10.帆桁の上
ルビは後から追加します。
昼ご飯はノリまきおにぎり。この湖で取った水草だから、少し土のにおいがする。でも、ご飯の塩味があるから、口に入った感じはとてもノリまきおにぎり。
「おいしいです」
「そうだねー」
ジュスタも隣で足をゆらゆらさせながら、おにぎりをほおばってる。
邸では大人たちはあんまり昼ご飯を食べなかったけど、船に乗ってからはみんな食べてる。一日中船を動かすのは、やっぱりおなかがすくみたい。
降り注ぐ日の光をあびて、のんびりしてる竜さまと腕でぴこんぴこん――ときどき風にあおられてるお屑さまを満喫して、結び目でいっぱいになった頭がすっきりした。
昼ご飯を終えて包みをしまうと、ジュスタは帆桁の上に立つ。
背が高いから、張り巡らされた縄を持ってすいすい先っぽのほうに行ってしまった。
「エーヴェは帆桁の両端をにぎって移動するといいよ」
しゃがむと、帆桁を伝うお手本をみせる。腰を高くしてひょいひょい走るサルみたい。
「はい」
帆桁の幅は両手の幅より少し広い。端をにぎりつつ、とてとてジュスタのところに移動した。
――よい眺めなのじゃ! ケンカ場の端まで見えるのじゃ!
お屑さまはすっかり物見遊山。私はちょっとどきどきする。
もしかすると、帆柱の上ははだしのほうが動きやすいかも。でも、ここでサンダルを脱いで下に落とすのは、考えるだけでひゅっとなった。
帆の結び目越しにジュスタと向かい合う。帆桁に腰かけるより、またがったほうがずいぶん安心。
「船が飛び出すときに、この結び目を解いて全部の帆を広げる準備をするんだ」
ジュスタがほどく場所を指で示した。あちらこちらと首を動かす。帆桁が三段で右舷と左舷に四つずつは結び目が見えるから、二十四か所もある。
「じゃあ、解いてみて」
「解きますよ」
縄は直径三センチメートルくらい。太いほど、結ぶのも解くのも力が要る。でも、思ったより簡単に縄は解けた。
「解けました!」
縄は帆桁に通してあって、解いてもそのまま宙に垂れた。
調子に乗って、他の結び目もどんどん解く。左舷もと言われて全部解くと、帆がゆらりと垂れて風になびいた。
――ぽはっ! 羽のわりに、重々しいのじゃ!
風に揺れた帆は、帆柱にぶつかってどさり、どさりと波のみたいな音を立ててる。
様子を眺めてたジュスタが振り返った。
「よし。じゃあ、俺が帆を引き上げるから、今度は結びつけてみよう」
いうが早いか、ジュスタは甲板まで張られたロープにフックをかけて、すいーっと滑り降りていった。
風を切る音がする。
「うわー! あれはいいですよ! おもしろそうですよ!」
――ぽはっ! 速いのじゃ! ジュスタはときどきとても速いのじゃ!
ジップラインだったっけ? 「ひゅん」とも似てる。でも、これは最後に甲板に着くときが難しそうだ。
「エーヴェー! 一つ上の帆桁に行ってくれるかい?」
甲板でジュスタが手を振ってる。
「はーい!」
帆柱に戻って、一つ上の帆桁に登った。ジュスタが巻き上げ機みたいな道具でぐるぐるやると、さっき垂らした帆にしわが寄って、じわじわたたまれていく。
「おおー!」
――見るのじゃ! 縮まってゆくのじゃ! ホオの花がしぼむようなのじゃ!
帆はすっかり元の位置に戻った。
「エーヴェ、さっき解いたところをくくってみてー」
ジュスタは楔で巻き上げ機を固定して、こっちへ登ってくる。
「一番目の結び方ー?」
「そうそー――う」
帆桁にまたがって、解かれた場所で宙に垂れてる縄を引き寄せた。帆桁と帆を抱えるようにして結ぶ。
「あ、いいね。――もうちょっときつくできるかい?」
また登ってきたジュスタの言葉に、帆と帆桁を三周した縄を、草を抜くつもりで引っ張った。ぎゅっと力を入れて結ぶ。
「うん。いいね。次に進もう」
「はい」
せっせと縄を結んで帆が最初の位置に戻るころには、汗が浮かんで手のひらがじんじん痛くなった。
「手袋すればよかったです」
じんじんする手を眺めていると、ジュスタが平たくて固い葉っぱを乗せた。にぎると、ちょっと冷たい気がする。
――カティンの葉じゃ! 固くてつややかなのじゃ!
「カティンの葉!」
「すこし冷たいだろ?」
しばらく待って、うんうんうなずく。
私が結んだ場所を確認して、ジュスタは問題なしと思ったみたい。
「何回も繰り返せば、早く上手に結べるようになるよ」
――ヒトは繰り返しが好きなのじゃ!
「やっぱりいっぱい力が要ります」
ジュスタは隣に戻ってきて、にっこりした。
「エーヴェはよくできてるよ。力はどんどん強くなるしね」
……エーヴェ、成長してますからね!
「縄は滑りやすいですか?」
太さのわりにあつかいやすくて、力が伝わる気がした。
「そうかな? うーん、水をはじくようにしてるからかな?」
ジュスタは首をかしげて、縄を触ってる。
「ニーノなら分かりますか?」
「聞いてみたらいいよ」
「はい!」
葉っぱのおかげか、手のひらの熱さはおさまった。
「ジュスタ、甲板の縄を巻き上げる道具で引っ張ってたら、帆は止まりますか?」
結びながら、ずっと気になってたことを聞く。
「うん。止まる」
「じゃあ、エーヴェ、縄でくくる意味がないですよ」
口をへの字にすると、ジュスタはにいっと笑った。
「でも、風が強かったり縄が切れたりしたら、帆が開く。最初に言った通り、ぴんと張った縄は危ないんだぜ」
「おお」
だから、帆桁にも結びつけるのか。
「さて、エーヴェ。もう一回やってみるかい?」
「やりますよ!」
理由がわかったらやる気が戻ってきた。ジュスタがくれた葉っぱをナイフと同じ場所にはさんで、立ち上がる。
帆桁の上も、ちょっと慣れた。
「でも、最後はあれでおりたいです!」
ジップラインを指さすと、ジュスタはにこにこ笑ってうなずいた。
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