19.鼻先に立つ
システーナの背中にしがみついたまま、地馳さまの頭に向かう。
「エーヴェ、降りなくていいですか?」
――童の足ではまだ無理なのじゃ! シスに任せるがいいのじゃ!
首はよく曲げるからしわがたくさんで、ぐいぐい左右に動く。
蛇腹みたいなでこぼこがうねうねして、とても歩けそうにない。
ジュスタは鉤をでこぼこに上手く引っかけながら進んで行く。
――おお。皆が来たのじゃ。
地馳さまの額の上でお骨さまがこっちを向いた。
首からだと頭は左右に大きく振られてるように見えるけど、頭の上に立つと案外、安定してるのかな。
「お骨さまー!」
手を振ると、お骨さまはぱかっと口を開け、うぉほっほをする。
――およ。
「わ! お骨さま!」
横からの勢いに負けて、お骨さまは地馳さまの頭から転げ落ちる。
――うぉほっほをすると、落ちるのじゃ。危ないのじゃ。
あわあわしてるうちに、頭上をすいーっとお骨さまが飛んでいった。
上手に地馳さまの頭に着地する。
「おお、よかったですよ!」
「お骨さま、飛ぶの上手になったなー」
確かに、地馳さまの頭から落ちて、地面に衝突する前に舞い上がるなんてすごい。
――まったく! 骨はうっかりなのじゃ!
お屑さまはいつもの調子。
――わしは骨ゆえ、うっかりなのじゃ。
お骨さまはまたぱかっと口を開ける。
*
お骨さまの足下までたどり着いて、ようやく降ろしてもらった。
地馳さまの額。平らで緩やかに下ってる。
左右には動くけど、上下の揺れはほとんどない。
肩や首に比べたら、立ってられる。
「おお、ントゥは元気です」
ントゥはお骨さまの足の周りを駆けめぐり、ときどきギザギザ辺りに行って、遠くを眺めて戻ってくる。
……よく見ると、小さな四角がントゥからたくさん飛び出てるような?
「エーヴェ、見てごらん。ペロだよ」
肩を叩かれてジュスタが指す方向を見ると、ペロはいつの間にか、地馳さまの鼻先にいた。
ガラスの鉢が光を反射してる。
船の舳先にいるときみたい。
こっちでも、ぼんやりうっすら黄色い丸が、ペロの上に浮かんでるように見えた。
……もしかして、マレンポーの特性かな?
「ペロ、嬉しそうですね!」
「竜さまには乗れねーもんな」
ントゥも鼻先に行こうとして、足場が悪いのか行きつ戻りつする。
お骨さまは慎重にその場で方向転換して、ントゥに合わせて進行方向に首を向けた。
地馳さまが大きいと言っても、さすがに額はお骨さまには窮屈だ。
「エーヴェ、地馳さまの目を見てきますよ」
背中の端のギザギザが、額の端にも庇みたいに続いてる。
きっとギザギザの下に目があるはずだ。
「あたしもー」
「俺も行くよ」
みんなでギザギザのところまで行く。
急に身を乗り出すのは危ない。腹ばいになって、ずりずり端を目指す。
「おおおー地面です!」
地馳さまのいかつい頰辺りが見えて、地面が見える。
船の甲板より高くて、ひやっとした。
「おちび、落っこちんなよー」
システーナがベルトをにぎってくれた。
――なんと! これではわしが地馳の目をのぞけぬのじゃ! シス! 反対の手で握るのじゃ!
「お屑さまはどーせぱたぱたして見えねーぞー」
お屑さまと言い合いながら、持つ手を変えたらしい。
「結構乗り出しても見えないな」
ジュスタはお腹辺りまで乗り出してる。
慎重にずりずり前進した。
風がずんずん顔に当たる。
目の周りの段みたいなのが分かる。
透明できれいなドーム状の線が見えた。
たぶん、目の一部だけど、ガラスを見てるみたいな気分。
――地馳よ! ちょっと上を向くのじゃ! お主の目が見えぬのじゃ!
――む? わし、地馳さま。屑がわしを呼ぶぞ。呼んだか?
「おわ!」
目の周りの段がぐっと沈み、透明なドームの中に虹彩が見える。
若草の野原みたいにきれいな黄緑色だ。
闇の一穴みたいな瞳孔がぐぐっとすぼまった。
――おお? びっくりぞ。わしの目の上、人がおる。おったぞ。
「地馳さまー!」
手を振る影が、地馳さまの目に映ってる。
「きれいな色ですね」
「地面から見たら、全然分かんねーな」
――客、客ぞ。わし、地馳さま、知ったぞ。よく来たぞ。
そのとき、緩やかに下ってた額が逆の方向に傾いた。
――ぽ! 皆、しっかりつかまるのじゃ!
お屑さまの警告が届いた次の瞬間。
ばぁあああああああー――――――
草原中に地馳さまの快哉がとどろいた。
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