7.ヌーラの手ざわり
風邪ひいてしまいました。
甲板に顔を出すと、空の端っこは暗い雲があるけど、真上は青空が広がってる。いつも通りのいい天気。
気になってのぞき込むと、船の陰に白い帆をかぶったお影さまがうずくまってる。昨夜、火を吐いてた元気はどこにも見えない。後ろ姿は、毛布に頭だけ突っ込んだイヌに似てるかも。
日の光にこんなに弱くて、旅に出るなんて平気なのかな。
「おーかーげーさーまー大丈夫ですかー?」
声をかけてみるけど返事は無い。やっぱり眠ってるのかな?
「よーし、やるかー」
――操船じゃ! 操船じゃ!
船倉からシステーナとお屑さまの賑やかな声が登ってきた。
「やりますよ!」
二人を迎えに行く。
「あ、おちび。飛んでねーけど、綱ぁ結んどけよ」
ハーネスを着けるシステーナを見て、慌ててもう一度階段を降りた。
「ひゃーはー!」
船首から船尾まで甲板を走る。隣をシステーナが弾むように伴走してる。
「おー――! いーぞいーぞ!」
まずは甲板の形状に慣れること。雨が溝に集まるように船は丸みを帯びてて、甲板もくじらの背中みたいに四方が低くなってる。右舷から左舷へ、甲板じゅうを8の字を描くように走り回る。
「おっ!」
転びかけてたたらをふんだ。前の世界では、外はどこも平らにならされているのが当たり前だったけど、この世界では平らな面がこんなにあるのは珍しい。簡単に走れる分、油断して、足に力を込めるときにおかしな具合になってしまう。
「ま、歩くのは問題ねーし、すぐに馴染むさ。しかし、おちび、走るの速くなったなー」
「エーヴェ、成長してますからね!」
頭をわしゃわしゃされて得意になってると、システーナが目を丸くする。
「へー! こりゃあ、なかなかな触り心地だぜ!」
――ほほう? どんなものじゃ? どんなものじゃ?
まだまだベリーショートの頭をがしがしされた。
「ディーの子どもみてー」
「うがー!」
「……何やってるんです?」
システーナの手から逃げようとジタバタしてると、縄の束を担いだジュスタがのんびりやって来た。
「ジュスタ! シスが頭をわしわしします!」
「ジュスタの頭はどーだー?」
「わー――」
システーナに頭をわしわしされても、ジュスタは笑ってるだけだ。
「おちびのほうがつんつんしてて、ジュスタはちょっとやーらけーな」
――では、ジュスタの頭はヌーラの子どもなのじゃ!
「ヌーラ?」
――四つ足で尻尾の大きな獣なのじゃ!
「すばしこくて、木登りが上手なんだよ」
「ほー」
……リスかな? 尾の立派なサルかもしれない。なんだかジュスタの頭をなでたくなってくる。
――違うのじゃ! 頭の毛よりも操船なのじゃ!
おくずさまがぴこんぴこんする。
「その通りです!」
ジュスタが甲板に縄をどさっと置いた。
「じゃあ、始めるよ。まず、とても大事なことだけど、船には危ないところがたくさんある。特に縄には注意しなきゃいけない」
「はい」
ジュスタは看板のあちこちを指さす。舷側のあちこちに縄が固定されてる。
「飛ぶとき、縄は帆を広げて固定してるね。帆は風を受けると、とっても強い力を持つんだ。もし、縄が切れたり、手からすり抜けると、すごい勢いで帆に引っ張られる。もし体が叩かれたら、手足が切れることもあり得る」
「なんと!」
とっても危険です!
「でも、おちびは力が弱えーぞ。縄なんて使わせんのか?」
システーナが縄の束の上に腰を下ろす。
確かに、システーナみたいにいっぱいに張った帆を引き寄せて固定することはできそうにない。縄を巻き上げる道具もあるけど、クランチに似た取っ手をぐるぐる回すには、かなりの力が要りそうだ。
「はい。なので、エーヴェには帆をほどく作業をしてもらうつもりです」
高い帆柱を見上げた。
帆柱に交差する形で帆桁がかけられて、そこから帆が垂れる。今は全部の帆がたたまれて、帆桁にくるくる巻きに結わえつけられてる。
「あれをほどきますか」
「そう。エーヴェは鍛錬で高い木に登れるだろ?」
「お! 登れますよ!」
「だから、あと覚えなくちゃいけないのは縄の結び方だけだ」
「おおー」
ジュスタに追い払われて、システーナが縄の上から跳びのいた。
「ジュスタがいっから、あたしはいーな。お骨さまのとこ行ってくっから」
――わしは縄の結び方とやらを見るのじゃ!
「おお! おくずさま、一緒に覚えます!」
「じゃあ……、ほい」
お屑さまの腕輪をひょいっと渡される。システーナはハーネスを脱ぐと、甲板から飛び降りていった。すぐにお骨さまに呼び掛ける声が聞こえてくる。
ジュスタに直径二センチメートルくらいの縄を渡された。
「最初は難しいと思うけど、繰り返せば覚えるからね」
「はい!」
船を操る第一歩です。
切り所が難しくて、ちょっぴり中途半端になりました。
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