22.雨降っておしまい
地馳さまはまた、アミョーたちがいる花畑のほうに行ってしまった。
左手の草地から、ひょいひょい走ってくるお骨さまが見える。カウと長お屑さまも一緒に走ってる。
――友ー!
「おーい! 何してんだよ、黒い竜ー!」
――ぽはっ! 地馳に熱線を打たせるとは大したものなのじゃ! ようやったのじゃ! ずいぶんと久しぶりに見たのじゃ!
文句とほめ言葉を言われたお影さまは、首をかしげた。
ぼ!
「ギャー!」
一つ吠えて、お影さまはカウの頭の上の長お屑さまをかもうとする。風圧で長お屑さまはふにゃっと免れたけど、カウはびっくりして腰を抜かした。
「な、何すんだよー!」
――影。それは屑である。たくさんあるうちの一人で、珍しくない。
――そうじゃ! 影よ、見損なうでないぞ! わしではないがわしとはすでに会っておるのじゃ!
――ヒトは噛むと死ぬのじゃ。気をつけるのじゃ。
三方のセンパイ竜さまたちから言われて、お影さまはまた首をかしげる。
「お骨さまの言う通りだぞー! 俺、噛まれたら死んじゃうぞ!」
カウは立ち上がって抗議してる。ちょっと涙声。
「ひゃー、やっと着いたー!」
「マレンポーは足遅いよ」
マレンポーとペードも到着。
先に着いてたペロとントゥが二人の足下を駆け抜けていった。
マレンポーは膝に手を当てて、肩で息してる。
「なんだかマレンポーは珍しいです」
「は? 何が?」
独り言をペードに聞きとがめられた。
「えーっと、エーヴェ、今までいろんな人に会いましたけど、みんな体を動かすのが得意でした」
邸のみんなはチート、お泥さまの座のみんなはとてもダンサー、ガイオサは野蛮だ。
エーヴェは鍛錬で強くなってきてるけど、前の世界では決して運動が上手いほうじゃなかったから、親近感。
「マレンポー、言われてるよ」
「お、悪い意味じゃないですよ」
「うんうん、ありがとう。わたしは結構年を取ってるんですよね、たぶん」
「お?」
「あ、ニーノだぜ」
首をかしげたところで、システーナが笑って指さす。
*
「竜さま。お影さま」
白い布を手に、ニーノが空から舞い降りてくる。
……眉間の辺りが曇ってます。
――ニーノ、影の尻尾を見てやるのじゃ!
「はい」
お屑さまに頷いて、お影さまの前に立つ。
「お影さま」
ぶー!
「はい」
ぶー! ぶー!
「はい」
――ニーノ、聞かずともよい。影が不調法であった。
いつものやり取りが始まったところで、竜さまが口をはさむ。
「では、失礼いたします」
ニーノはお影さまの尻尾を検分し、布に何かを塗りつけてぐるぐる巻く。
「ニーノ、機嫌悪りーな」
「ナームさんの手当の途中だったんじゃないかな」
システーナとジュスタがひそひそ言う。
そうか。ナームは今、船でひとりぼっち。
「お影さま、だっけ? あとでアミョーにつつかれるかもしれないから、気をつけてね」
ペードは杖をたたみながら、アミョーの群れの様子を見てる。
「ああー、竜さんの顔に火を吐いてましたからね。アミョーも怒ってるかもしれませんね」
「なんと」
でも確かに、竜さまの顔に誰かが火を吐いたら、邸のみんなは怒ります。
システーナも手をかざしてアミョーの様子を見てる。
走ってる地馳さまは、ケガしてる様子はない。
「なーなー。気のせいか地馳さま、ちょっと小さく見えねーか?」
「む? そうですか?」
「あ、ホントだー!」
「なんでー?」
カウとペードが口々に叫ぶ。
地馳さまは相変わらずとても大きいけど、さっきまでよりすこし背中が低くなったかもしれない。
――火線を出したからなのじゃ! 地馳は、走って溜まった熱を吐き出すのじゃ! ちょっと小さくなるのじゃ!
――百日も走れば元通りなのじゃ! それより、間もなく雨になるのじゃ! ニーノ! 急ぐのじゃ!
お屑さまと長お屑さまが主張する。
「雨になりますか?」
――そうじゃ! 火線を打つと空が不機嫌になるのじゃ!
見上げると、確かに西の空に雲が増えてる。
「だいぶ日が傾いたね」
ジュスタの言う通り。
草原の草や花が、黄色い光に照らされて輝く。
お影さまがぶーぶー言いつつ起きてるのも、夕方が近いからかな。
草が大きく揺れてる。風が出て来た。
「お影さま、これでひとまず様子を見ましょう」
ニーノの言葉に振り返る。
黒い尻尾に白い布。
お影さまは布のにおいをかいで、ぶふーっと強く鼻息を吐いた。
ぼ!
「おかげさま、痛くないですか?」
べ! ぼっ!
首を上げる様子を見ると、気に入ったのかな。
――では戻ろう。どこかに影をかくまえる洞はあるか?
「うーん。この辺りは草原ですからね」
――あるのはあるが、遠いのじゃ! 影はおとなしく帆をかぶっておるのじゃ!
ぶー!
元気いっぱいにお影さまが吠えた。
いろんなことが起こったけど、ようやくみんな、あいさつできたのかもしれない。
――雨じゃ! 雨じゃ!
――ントゥ、帰るのじゃ。
暗くなった空の下、賑やかなお屑さまの声が二人分響く。
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