15.のぼせエーヴェと水浸しの床
温かい水の中で走り回り、泳ぐテーマイに引っ張ってもらって、深いところを眺めたりしてたら、だんだん頭がぼーっとしてきた。
「貴様ら、食事の支度ができた。湖から上がれ」
船に戻ってたニーノがまたやってきて、着替えと体を拭く布を置く。
「おちび、ほら、着替えるぞ!」
システーナに水から引っ張り出されて、もたもた服を脱いで体をふいた。
頭をごしごししてると、ニーノが来て額に手を当てられた。
「おー、ニーノの手が冷たい!」
「のぼせている。着込まずに、そこで休め」
示された岸に敷かれた布の上で、ごろんとひっくり返る。
「ほやー、ほかほか」
ときどき吹く風が気持ちいい。
「お屑さまも少しお休みください」
隣に打ち上げられたワカメみたいなお屑さまが並ぶ。
――ほーほかほかなのじゃー。
お屑さま、眠ってるときみたいに、くったりのびたままだ。
「おくずさまものぼせましたー!」
ぬるーいお湯だったけど、長く遊びすぎたみたい。
「おっほほーほやほや
おっほほーほかほか
あーしーゆーでほっかほかー」
頭を揺らして歌う。
「小せえのはのぼせやすいからなー」
からから笑うシステーナが右にも左にもいるような……。上にも下にもいる気がして、だんだん気持ちが悪くなってきた。
「うぐー……シス、たくさん……」
「少し眠れ」
水を含んだ布が額にのせられる。
冷たさに満足してるうちに、いつの間にか眠ってた。
ゆらゆらゆらゆら運ばれる。
足先が何かに触った。固くて冷たい籐の感触。
薄く開いた目蓋の向こうに、窓と星が見えた。
夜だと思って、そのまま目を閉じる。
「――エーヴェ、もう起きろ」
急にはっきり聞こえたニーノの声に、目を開ける。
「ほやー、お、おくずさまは?」
隣でのびてたお屑さまがいない。それどころか、いつの間にか船に戻ってる。
「なんと! エーヴェの部屋ですよ!」
飛び起きると、ニーノの青白磁の目とばっちり目が合った。
「もう朝だ。朝食の用意ができている」
「おおー! おはようございます」
あいさつして窓の外をのぞき込む。
船はまだ、湖の岸辺に停泊中。
朝陽の色で赤く染まった浅い湖を、お骨さまが走ってる。お骨さまが走った跡が、青く光って赤い面に残る。お骨さまが赤い光を切り取ってるみたい。
「お骨さまー! おはようございます!」
聞こえなくても構わずに手を振って、寝台から降りた。
「ニーノ、お骨さま、走ってますよ!」
「そうだな。貴様が寝てる間に、竜さまはお食事に出かけられた。お屑さまとシステーナも同行して、のびていたのは貴様だけだ」
「なんと!」
「竜さまは火山活動でできた鉱石をお求めだ。貴様が一緒に行くのは難しい」
「おお……」
不満を言う前に、先回りされちゃった。
「あ、エーヴェ、おはよう。食事と顔を洗うのどっちを先にする?」
「ジュスタ! おはようございます!」
部屋の前でニーノと話すうちに、ジュスタがやって来た。手には顔を拭く用の布を持ってる。
「エーヴェ、先に顔を洗います!」
「そうしろ」
食堂に戻るニーノと分かれて、ジュスタと下の船倉に向かう。
「テーマイ、ントゥ、いますかー?」
「ントゥは外でお骨さまと一緒だよ」
「おお、テーマイー! いますか?」
しばらく待ってると、ことこと蹄の音が近づいてきた。
廊下の角から、テーマイがひょいっと顔を出す。
「テーマイ、おはようございます!」
テーマイは耳を二、三度動かして、ことこと側にやって来た。
名前を呼んで来てくれるなんて、進歩してる。
「む! なんだかテーマイ毛がつやつやですよ! 足湯効果!」
「あしゆってお風呂のこと?」
「足だけお湯につかるのが足湯ですよ!」
ジュスタはちょっと首をかしげたけど、頷いた。
「そうだね。湖につかってみんな調子がいいみたいだよ。エーヴェは寝ちゃったけど」
「おおー! エーヴェも毛がつやつやですか? ジュスタも?」
注意して見ると、ジュスタのくるくる黒髪もツヤがある。
「おおー!」
「エーヴェの髪はちょっと寝癖が付いてるね」
ジュスタが髪をとかしてくれた。
「りゅーさまやおくずさまもつやつやしてましたか?」
「どうだったかな? お屑さまは、身体が軽いのじゃ、っておっしゃってたね」
むー、みんなの様子を観察したかったです。
「りゅーさまとおくずさまとシスがいません。あ、ペロは? 見つかりましたか?」
ジュスタが頭をかく。
「それがまだ見つからないんだよ。船のあちこちで名前を呼んでみたけど、出てこない」
「なんと。ペロ、どうしたのかな?」
いちばん下の層に来て、顔を洗う用の桶を準備する。
「そういえば、水、貯められたましたか?」
足湯ですっかり忘れてたけど、雨が降ってるとき水を集めたのかな?
「うん。だいぶ水が増えたよ! ここの樽は全部いっぱいになったかな」
「おおー! よかったです」
樽の下についた栓を抜いて、桶に水を開ける。
「でも、どうやって水を貯めましたか? 甲板に樽を並べた?」
言ってみたけど、あのとき、ジュスタにもニーノにもそんな余裕はなかったはず。
「それは……。あれ?」
「ん? あれー?」
二人で首をひねった。
さっきまで勢いよく出てた水が止まってる。
「どうしたんだろ。水はたくさん入ってるのに」
ジュスタが樽の重さを確かめる。
「何か詰まってるのかな?」
樋の中をのぞき込むけど、樽の中に光はないから、真っ黒しか見えない。
「詰まるものなんてない気がするけど……」
ジュスタも一緒にのぞき込んで、空いた片手で棒がないか探してる。
「……む? お!」
のぞいてるうちに、何かが樋の口から出て来た。
透明の水。だけど、ぷるんっとして、流れ出ない。
「もしかして……、ペロですか?」
樋の先端で、透明な水玉が見る見る大きくなっていく。息でふくらませてる吹きガラスみたい。
「ペロ?! なんで?」
ジュスタもびっくり。
ずももももっと、樽の外に現れた姿は、いつもの倍くらいある。
大きなペロが、桶に落っこちて水があふれた。さらに、ペロっていう栓が抜けた樋から水があふれ出す。
「うひゃー! 大変なことです!」
「まず、栓を閉めて!」
桶から出たペロも大慌てて走り回ってて、一帯、水浸しになってしまった。
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