3.ントゥの定位置
数日後、ントゥはめきめき回復し、まだぎこちないけど、ジャンプもできるようになった。包帯は軽く巻いてるけど、痛みはすっかりないみたい。四六時中、船の中を落ち着きなく走り回る。冷たい目でその様子を眺めてたニーノが外出を許した。
途端、矢のように船を飛び出した。私も一緒に駆け出す。
――おお! ントゥ! 元気なのじゃ!
お骨さまが大喜びで寄ってきた。
後肢で立ち上がり、ひょいひょい跳ねる。
きゃっ!
ントゥの喜びの声。
右に左に折り返しながら駆け寄っていくントゥは、気のせいか丸く見える。興奮して、毛が逆立ってるのかも。
いつも通り、お骨さまの頭に登ろうとしたけど、やっぱりぎこちない。ときどき足を滑らせながら、ゆっくり一つ一つと骨に飛び移る。
「ントゥ、頑張れー!」
腰骨まで来たところで、急にふーっと耳を倒した。
――ントゥ、どうしたのじゃ?
ントゥを見守ってるお骨さまの頭上に……ペロがいる!
ントゥは駆け出した。
「ントゥ、待て」
いつの間にか隣で様子を見てたニーノが、厳しい声を出した。
リズミカルに背骨を駆け上がろうとして、ントゥはつるりと足を滑らせる。
二度、三度と足が宙を蹴った。
「危ないです!」
普段ならあばら骨を足場にして、すぐさま体勢を戻すけど、今日はそのまま真っ逆さま。
ふわっと風が吹き抜けて、ニーノがントゥを助けた。
そのまま、お骨さまの頭の高さまで飛んで行く。
「ントゥ、貴様はお骨さまの付き人である自覚を持って――」
ニーノに抱えられてたントゥは、ニーノの腕からすり抜けて、ひょいっとお骨さまの頭に着地した。
ヴァン!
リラックスモードのペロに吠える。ペロは大急ぎでお骨さまの首の裏へ逃げていった。
「――お骨さまを心配させるようなことはあってはならない。そして、十分にエネックとして生きなければいけない。いいな?」
ニーノのお説教の間、毛づくろいをして、ントゥはお骨さまの頭の上に伏せた。
――ニーノ、ントゥは元気なのじゃ。感謝なのじゃ。とってもありがとうなのじゃ!
お骨さまが口をぱかっと開けた。
「お骨さまのお役に立てて、私もたいへん誇らしく思います」
ニーノの声は、優しい。
「おめでとうございます! お骨さま! ントゥ!」
一時は心配したけれど、やっとントゥがお骨さまの側に戻った。
お祝い気分で、うぉっほっほした。
お骨さまもうぉっほっほするけど、頭上のントゥは落ちないように伏せたまま。
ントゥもぴょんぴょん跳ねられるようになったら、完全に元通りだ。
竜さまとお影さまはシステーナたちと一緒にもうすぐ戻ってくる。
お影さまの鍛錬の間、竜さまもたっぷりお食事して、すっかり満腹になったみたい。みんなが戻ってきたら、地馳さまのところへ出発だ。
地馳さま――思いがけず会いに行くことになった、新しい竜さま。
「ニーノは、地馳さまに会ったことありますか?」
地馳さまの名前が出た当日、さっそくニーノに聞いてみた。
「いや、お名前を伺うのも初めてだ」
「じゃあ、ジュスタは?」
「ニーノさんが会ったことない竜さまに、俺が会ってるわけがないよ」
「ふわー! すごいことですよ!」
今まで誰も知らなかったお影さまに会えて目が回りそうなのに、さらに新しい竜さまに会いに行くなんて、喜びで気持ちがぱつんぱつんだ。
「エーヴェ、とっても嬉しいですよ!」
わきわき体を動かして、喜びを表現する。
「竜さまがたにお会いできることは、たいへんな喜びだ」
ニーノはいつも通り、大げさです。
「竜さまを知ることは世界を知ることに等しい」
「ん? そうなんですか?」
「この世界のことをいちばんよくご存じなのは竜さまがただ。竜さまにお会いすることはこの世界の新たな面に会うことと同じだ」
ふーむ。確かにそうかもしれない。
「どんな竜さまなんでしょうね? 地馳ってお名前なら、走ってるのかな」
ジュスタがにこにこ言った。
なるほど。今までの例からすると、竜さまたちは特徴が名前になってる。お骨さまとお屑さまは見た目の特徴で、お泥さまと竜さま――お山さまは、住んでる場所の特徴。お影さまは見た目に分類されるかな?
つまり、地馳さまだと、地面の上を走ってる竜さまってことかな?
「お骨さまみたいですね!」
砂漠を砂煙を上げて走るお骨さまを思い出して、ちょっとうっとりした。
そこで、お骨さまにも聞いてみた。
――わしは地馳に会ったことがないのじゃ。
お骨さまからの答えは結構意外。
「そうですか! じゃあ、どんな竜さまか知ってますか」
――知らないのじゃ。世界が歪んでおるゆえ、遠くの竜とは話せないのじゃ。友はきっと知っておるのじゃ。たくさんはもっと知っておるのじゃ。
「そうかー」
残念だけど、今から会ってどんな竜さまか分かるから、関係ないです。
竜さまたちが戻る前までに、次の旅の準備をする。
ニーノが見つけて、テーマイが食べてた藻は、保存用に乾燥させることになった。網の上に形を整えて広げ、薄くならして、乾燥させる。できあがったものは海苔そっくり。
藻を集めて乾燥させてると、どこに潜んでたのかびっくりするほど、鳥やトカゲがつまみ食いに来た。みんな、食べ物にはめざとい。
私はペロと一緒に、鳥とトカゲを追い払う係になった。
テーマイはうっかりすると、藻を食べる係になるので、ントゥの相手をしてもらう。
ペロも最初は藻を飲み込んでたけど、納得したらもう飲み込まないから安心だ。しかも、鉢も本人もキラキラするから、鳥はびっくりするみたい。
「ペロ、えらい!」
のそのそ歩いてるだけで、鳥を追い払ったペロに賛辞を送った。
水は目の前に広大な湖があったけど、直接飲むとよくないとニーノが判断して、ジュスタがろ過装置を作った。ろ過に使う石や植物の葉っぱも船倉に用意してあって、用意の良さにびっくりだ。でも、さすがに量が多くないからどこかで補給したいなとジュスタがぼやいた。
お影さまと出会ったおかげで、ずいぶん長い滞在になってる。テーマイの糞も樽の三分の一くらい溜まった。そろそろ断熱材に使えるかもしれない。
夕食を食べて、ヒカリゴケの照らす廊下をたどって部屋に戻ったとき、その音が聞こえた。
どさりどさりと風を打つ響き。
ずんずん近づいてくるその音に、慌てて甲板に駆け上がった。
「お? ペロも来ますか?」
鉢をかぶらないペロは、素早い動きで甲板へ続く階段へ先回りし、扉の開くのを待ってる。
扉を開けると、夜の風が吹き込んできた。空の端にはいつも黒い雲がわだかまってるケンカ場だけど、湖の上は今日も満天の星だ。
黒い雲のほうにぼんやり白い光が見えたと思ったら、ずんずん近づいてくる。風にながれる白銀の光と、満天の星の中にぽっかりと空いた黒い穴。
「ああ、竜さまとお影さまだ」
甲板にジュスタも顔を出した。
真っ黒なお影さまは、星空を背景に一片の闇に見える。
風を感じて顔を上げると、帆の高いところにニーノが浮かんでた。
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