1.お影さまの話
翌朝、ぱっちり目を開けて、真っ先に窓をのぞく。
大きな骨が間近にあるのは昨日と同じ。でも、その向こうに見えた青く燃える竜さまはいない。
「なんと!?」
寝床を飛び出して、食堂へ駆け込む。
「りゅーさまがいませんよ!」
「騒がしい。手を洗ってこい」
ニーノがぴしゃんと言う。
「手は洗いますよ! りゅーさまがいませんよ!」
「竜さまは夜中にお影さまと一緒にお食事に出かけられた」
「なんと!」
「手を洗ってこい」
衝撃を受けたけど、ニーノが二回も指示したので顔を洗いに出発する。廊下を掃除してたジュスタが「俺も行くよ」と声をかけてきた。
「手を洗う前に、エーヴェ、ントゥを見に行きます」
昨日より元気になったかな?
医療センター・ニーノの部屋に入ると、丸い窓の向こうにお骨さまが見える。
「おはよう、ントゥ! おはようございます! お骨さま!」
――おはようなのじゃ。エーヴェ。
お骨さまが船の外から応えてくれた。
ひょこんひょこんと床の上を影が動いてる。後ろ足を固定したまま、ントゥがぎこちなく歩いてくる。
――ントゥは、歩けるようになったのじゃ。
テレパシーの声だけど、嬉しそう。
「お骨さま、そういえば、りゅーさまとお影さまどこに行きましたか?」
窓から光が一瞬入ってきた。ントゥが窓に方向転換していく。しばらくしてくたびれたのか、床に座り込んで大あくびした。
――友は影に飛び方を教えてるのじゃ。たくさんの所に行ったのじゃ。
「お屑さまの所に行ったんですね。じゃあ、シスさんもお影さまに会えますね」
ジュスタがントゥに木切れを投げた。ントゥは真面目な顔でしばらく木切れを見つめてから、木切れに噛みつく。
「そうです! シス、喜びますよ!」
お影さま、シスのことはなんて呼ぶのかな? ぶー? べ?
きょきょきょきょきょ
お骨さまの羽の軋みが聞こえる。
「ん? お影さま、飛んでましたよ? 教えますか?」
火を吐かれたことも思い出して、ちょっとぞくぞくした。
――影は羽があるから、飛べるのじゃ。でも、長く飛ばないのじゃ。長く飛ぶやり方を教えているのじゃ。
へえ、飛び方にもいろいろあるのか?
「さてと、エーヴェ、顔を洗って食堂に戻ろう」
木の枝をがじがじしてるントゥのそばから立ち上がって、ジュスタが言った。
「うーん、エーヴェ、お骨さまとまだおしゃべりしたいです」
でも、お腹はぐーと鳴る。
――おお! わしも同じなのじゃ。おしゃべりしたいのじゃ。でも、ちゃんとご飯を食べるのじゃ。友もご飯は大好きなのじゃ。
「おお! りゅーさま、ご飯、大好き。エーヴェもご飯、大好き!」
思わず、両手を上げて宣言した。ご飯を食べよう。
「ずいぶん時間がかかったな。お骨さまにご迷惑をかけるな」
「迷惑じゃないですよ。お骨さまもおしゃべりしたいです!」
食堂に戻ったときには怒ったニーノだけど、朝食を片付けると、一緒に甲板に上がった。お骨さまとおしゃべりだ。
ニーノを見て、お骨さまはばっと羽を広げた。
――ニーノ、ントゥはだいぶ元気なのじゃ。もうすぐもっと元気なのか?
頭を傾けたときに、何かがキラッとした。ントゥのいぬ間に、ペロがお骨さまの頭の上を満喫してる。
「もともとントゥは強い。回復はとても早いです」
――うむ。わしも知っておるのじゃ。ントゥは強いのじゃ。明日はもっと元気なのじゃ。
お骨さまはひょいひょい跳ねる。
「お骨さま、お骨さま! お影さまとおしゃべりしましたか?」
手すりから身を乗り出す。
――うむ。話したのじゃ。
昨日、私たちが船に帰った後のことを、お骨さまは教えてくれる。
――影はこの世界にいることを初めて知ったのじゃ。違う世界でも、一人で暮らしておったのじゃ。だから、ここで一人でも驚かなかったのじゃ。卵からかえっても、驚かなかったのじゃ。
……お影さまも赤ん坊からスタート!
一人であんなに大きくなったなんて、すごい。
溶岩やマグマには前の世界で親しんでたから、世界が変わったと思わなかったらしい。体は軽くなったけど、気にしなかった。体はそのうち、重くなる。
順調に体は重くなり、火も吐けるようになった。そんなある日、光がやってくるのが見えた。でも、お影さまは目があまり良くない。暗い中なら見やすいけど、明るい物を見るのは苦手。光の正体を確かめようとは思わずに、そのまま溶岩の上でごろごろしてた。
日が当たらない崖下にいい溶岩だまりがあって、そこがお影さまのお気に入りの場所。薄暗くなって夕方の散歩に出かけたら、大きな骨がいて、とってもびっくりした。お影さまの縄張りにこんな大きな骨はなかったもんね。しかも、動いてる。
それで追い払おうとした。小さい生き物もいて気持ちが悪い。大慌て。燃やそうとしてもちょこまかと逃げていく。その上、輝きの塊がやって来た。
「なんだかお影さま気の毒ですね」
ジュスタが眉を下げる。
――そんなことはないのじゃ。友と友になったのじゃ。よかったのじゃ!
「その通りです」
ニーノの声はしみじみしてる。
「お骨さまも友達になりました」
――そうなのじゃ!
お影さま、世界とつながって、いろんな所に竜がいるのが分かってびっくりしたんだって。前の世界も含めて、いままでずっと他の竜と会ったことがなかったらしい。
いろんな方向からあいさつが聞こえてきたから、そこにいるのかと見ても、姿が見えない。
……うーん、つながるっていう感覚はテレパシーみたいな感じなのかな。想像できない。
――影は座を持てるのじゃ。じゃが、影はまだこの世界に生まれたてなのじゃ。他の生き物と話すのも難しいのじゃ。友がいろいろ教えるのじゃ。
「おおー! すごいです!」
座の主修行です!
「それは大変良いことです」
ニーノが重々しく頷いた。
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