくなりそうですね。」
「北朝鮮の弾道ミサイルの燃料には、液体酸素などを使っていますので、そこに水が混ざると、不完全燃焼を起こすと思われます。」
「それは無理かも。
水中とか人体とかは『水瓶』の対象外なんですよ。
液体酸素って事は、タンク内部は液体で満たされてるんでしょ?」
「多分、燃料を消費すると圧力が下がるだけで、タンク内は常に液体で満たされてるはずだ。」
ならば燃料に水を混入させるのは無理だ。
でも、電子部品の強制ショートはできるだろう。
では、音速を軽く越えるミサイルの内部にピンポイントで『水瓶』の魔法を合わせたられるか?と言えばそれも無理っぽい。
それができたら、『雷撃』の魔法を当てられる。
それを話したところ・・・
「ミサイルに直接合わせなくても、ミサイルの進路に発生させるのであります。
ミサイルの速度なら、例え水面であっても、かなりのダメージになる。」
「なるほど、要は通せんぼする作戦か・・・『水瓶』は水を発生させる魔法であって、その場にとどめる魔法じゃないんだよな・・・あ!」
そこで俺は閃いてしまった。
『低速』の罠。
この罠は魔王軍をダンジョンで水没させた時に活躍した、ダンジョンギミックの1つだ。
なのでダンジョンが無いと使えないのだが、原型は『低速』の魔法だ。
魔道書は、最近購入したスマホで撮影してある・・・はず・・・テレビ出演とか輸入とか今度作るのダンジョンの候補地探しとかで忙しかったから、ちーたんにお願いしといたんだけど、大丈夫だよな・・・
幸いにも『低速』の魔道書はちゃんと撮影されていた。
「小林二佐、ミサイルの進路に『低速』の魔法をしかけてみよう。
異世界では、ダンジョン内で行軍のペースを乱す程度の効果しかなかったけど、地球ならもっと効果が高いはずです。」
「待って欲しいであります。
中SAMでは費用がかかりすぎるであります。
まずは10式の砲弾で試すであります。」
『低速』の魔道書は内容を覚えていない、読みながらの発動となる。
笏も用意してないので、最後のページに書かれた魔法陣の画像をスマホで見る事になるのだが、若干歪んでいた。
今度笏を作ってもらおう。
仕方なく、魔方陣はその辺のにあった鉄板に書いて代用した。
さて、砲弾に『低速』をかける実験だ。
小林二佐の号令のもと、2kmほど離れた位置から発射された120mm砲弾は、前もって発動した俺の『探知』にかかった。
続いて、途中まで読み込んだ『低速』の魔法を発動させるため、魔法陣を見る。
『低速』が発動し、『探知』の魔法の効力が切れた。
魔法は同じ場所に同時にかけられない。
効果が継続するタイプの魔法は、他の魔法を発動させると、強制的に解除されるのだ。
砲弾は『低速』のエリアに入り込むと、急激に速度を落とした。
明らかに歩く速度より遅い。
スゲー、異世界じゃ少し動きが緩慢になるだけだったのに。
続いて『水瓶』の魔法を使う。
エリア内に大きな水の玉が発生し、砲弾の速度が元に戻る。
砲弾が水の玉から出た瞬間、水の玉が弾け、砲弾は予想着弾地点のだいぶ手前に落ちた。
どうやら成功したようだ。
続いて中SAMで実験すると、ミサイルは水の玉の中で爆発した。
信管が水でショートしたのが原因のようだ。
「信管の種類にもよるが、電気を使った信管なら、即座に爆発するか不発かのどちらかであります。」
「だったら、この方法でミサイルの迎撃は可能でいいですか?」
「上官の判断次第であります。
不発の場合、ミサイルが液体燃料タイプの場合は、そのまま飛び続け、どこに落ちるか予測がつかなくなるかも知れんです。
ミサイルが固体燃料タイプの場合は、燃焼室が水没するため、砲弾と同様の運命を辿ると思われますが。」
「液体燃料は飛び続けるんですか?」
「自分は、固体燃料同様に推進力を失い落ちると思いますが、使用する燃料とポンプの構造によっては、可能性はあると思います。」
小林二佐はあるかもと言ってるが、水没しても動き続けるポンプって、そんなもんあるのか?無い気がするなぁ。
「それを差し引いても、タンク満水戦法はかなり有効そうですね。」
「それは認める。
話は変わるが、有効射程はどのくらいであるか?」
有効射程か。
異世界じゃ『水瓶』の魔法をこんな使い方しなかったんだよな。
水瓶一杯分の水を遠くに出してどうするんだ?って話だよね。
普通、魔法は見えてる範囲でしか使えないけど、『探知』の魔法と組み合わせた場合どうなるんだ?
「うーん・・・『探知』の魔法の圏外は使えないはずですね。」
そう言えば、『探知』の魔法って、どこまでが圏内なんだ?
全く気にした事なかったぞ。
俺は東富士演習場から、富士山の山頂に向けて探知してみた。
すると、問題なく登山者達を見つけられた。
しかも富士山の反対側も探知できた。
コラ!そこの登山者!富士山の火口に立ちションするんじゃない!
日本に最初に戻ってきたときに、コレやっとけば大菩薩峠まで歩かないで済んだな。
でも、肉眼で「大菩薩峠」の文字を見た時の感動があったから、やらなくて正解だったか。
その先も探知できてるけど、どこを探知してるのか分からない、距離感が無いんだよ。
住所は分かるけど、そこがどんな場所か分からない、そんな感じだ。
試しに富士山の向こう側で『水瓶』の魔法を使ってみたら、普通にできた。
障害物は関係ないらしい。
「富士山の向こう側の斜面では、タンク満水戦法できるらしいですね。
その先は・・・地図上のどこを探知してるのか分からないな。
丁度いい目印があるといいんだけど。」
今度は東の方を探知してみる。
自分が知ってる所がかるかな・・・あ!
「横浜ランドマークタワーを探知できた。
近くの海に『水瓶』の魔法を・・・できたな。」
「googleマップで77kmか。」
「東京湾の向こう側、千葉県のどこかだと思う。
ここも有効範囲内だ。
千葉を横断して太平洋・・・うん、『水瓶』の魔法使える。
その先は分からないな。」
「射程100kmを越えるでありますか。」
「北は・・・あ、日本海に出たみたい。
大きな島があるな、佐渡島かな?
さらに先は・・・
おっと、ユーラシア大陸も探知範囲内だ。
『水瓶』も・・・いける。」
「北でユーラシア大陸というと、射程1400kmでありますか!
北朝鮮全土が射程に入ると!」
「距離感分からないから、多分としか言えないけど。」
とりあえず探知可能な範囲は1400kmとなった。
後日、試しに一番遠い場所をと思い、月面を『探知』したところ、『水瓶』は普通に使えた。
地球以外の星に行くときは、可能な限り地球の物を持ち込んじゃダメって言うルールを聞いたのはその後の事だった。
ツキニミズ?ナニソレ、ポクチンワカンナイ。
東富士演習場での検証は、最後に『火矢』の魔法を、水没状態の74式戦車にブッ放して終わった。
正面から『火矢』を食らった戦車は、火花を飛び散らせながら50mほど吹っ飛び、そのまま縦に2回転して止まった。
命中した前部は溶解し、戦車は50cmほど短くなってしまった。
「これは防御不能であるな・・・」
「いえ、『装甲』の魔法なら防げますよ。
一瞬熱いけど。」
しばらく呆然とする小林二佐と隊員達だったが、それなら『装甲』の魔法を使えるようになればいじゃないかという結論になり、俺はその場にいた自衛官全員の魔覚を覚醒させて、検証を全て終えた。
魔法を使いたければ、まずは魔力操作を覚えてほしい、魔法はそれからだ。
言葉のチョイスがおかしい場合も、誤字脱字報告でお願いします。