1.エーヴェの取り越し苦労
いきなりめちゃくちゃ間が開いてしまい、申し訳ありません。
邸から出発して今日で八日目。まず三日をかけて竜の座を抜け、黄色の砂漠に出た。一日は大丈夫だったけど、お骨さまはやっぱり砂漠で遊びたくなって、みんなで砂漠に降りて一日。砂漠を泳ぐお骨さまに合わせて、のんびり北上して一日。砂漠が鉄錆色に変わって泳ぎにくくなったお骨さまと、ふたたび空の旅を始めてから二日。
朝陽にあいさつしてから、ジュスタとシステーナと一緒に船室でご飯を食べる。ニーノは二人に代わって船を動かす係だ。
トウモロコシパンに甘辛ソースをはさんで食べながら、システーナが大あくびした。
「シス、食べてから寝ますよ!」
「ふあぁああー――わはってるわはってる」
昨夜一晩、船を動かしてるから、システーナが眠くなるのは仕方ない。ジュスタは夜が明ける前くらいから起き出したはず。大人三人は少しずつ時間をずらして寝て起きて、船を動かしてるから大変だ。
「エーヴェも大人だったら、船動かせるのに!」
トウモロコシパンに甘いソースをはさみながら口を尖らせると、ジュスタが笑った。
「いいんだよ。エーヴェはまだまだ大きくなるのが仕事だからね」
――そうじゃそうじゃ! 童は寝て食って遊ぶのじゃ!
いつも通り、ご飯の様子を愉快そうに眺めてたお屑さまがぴこんぴこんする。
「竜さまみたいに半分寝ながら飛べたらいいです」
――ぽはっ! 羽もない分際が、なぜ飛べるだけで満足せぬのじゃ! 童は高望みなのじゃ!
……むむ、確かにそうかも。
「まーほひびはひましかできねー仕事してんじゃねーか」
システーナの言葉は半分くらいあくびで分からない。
「寝て食べて遊ぶのが仕事の時間は長くないから、エーヴェはそれを頑張ればいいんじゃないかな?」
「おお! そうですね!」
ジュスタにシステーナがうんうん頷く。もしかして、同じ事言ってたのかも?
トウモロコシパンにかぶりつく。トウモロコシパンの軽い酸味とソースの甘みが口いっぱいに広がる。
「――ん? 大人は寝て食べて遊ぶのが仕事じゃありませんか?」
首をかしげると、ジュスタがにやっとする。
「寝て食べて遊ぶ以外にも仕事が増えるんだよ」
システーナがまた、うんうん頷く。
――ぽはっ! ぽはっ! ヒトは仕事が好きなのじゃ! いつも仕事しておるのじゃ!
なるほど。
遊ぶのが仕事のままでよかった。
朝ごはんを終えると、システーナは何度もあくびをしながら部屋に向かった。無事にたどり着けるか眺めてると、どさっと寝台に倒れ込んであっという間に動かなくなった。廊下半分くらいはみ出たシステーナの足の下を、ペロがこっちへやってくる。
「ペロ! おはよー」
砂漠に寄ったせいか、今日はツボをかぶってる。鉢のときよりちょっと頭がゆらゆらしてバランスが悪い。……ん? ペロに頭はありません。
食器を厨房に運んだジュスタがペロのツボをちょっとなでてから、甲板の方へ登っていった。ペロはちょっと止まってたけど、こっちに来る。
船は水が貴重なので、厨房でも小さな樽一つ分しか水がない。料理に使う飲料水で、底近くに開けられた栓を抜いて必要なだけ水を出す。今回は蓋を取って、木の器に水をすくった。そのまま、ペロにかける。
「朝ごはーん」
ペロの体についた水はみるみる吸収されてなくなる。何回見ても、摩訶不思議。
しばらくリラックスモードだったペロは、満足したのかよろよろ厨房を出て行った。
追いかけようかと思ったけど、先に食器の片付けだ。基本的に食器に汚れが残らないように食べるけど、それでも汚れてたらヘラでぬぐって、ゆで汁の残りがあればすすぎ、なかったら水で湿らせた布でぬぐう。食器をしまって、お片づけおしまい!
船のもう二人の住人に会いに行く。
廊下を通るとき、爆睡しているシステーナの足をそーっとよけた。
――む! 童! わしを連れて行くのじゃ! シスは寝ておるのじゃ!
「お! 分かりました!」
システーナの腕からお屑さまの腕輪を取って、様子をうかがう。
……うん、爆睡。
廊下を走って船倉に降りる階段に取りつこうとしたけど、やっぱり突き当たりの窓にした。
――ぽはっ! 快晴なのじゃ!
「はい、いいお天気」
澄み渡った青空の下、地面は錆と黒が入り交じってる。ちらほら見えるのは遺跡だ。以前、人間が住んでた跡。朽ちた建物は、前にいた世界に似ているようにも、違うようにも見えた。
「お屑さま、遺跡ですよ」
――どこじゃ? おお、確かにあるのじゃ! ヒトの住み処じゃ!
「お屑さま、本当に人間がこの世界を滅ぼしましたか?」
お屑さまは、ぴこんっと体を疑問符みたいにたわめる。
――うむ、おそらくそうなのじゃ! しかし、わしも見たわけではないのじゃ! ヒトに世界を滅ぼす力があるなぞ、信じられぬ! しかし、世界は形が大きく歪んだのじゃ! 生き物がいなくなったのじゃ! いろいろを考え合わせると、おそらくそうなのじゃ! 何しろ、ヒトは愚かなのじゃ!
むーなるほど。
「あ、そういえば、ジュスタ、見なくていいのかな?」
怪訝にしたお屑さまに、ジュスタが遺跡を見て物作りのヒントを探してたことを話した。
――ぽ! ジュスタは物作りに夢中なのじゃ! ……ふむ。しかし、ここは波がよくないゆえ、とっとと通り過ぎるのじゃ! 遺跡はたくさんあるのじゃ!
「波!」
お屑さまは波を食べるから、よくない波も分かるのかな。
「お屑さまはよくない波は食べませんか?」
――なんと! この痴れ者め! よくない波を食べてどうするのじゃ! この美しい体が萎びてしまうのじゃ! お主らも萎びてはかなわぬゆえ、とっとと通り過ぎるのじゃ!
よく分かんないけど、萎びるのはいやだ。
「は! そうですよ! 萎びるのはよくないです!」
当初の目的を思い出して船倉に向かう。船室の壁につけられたベンチの下をのぞき込んだ。
「あー!」
――なんじゃ? なんじゃ!
お屑さまに、ベンチの下から引っ張り出した干し肉を見せる。
――干し肉じゃ! なんじゃ? 童が置いたのか?
「はい……。ントゥ、ご飯食べません」
ントゥはお骨さまの付き人で、もともと砂漠で暮らすエネック。大きな耳で砂の下で動く生き物を捕まえて食べてる。だからか、邸に来てからも一緒にご飯は食べないで自分で狩りに行ってた。
「ントゥ、砂漠で狩りしてましたけど、もう二日狩りできないですよ」
前に、投げてた干し肉をこっそり食べてたことがあったから、こっそり置いてたら食べるかと思ったけど。
――ぽはっ! 大丈夫なのじゃ! ントゥは狩りする生き物なのじゃ! 狩りする生き物は十日飢えるのもよくあることじゃ! 自分でなんとかするのじゃ!
確かに、野生の肉食動物は飢えてることなんて日常茶飯事かもしれない。でも、船の中では狩りができないから、ちょっとでも食べ物をあげられるといい気がする。
――む! 童! 下から音がするのじゃ!
ぴんっと伸びたお屑さまに、慌てて耳を澄ます。とたとたと何かが走ってるような、でもとっても軽い音が聞こえた。
「何だろ? 行きましょう!」
ちょっと警戒しながら、さらに下の船倉に降りる。ここから先は食料と水、燃料を蓄えてる。階段を降りたところで、また耳を澄ませてみた。
「……もう音しませんね」
呟いたときに、がちっと大きな音がした。
驚いてそっちを見る。
くっちゃっくっちゃと何かを噛む音。
「なんと! ントゥ!」
顎を動かしながら、ントゥがこっちを見た。
――ぽはっ! ネズミなのじゃ! 船にネズミなのじゃ!
お屑さまはぽはぽは大喜びだ。
ントゥは体の前に投げ出した前肢の下に、ネズミをしっかり押さえ込んでる。しばらくこちらを見つめたあと、ントゥは食事を再開した。
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