2.立派仲間
「ジュスター! ネズミですよ!」
――ネズミなのじゃ!
甲板まで駆け上がって報告する。ハーネス着けてないから、顔を出すだけ。お屑さまは風に打たれて、階段側に倒れてる。
「ネズミ?」
ニーノにちらっと目をやってから、ジュスタが着いて来てくれた。
獲物を腕で隠すようにして、ントゥは船倉で食事を続けてる。
「うーん、やっぱり入り込んでるんだね」
ジュスタが荷物の間をのぞき込んだ。一緒にのぞき込んでみるけど、何の気配もない。
「エーヴェたち、食べ物しか運ばなかったのに、不思議です」
――ネズミは小さいゆえ簡単に入り込むのじゃ! それにネズミは忙しないのじゃ! たくさん子どもを育てて大忙しじゃ!
「おおー」
ジュスタと一緒に感心する。さすがお屑さま、なんでもよく知ってます。
「子どもたくさん育てて大忙しなら、ご飯たくさん食べますよ! エーヴェたちのご飯も無くなっちゃうよ!」
「そうだね。じゃあ、ントゥに食べてもらえるのは助かるかな」
素晴らしい。食物連鎖! 航海に猫、空の旅にントゥです。
「そうですね。ントゥ、ありがとう!」
ントゥは何度も見られるのが厭みたい。もっと暗いところに獲物をくわえて入ってしまった。
安心したように笑って、ジュスタは甲板に戻って行く。私もジュスタと一緒に一つ上の船倉まで戻った。
この船倉はジュスタの道具を置いた部屋があって、広く取られた部屋がある。その一角、窓の近くに山になってる枯れ草の側で、テーマイが口をもぐもぐ動かしてる。
「テーマイ! おはよー!」
テーマイはもぐもぐしたまま、大きな耳をふるふるっと揺らした。頭に小さな角を乗せ、黒い縞があるディーで、もう立派な大人。この船の人間以外の乗員だ。
「テーマイ、草食べてますか?」
テーマイは暇さえあれば口をもぐもぐしてる。
……もしかして、反芻かな?
――ぽ! 童、よく知っておるのじゃ! ディーは腹に収めた草を何度も口に戻しては噛み締めるのじゃ!
お屑さまに反芻について聞いてみると、ほめられた。顔がにんまりだ。
――腹から戻ってきた草は、噛み締めるごとに味わいが違うというぞ! 五度も繰り返せばほとんど味もなくなるらしいのじゃ! 徐々に変わる味とはいかなものじゃ? 童も味が分かるならば、分かるのかや?
お屑さまの食べ物は波だから、味を知らない。
「むー……、エーヴェは食べ物をお腹と口で行ったり来たりさせませんから、あんまり分かりませんよ」
吐いたものをもう一回飲み込むなんて、想像しただけで気持ち悪い。でも、反芻をするのは草食動物だから、胃液も酵素みたいで、うーんと、ぬか漬けみたいに、時間が経つにつれ味が変わるのかもしれない。お腹の中でぬか漬けが発酵していくなら、何回も口に戻しても楽しいかも? でも、味がなくなるって言うならガムのほうが近いのかな?
「きっと、ディーがいつも食べてる味ですから、おいしいと思いますよ」
人間だって、食べ慣れた物が結局好きだもんね。
――ふむ! いつも食べているとおいしいのかや? では、初めて食べるときは、何がおいしいか分からぬのじゃ。ふむ! 味とは面白いのじゃ! ぽはっ!
お屑さま、想像を巡らせてご機嫌だ。
「そうだ、テーマイ! トイレは覚えましたか?」
テーマイはまた枯れ草の山から一口引き抜いて、むしゃむしゃする。
船のトイレはスリリング。船の後ろに突き出した小部屋があって、宙に向かって穴が空いてる。つまり、うんこもおしっこも空に解き放たれちゃう。
穴の上にしゃがむと、風が吹き上げてきてお尻がスースーする。おしっこやうんこが吹き戻ってこないようにきちんと落ちる仕組みを考えたジュスタは偉い。竜さまには船の後ろを飛ばないよう、お願いしてる。……万が一があったら大変だもんね!
人間はトイレってルールが分かるけど、動物はそうはいかない。
ントゥは砂漠の穴の中で生活してたから、糞をする場所を決めるのはすんなり分かってくれた。でも、船尾のトイレは嫌がったから、砂を敷き詰めたたらいを用意してントゥ専用トイレにしてる。
テーマイは決めた場所で糞をする習慣がない。リラックスしたときに、ボロボロこぼす。最初、ツバキの種みたいな糞が船の到るところに転がっててびっくりした。でも、ニーノが言うには、ディーの糞は乾燥させると役に立つらしい。一応、ここで糞をしてというのは知らせてるんだけど、まだまだいろんな所に散らばってる糞を集めるのが私の仕事になった。
きょろきょろ周りを見回して、箒とちりとりを持って散らばってる糞を集めた。それから、浅い箱に開けて均したあと、網がついた蓋をのせて、甲板に持って行く。
甲板に並べてると、船の横にお骨さまがやって来た。
――エーヴェがまた糞を集めておるのじゃ。面白いのじゃ。
前にもこの作業をしてたから、お骨さま、覚えてたみたい。
「ニーノがテーマイの糞は役に立つって言いましたよ」
――ニーノはどうやって使うつもりなのじゃ?
風にたなびきながら、お屑さまが言う。
「エーヴェもまだ知りません」
今度ちゃんと聞いておかねば。
――なんと! 童も知らぬのか! では、今聞くのじゃ! ニーノ!
「――お屑さま、何か?」
一瞬でニーノがそばにやって来た。船の操作をしてるはずだけど、竜さまに呼ばれたら万難を排して竜さまのところに来る。
「ニーノ、ディーの糞は何に使いますか?」
聞いたのは私だけど、お屑さまの質問だと分かったみたい。
「ディーの糞を乾燥させた物を敷き詰めると、熱を保つ作用があります」
「お? 部屋をあっためると、あったかいままってことですか?」
「そうだ。冷えにくい」
「おおー」
――ほほー! 準備なのじゃ! ニーノはいろいろ考えるのじゃ!
「恐縮です」
頭を下げて、ニーノはさっと飛んで行ってしまった。
「ニーノはいろいろ考えます」
今のところ、邸にいたときより暑くなってるけど、そのあとは寒いところにいくってことかな。
ニーノの話を聞いてたお骨さまが、首をかたっとした。
――わしは食べぬゆえ、糞をせぬのじゃ。役に立たぬのじゃ。
「なんと! お骨さまは偉大ですよ! 糞とか要らないですよ!」
「そうですよ! お骨さまは偉大ですよー!」
遠くからジュスタも声をかけてくる。お骨さまは、嬉しそうに口をかぱっと開けた。
それから、二度三度羽を振るって、顎をカタカタ鳴らす。
――たくさんは波を食らうが、糞をせぬのじゃ。役に立たぬのじゃ。
そういえば、お屑さまは糞をしない。
――なんじゃと! わしはお屑さまじゃ! 糞をせずともうるわしく、賢いのじゃ!
お屑さまが憤慨して、ぴこんぴこんしてる。
意外な共通点に、いいことを思いついた。
「大丈夫です。ペロも糞しませんよ。でも、立派な水玉です!」
――ぽ! そうじゃ、水玉は水を飲むが糞をせぬのじゃ! わしと同じなのじゃ! ぽはっ!
お骨さま、お屑さま、ペロ――「糞しないけど、立派」仲間です。
いつも通り、平和です。
評価・いいね・感想等いただけると大変励みになります。
是非、よろしくお願いします。