1.しょうもない竜さま
翌朝、ご飯中にニーノが掌を差し出してきた。
「お!」
さっと掌の上に掌を合わせる。
――竜さまが硫黄をたらふく食っちゃって、しばらく近づけそーにねーやー!
――シスと岩堀りをしておるのじゃ! がーんがーんじゃ!
「シス! おくずさま!」
頭に声が鳴り響いた。テレパシーが聞こえる人と掌を合わせると、私もテレパシーが聞こえる。
――おちびか! 元気にしてっか?
「元気ですよ! シスはおくずさまと岩掘ってますか」
――おくずさまは何もしてねーけどな。うるせーだけ。
――なんじゃと! わしがたくさんの石を見分けておるのじゃ!
「おおー」
「さすがおくずさま」
スープを飲む手を止めて、ジュスタはにこにこしてる。
――竜さまは何日くらいで戻られそうだ。
ニーノはスープを口に運びながら、テレパシーで話す。
――硫黄が抜けるのに四五日かかるぜ。鉱石はまだ食ってねーのにさー。
――硫黄はしゅわしゅわとしておるが、たいして腹の足しにならんのじゃ! 楽しい気分になるだけなのじゃ! 山はしょうもないのじゃ!
「え? おくずさま、硫黄を食べたこと、ありますか?」
お屑さまの食べ物は、波じゃなかったっけ?
――わしは硫黄なぞ食べぬのじゃ! 腹の足しにならんと山が言っておったのじゃ! しょうもないのじゃ!
ほー。じゃあ、硫黄は竜さまのおやつみたいな感じなのかな?
――だから今は竜さまからちょっと離れてっけど、まー、お屑さまと竜さまは話せっからだいじょーぶだろ。
そうか。竜さまはいま硫化ガスを噴き上げてる。
どんな感じかな? 硫化ガスって、目で見て分かるんだろうか?
「今はどうして話してないんですか?」
ジュスタが首をかしげる。
「おお、そうですよ! エーヴェ、りゅーさまと話したいです!」
お屑さまが話してるんだから、竜さまだってこの話に参加できるはずだ。
――竜さまは硫黄をたくさん召し上がると、酔ったようになる。
ニーノから答えが返ってきた。
――そーそー。なんか岩山をごろんごろんしてっから。今も遠くで地響きがしてんぜ。
――山はしょうもないのじゃ!
お屑さまがぴこんぴこんしてるのが目に浮かぶ。
「えー! エーヴェ、ごろんごろんするりゅーさま見たいです!」
抗議で、座ったまま体を揺すった。
ニーノに厳しい視線を向けられ、ぴたっと止まる。
――あたしも見てーよー! でも、近くにいたら潰されちまう。
――大の迷惑なのじゃ!
お屑さまが叫んだ。
数日ここから動けないことが決まったので、また鍛錬に行く。
ニーノはお骨さまの羽の布を修繕するのと、黒い水草の研究に忙しい。
「テーマイは行きますか?」
声をかけてみたけど、テーマイは岩山を登るのが難しいみたい。お骨さまの上に登るのも苦手みたいだから、船の近くに残して行くしかない。
「残念です」
じっと眺めてると、テーマイは船の周りを駆け回ったり、湖に飛び込んで匂いをかいだりしてる。
「……テーマイはテーマイでやることがあります」
「エーヴェ、大丈夫かい?」
ジュスタとペロが船から出てきた。
「はい! あ、エーヴェ、今日、持っていく物がありました!」
「へえ? じゃあ、早く取っておいで。――お骨さまー」
すっかり普段のサイズに戻ったペロが、一瞬、ついて来かけたけど、結局ジュスタの側でリラックスモードになった。
今日は昨日より進むのが早い。
――赤い割れ目を見るのじゃ。赤い割れ目は遠いのじゃ。
お骨さまが昨日より慣れた足取りで岩山を進む。ントゥはやっぱりお骨さまの頭の上で、ペロは尻尾の先。
溶岩いっぱいの岩山の向こうにやって来た。
「お骨さま、お骨さま。エーヴェちょっと降りますよ」
お骨さまは首をかしげて、その場に止まる。
――エーヴェが降りるのじゃ。
「降ろそうか?」
「大丈夫です!」
あばら骨から前肢の骨に飛び移る。ジュスタもひょいっと地面に降り立った。
「これですよ!」
さっき船に戻って取ってきた竜さまの鱗を取り出す。背負う用の縄をといて、溶岩に近づいた。
熱気がむわっと鼻を焦がす。
「エーヴェ、何するんだい?」
「竜さまの鱗は火であぶっても、熱を通さないです」
ジュスタの蜂蜜色の目がまん丸になった。
「も、もしかして、溶岩でも試すの? 大丈夫かな?」
「え?! 大丈夫じゃないですか?」
せっかく持って来たのに、自信がなくなってきた。
「そうだね……、大丈夫じゃなさそうだったら、さっと引っ張れるようにして置いてみようか」
いつの間にか、ジュスタの額にも私の額にも汗が浮かんでる。
二人で溶岩の近くに位置を取った。竜さまの鱗をそうっと溶岩の上に置いてみる。
じっと鱗の様子を見つめた。
……変化なし。
思い切って手を伸ばして、鱗の内側を触ってみた。
「待って、エーヴェ。俺が先に……」
「わ、ぬるいですよ!」
ジュスタもさっと手を伸ばす。
「本当だ。熱くはないね」
「……でも、もう持ち上げます!」
ひょいっと持ち上げて、溶岩に付いてたほうをしげしげ見る。
「……溶けてません」
「溶けてないね」
二人でほーっと息をついた。
「やっぱり大丈夫でした! りゅーさまは偉大!」
「うん、偉大だ」
だんだん得意になってきて、ジュスタと一緒にうぉっほっほをする。
――お? うぉっほっほなのじゃ。うぉっほっほ! うぉっほっほー!
お骨さまも喜んで、一緒になって跳ね回った。




