18.火の山
お骨さまは黒い岩山に爪をかけ、ひょいひょい登っていく。視界はどんどん高くなって、湖が広い盆地にあること、周りには黒い岩山が続いてることが分かった。
遠くの空は雲が垂れ込めていて、ときどき雷が走る。
「エーヴェたち、あそこを抜けてきましたよ!」
「そうだね。あの辺りはずっと荒れ模様だ」
お骨さまは黒い岩山の尾根に着いて、岩の先端をつかんで、ひょいひょい進む。
「お骨さま、お上手!」
思ったより急斜面だけど、お骨さまに乗ってるから安心だ。
――鋭い岩が多いのじゃ。黒くて鋭いのじゃ。
首をかたっと揺らしたけど、お骨さまはひょいひょい進む。
「お骨さまは足下見なくても、歩けますか?」
自分の足でこんな場所を歩くとしたら、いちいち足下を確認するはず。でも、お骨さまは首を前に向けたままだ。
――歩く場所はちゃんと見たのじゃ。足下を見たら、歩けないのじゃ。
お骨さまはきょきょきょきょきょ、と羽を鳴らす。
「エーヴェ。お骨さまは俺たちと違って足が四本あるから、全部の足下を見るのは大変かもしれないよ」
「む! 確かに後ろ足は遠いですね!」
お骨さまは首が長いから、前足の足下だって遠い。きっと後ろ足の足下なんてほとんど見ない。
「歩く場所は、先に見ておくんだろうね。まあでも、お骨さまはどうやって見てるのかも、全然わからないけど」
「おお……そうですね」
何しろお骨さまは骨しかない。目がないんだから、見ること一つ取っても、人間――普通の生き物と同じ感覚じゃない。
――お! 赤い光があるのじゃ。
お骨さまが首を高く上げた。頭の端で、ントゥのふさふさの尻尾がうねうねしてるのが見える。嬉しそう。
「どこですかー? エーヴェ、見えません」
「まだ山の向こうなのかな」
ジュスタも手をかざして、赤い光を探す。
右手の黒い岩山の向こうに、もくもくと灰色の煙が上がってる。雲に紛れて最初は気がつかなかったけど、あれは地面から上がった煙だ。
お骨さまが高い岩の塊に登って、ぐいっと一段、視界が高くなる。
「おわー! 赤い光です! 火!」
「山が燃えてる!」
もくもくと上がってる煙の下に赤い割れ目があって、ときどきばっと赤い光が飛び出す。波のしぶきにも似てる。
「うわ、なんだか、血みたいだ。山がけがしてるのかな?」
ジュスタは眉をひそめた。山を心配してる。
「ジュスタ、あれは火の山ですよ! 大地のかっか、です!」
――そうなのじゃ。大地のかっか、じゃ。たくさんが言っておったのじゃ。
「かっか? 怒ってるんですか?」
ジュスタは驚いた顔。……もしかして、火山を知らないのかな。
――知らぬ。たくさんは知っておるが、わしは初めて見たのじゃ。
お骨さまはかたっと頭を揺らした。ントゥがぽんっと跳ねた。
――初めて見たのか、忘れたのじゃ。
お骨さまはかたかた顎を揺らす。
「うっふっふー! 忘れました!」
「お骨さまは忘れっぽいですもんね」
――忘れるのは簡単じゃ。覚えるのは難しいのじゃ。
お骨さまはひょいひょい次の岩に飛び移る。
「でも、お骨さまは俺たちの名前を覚えてますから」
「そうです。素敵!」
――素敵なのじゃ!
お骨さまはばっと羽を広げた。
大地のかっかのほうへ進むと、地面の様子がずいぶん変わる。流れ出した溶岩が表面だけ黒くなって、大地を覆ってる。大きな熊手で模様を描いたような不思議な眺め。
「岩がやわらかくなってるのかな? すごいな」
「黒いですけど中は赤いですよ」
たしか、お屑さまはケンカ場って言ってた。大地と大地がぶつかってる……前の世界と同じような仕組みなら、大陸のプレートがぶつかってるとか? それで、この辺りはマグマがどんどん噴き上げてるのかな。隣の盆地は温水の湖だけど、こっちの盆地は、どんどん溶岩が流れこんで大規模枯山水みたいな平野。
「ここ、生き物いるかなー?」
「そうだね。植物が見えないからなあ……暮らすのは大変そうだね」
竜さまの食べ物はあるけど、人間の食べ物はないかもしれない。
――珍しい景色なのじゃ。ちょっと見てみるのじゃ。
お骨さまは尾根から大規模枯山水のほうへ降りていく。
「お骨さま、どこまで行きますか?」
少し降りただけで、頰に当たる空気がもわっと熱くなった。
――珍しい景色なのじゃ。赤い光の裂け目を見たいのじゃ。
お骨さまは身軽に溶岩の側に降り立つ。
「すごく暑いね。――ペロ、お骨さまにちゃんとつかまるんだよ」
鼻の頭に汗を浮かべたジュスタが、後ろに声を投げる。ぐるっと体をひねって背後を見ると、お骨さまの尻尾の先にガラスの鉢が見えた。
尻尾が左右に振れるたびに、きらり、きらりと光る。
「揺れるの、楽しそうです」
私だったらぶんぶん動きすぎて、気持ちが悪くなるところだけど、ペロは酔ったりしないかな?
「しっかり尻尾にしがみついてるみたいだから、大丈夫かな?」
「暑いから、ペロ、すぐに小さくなるかもしれません」
遠いからよく見えないけど、この暑さだからきっと蒸発してるはず。
「危なかったら、こっちに来るんだよー」
ジュスタの呼びかけに、ペロが骨二つ分くらい、こっちに近寄った。
お骨さまはやっぱりわくわくしますね。
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