6.船の上で見る夢は
ひらがなの「う」に濁点を付けようとすると、カタカナしか出てこないのですね。
――暑い。
無意識にぬぐったおでこに、じっとり汗をかいてる。
冷たい籐の寝台の感触を足で探る。
ざらざらと固い地面しか見つからない。
……おやっ?
目を開けた。
「おお……暑いです」
広い石の地面。ほうぼうから蒸気が噴き上がってる。空を見上げると重い灰色の雲が赤く照らされてる。
見えないけど、夕陽があるのかな?
蒸気が出てるところを見に行く。地面の割れやパイプの継ぎ目から、蒸気がもれてる。腐ったようなにおいに、あまり近寄るのはやめておいた。
足にはサンダル、体にはワンピース。
「お! これはきっと夢ですよ」
今は冒険用に長袖長ズボンだもんね。
とてもリアルな夢。これには覚えがある。
星のまどろみどきっていう全部の生き物がつながる無意識の世界。お屑さまの話では、竜さまたちは遊べるけど、他の生き物――もちろん人間も、普通は入れないらしい。
なんとエーヴェは、ときどきここに入るのです!
ここに入るのは夢を見るのと同じ。勝手に入るけど、出るのはいつも竜さまに手伝ってもらってる。夢でも竜さまに会えるから、とってもお得だ。
もしかしたら、星のまどろみどきに入れるのは私の特性かもしれない。でも、ニーノは心配してる。
出られなくなるかもしれないもんね!
古老の竜さまに会いに行くのは、ここに入ったり出たりするやり方を教えてもらうためだ。
「りゅーさまー、りゅーさまー」
お迎えを期待して、声を上げる。
どうっと空気が動いて、蒸気がこっちに流れてくる。くさくて蒸し暑いので、慌てて逃げ出した。
手で鼻と口を覆って、蒸気がないほうへ向かう。
煙は上に行くから、はって進んだほうがいいかな?
でも、火山性ガスは下に沈むぞ?
「たぶん蒸気は空に飛んでっちゃいます」
結論、そのまま歩き続ける。
徐々にサンダルから熱が伝わってきた。下を見ると、地面がやわらかく見える。さっきよりも気温が高い。ところどころ赤く光ってる部分がある。
「……もしかして、溶岩かな?」
これはとっても人間がいちゃいけない場所。
「りゅーさまー! エーヴェですよー!」
もう一回竜さまを呼ぶ。星のまどろみどきは、たいてい荒廃の世界だけど、今回は暑くてくさくてたいへんだ。
ふっと周りが、暗くなった。
もとから曇ってたけど、とうとう日が沈んだのかも。
確かめようと空を見上げて、固まってしまう。
大きな黒い影がそこに立っていた。よく見えないから影って言うわけじゃなくて、本当に影。向こうの景色がうっすら見えてる。
でも、不思議なことに影が影を落としてる。
影を落としてる大きな影の形が、ようやく分かった。
「これは! シャドウドラゴン!」
コウモリっぽい羽とがっしりした後ろ肢、太くて強そうな尻尾が見える。
この輪郭はまさにドラゴンだ。
「はじめまして、竜さま! エーヴェは、エーヴェです!」
ぴょんぴょん跳ねて、両手を振る。
この竜さまは初めてだ。影の竜さまだから、お影さまかな?
お影さまはゆっくりと頭を動かしてる。
私がどこか分からないみたい。
「竜さま、こっちですよ!」
……全部影で目がないから、見えないのかな?
触ったら気がつくかも。
手を伸ばして、探り探り近づいて行く。
影なのに影ができてるから、どこが竜さまの体か、よく分からない。
うおぉぉおー――ん!
急な吠え声に耳をふさいだ。地面が揺れて、バランスを崩し、尻餅をつく。じんわり伝わってくる熱に、慌てて立ち上がった。
「あぶない、あぶない。お尻がこげます」
お尻をはたいてると、また影に覆われた。
お影さまがこっちを見てる。
気がついてくれた!
ぱっと明るい気分になったのは一瞬。
ふと違和感が頭をもたげる。
「――竜さま?」
どうしてさっきからお影さまは一言も話さないんだろう?
ヴおぉぉおー――
「うわっ!」
すぐ近くで吠えられて、思わず逃げ出した。
心臓がドキドキする。
これはどういうことかな?
お骨さまに初めて会ったとき、追いかけられたのを思い出す。
お影さまも、びっくりさせるのが好きなのかな?
走りながら、おそるおそる振り返ると、大きな影がのしのしこっちに近づいてくる。
追いかけっこ!?
「エーヴェは小さいから、追いかけっこしても楽しくないですよ! 竜さま、すぐに追いつきますよ!」
ヴおぉぉおー――
「わきゃ!」
びっくりして盛大に転んだ。温かい地面から慌てて身を起こす。
あれ? おかしいぞ?
私、竜さまに追いかけられてる。
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