9.エーヴェ、手品をする
うっかり8を二つ作ってました(5/29修正しました)。
三つ目は片手でできる結び方だった。
ジュスタの手の中で縄に交差ができ、指で縄が押し出され、手を開くころには一つの結び目になってる。
「おお! 手品みたいですよ!」
片手で縄を結ぶ自分を想像すると、わくわくする。
「てじな?」
――てじなとは何じゃ?
きょとんとした二人から聞かれて、思わず背筋が伸びた。
「えーっと、不思議なことをして、他の人に見せることですよ!」
――不思議なこととはなんじゃ? たくさんあるのじゃ!
むー。これは何か披露しないといけません。
「ジュスタ、おくずさまを持ってください」
お屑さまの腕輪をジュスタに渡して、周囲を見渡した。
縄を手に取って立ち上がり、顔の高さまで持ち上げると指を開く。
当然、縄はぱたっと甲板に落ちた。
「縄は指で押さえないと、落ちますね」
「うん、落ちるね」
ジュスタはのんびりと答える。
「でも、エーヴェは手のひらに縄をくっつけられるのです!」
――む? 童の特性なのかや?
初耳とばかりにぴこんぴこんするお屑さま。ジュスタが首を振った。
「たぶんこれはてじなですよ、お屑さま」
「そうですよ! やります!」
右手で縄をにぎり、顔の前に持ち上げる。ぐぐぐっと力を込めながら、さらに力が込める感じで左手で右手首をつかんだ。
――なんじゃ? なんじゃ?
お屑さまはせわしなくぴこんぴこんする。
「指を放しますよー」
小指からのばしていって、最後に親指を伸ばした。
多少ふにゃっとしてるけど、縄は手にくっついたまま。
「くっついてます!」
「わー」
ジュスタが拍手してくれる。
――何も不思議でないのじゃ! 童はもう一方の手の指で押さえておるのじゃ!
「わ! おくずさま! 見ましたか!」
手のひらの陰に伸ばした左の人差し指で、縄を押さえるところをジュスタに見せた。ジュスタは目を丸くして、にっこりする。
とっても単純なトリックだけど、ぱっとできそうな手品なんてこのくらいだ。
――見えるのじゃ! 童の手のひらなどすぐそこなのじゃ!
むー。
「俺は見えませんでしたよ。なるほど、一見、不思議なことをやるのがてじななんだね? 俺も少し知ってる」
「お! ジュスタも手品できますか」
わくわくしたけど、ジュスタが慌てて手と首を振った。
「いやいや、できない、できない。前いた世界でときどき『座』の外から人が来るんだけど、その中に物を浮かせる人や口から火を吹く人がいたよ。きっとあれがてじなの一つだね」
「きっとそうです!」
ジュスタが前にいた世界には、旅芸人みたいな職業があったのかな?
――なんなのじゃ! ちっとも不思議でないのじゃ!
お屑さまはぷりぷりしてる。
竜さまたちからしてみたら、火を吐くのも浮かぶのも全然不思議じゃないかも。
「特性がないけれど、工夫で特性があるふりをして、他の人をびっくりさせるんですよ」
ジュスタがとりなしてくれる。
「見えない物が見えたり、物が消えたり、反対に急に出てきたり、いろんな手品があります。全部、ふりなんですけど、楽しいですよ」
――ふむ、ふむむむむ。ふり、というのは聞いたことがあるのじゃ。むむむむむ。
竜さまたちは遊びは好きだけど、トリックや工夫をしてるところは見たことがない。
「よし。てじなも分かったし、エーヴェは三つ目の結び方の練習だね」
「お! そうでした」
ジュスタの前に座り、手品みたいな手さばきをもう一度見せてもらった。お屑さまはすぐさま、縄の絡まりに集中する。
**
「貴様ら、昼食だ」
あの結び方、この結び方、縄を太くして、細くして、といろいろ試し、頭の中がくちゃくちゃになってきたころ、ニーノが甲板に現れた。
「ご飯です!」
ぴょんと飛び上がると、昼食をジュスタに渡しながら、ニーノが冷たい目で見降ろしてきた。
「帆柱には登ったか」
「まだです。昼飯を帆桁で食べようかと思って」
「おお! 登りますか」
真下に行って見上げると、なかなかに高さがある。
「帆柱に登るときにはハーネスのこの輪をここにかけて」
――わしも登るのじゃ!
ジュスタの説明通り、帆柱に沿わせてある金属の紐に輪を通した。後ろで黙ってたニーノが踵を返したので顔を上げる。
「あれ? ニーノは一緒に食べませんか」
「貴様らで食べろ」
言い残して、ニーノはさっさといなくなってしまう。
「ニーノさんはやることがたくさんあるからね」
「そうですね」
厳重にうなずいて、帆柱にとりついた。
滑らかに加工してあるからちょっと心配したけど、木を登るのとたいして変わらない。ところどころには手をかけるくぼみも作ってあって、すいすい登れた。
――童、よいぞよいぞ! みるみる高くなるのじゃ!
お屑さまの応援もあって、意気揚々だ。
「そこの帆桁に座っていいよー」
ジュスタの呼びかけに振り返り、あわてて顔を戻して帆桁に座った。
「とっても高いですね! びっくりですよ!」
後から登ってきたジュスタに告げる。
帆柱だけじゃなくて、船の高さがあるからぐーんと視界が高くなった。吹き抜ける風でおなかがすーっとする。
邸の近くの森には高木がたくさんあってよく登ったけど、枝や葉っぱで守られてる感じがしてたから、こんなに何もなくて高い場所は初めてかも。
「ここに登るのは、帆をつける時と外すとき、縄が絡まったとか問題が起きた時。でも、俺は結構好きだよ」
ジュスタは昼ご飯の包みを膝に開けながら、ある方向をみてにっこりする。
――ぽはっ! 山と同じ高さなのじゃ! ぽはっ!
目線を追うと、竜さまが首を起こしてこっちを眺めてた。
金の目の奥がゆらゆら動いてるのもはっきり見える。
「おお! エーヴェも好きになりました!」
竜さまに手を振った。
でも、今のところ片手が精いっぱいだ。
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