16.充実のお味
樽の周りは水浸し。
「ペロ、いったいどうしましたか!」
樽から出てきたペロは、水をたくさん飲んでいつもの二倍の大きさ。
体をぶにぶに揺らしながら、走り回ってる。床の水を拭く布を取りに行ったジュスタの周りを、何度も何度も駆け回った。
「ちょっと……ペロ、落ち着こう」
ペロを踏みそうになったジュスタは、その場にしゃがみ込んだ。駆け回ってるペロをつかまえて、なでる。ペロはしばらく止まってたけど、またジュスタの周りをぐるぐる回り始めた。
さっきより距離が遠くなったから、ジュスタも歩ける。
「ペーロ! どうしたんですか!」
ぴょんぴょん近づいて、ぺちぺちたたいてみる。ペロはぴたっと止まってから、私の周りをぐるっと一回りした。でも、またジュスタの周りを回り始める。
「むー、やっぱり、ペロはジュスタが好きですね」
樽から出た当初よりだいぶ落ち着いたみたい。ジュスタ周回のスピードがゆっくりになってきた。テーマイも落ち着いて、あふれた水をなめてる。
「どうして樽の中にいたのかな?」
ジュスタに渡された布で床を拭きながら、ペロを横目で見る。
「そうだね。たぶん、甲板からこっちに来たんだよ」
甲板から樽の中に? どうやって?
「水は大事だからね。船を作るときに、プラシドさんたちが雨が樽に自然に溜まる仕組みを考えてくれたんだ」
「え! 自然に?」
ジュスタがにこにこして頷いた。その隣で、ペロはようやく止まって、リラックスモードになってる。
「甲板はゆるく傾いてるだろう? 舷側の柵の足下にくぼみがあって、そこから水が壁を通って、樽に溜まるようにしてるんだ」
「壁の中を水が通ってますか!」
「竹を組み合わせた管が入ってるんだよ」
「おおー!」
きっと竹はお泥さまの座の材料。素敵です。
「甲板にいくつか穴が開けてあるけど、小さいくぼみで、ゴミが入らないように工夫もしてる。ペロが入るとは思わなかったな」
「ほー! 甲板の穴、あとで見たいです!」
ペロは完全に落ち着いて、階段へ動き出した。大きくなったせいか、ほんのり目玉焼きみたいなシルエットだ。
「おくずさまがいたら、ペロの気持ちが分かりましたよ」
「うーん。壁に通した管は、何カ所か竜の骨の中を通るんだ。それで、興味がわいたのかもね」
なるほど。どこにつながってるか分からない穴に入るのはとっても怖いけど、中に竜さまがいるんだったら私も入るかもしれない。
でも、できれば竜さまに出てきてもらうかな。
「ペロは勇敢ですね!」
「そうかもね。――さあ、顔を洗おう」
床を拭いた布をジュスタに渡して、桶の水で顔を洗った。
テーマイとは二層目で別れて、食堂に戻る。テーマイも私も朝ごはん。
「遅かったな」
台所で作業をしてたニーノが、こちらを見て眉をひそめた。
「ペロが樽にいましたよ! 水の出口からずずずーっと出てきて、水があふれました」
「水が?」
「片付けにちょっと手間取って――樽の三分の一くらい流れ出たかもしれません」
ジュスタが思い出しながら話す。
「そうか。手は洗ったか」
「はい。ふいた後に顔も手も洗いましたよ!」
ニーノが頷いて、皿を渡してきた。受け取って、テーブルまで運び、椅子に腰かける。
薄焼きパンのサンドイッチ。匂いからして、きっと米粉のパン。上のパンをはがしてみると、水で戻した干し野菜と味噌みたいなのがはさまってる。
「これは、卵ですか!」
ゆで卵スライスまであるぞ!
「うわ、本当だ、すごい!」
ジュスタも蜂蜜色の目をまん丸にしてる。
「貴様が寝ている間に、少しこの辺りを見て回った」
「じゃあ、この辺りの鳥の卵ですか?」
「おそらく」
地元の卵。邸にいたときも卵はときどきしか食べなかった。卵はいつも味が違うけど、これはどんな味だろう。
上のパンをそっと戻して、かぶりついた。味噌に見えたのは思ったより甘くてちょっぴりしょっぱい。
「うわー! 卵!」
黄身の味が濃い。きっと強い鳥の卵だったんだ。口中、卵の匂いでいっぱい。干し野菜には何かハーブがかけてあったらしい。最後にすがすがしい香りがした。
もぐもぐしてると、湯気の立つカップがテーブルに置かれた。
「竜さまがお食事に出られている。しばらくここに留まるぞ」
「お? じゃあ、エーヴェ、鍛錬?」
パンを噛みくだきながら聞く。卵の味がまだまだする。
「そうだな。ジュスタ、エーヴェと一緒に行けるか? 私はお骨さまの羽の布を修繕する」
「そうですね、何か使える物がないか見て回りたいです。――エーヴェ、一緒に行こうか?」
「行きます!」
両手を上げて応えてから、食堂をきょろきょろする。
「あれ? ペロ、まだ戻ってませんか?」
てっきり鉢を取りに来てると思ったのに。食堂の隅にはペロの鉢とツボが空っぽのまま置かれてる。
「……いや、今来たみたいだよ」
食堂の入口の影にペロが姿を現した。ペロは、ニーノからいちばん遠い壁際をうぞうぞ伝って、口の広い鉢にそーっと入っていく。二倍サイズだから、縁からあふれてる部分が鉢を覆っちゃいそうだ。
「ペロ! ペロも鍛錬行きますか?」
声をかけたけど、返事はもちろんない。縁からだらーっと垂れて、リラックスモード。
「貴様はきちんと食事を終えろ」
「お、はい!」
椅子にまっすぐ座り直して、卵サンドにかぶりついた。
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