5.惜しい!
お腹がすいてても、落ちるとこわい。
風に吹き飛ばされて、あっという間にお影さまから離れてしまう。
ぼっ!
とっさにお影さまが足を伸ばして引っかけようとしてくれたみたい。ナイフをはさむ斜めがけの革ベルトで、一瞬体が引っ張られたけど、くるっと空に投げ出された。
……爪が滑った?
――影、惜しいのじゃ!
腕輪に着いた細お屑さまがのんきに叫ぶ。
「うわー、落ちます~」
風に巻かれて、空を落ちて行く。こんなに長く落ち続けるのは初めて。
お腹がすいて、今ひとつ緊迫感がない。
右腕にくっついたペロを見る。ペロはすこしたなびいて、楕円形になってる。
遠くでお影さまが、羽をバタバタしてるのが見えた。方向転換してるみたい。
お影さま、助けに来てくれます――!
でも、ぎゅんぎゅん落ちて行く。
月の光を反射する、草の波がどんどんはっきりする。
「あぶないです」
思わず、細お屑さまとペロをぎゅうっと抱えこんだ。
*
ずっと垂直だった勢いが、急に変わる。
ぐん、と水平方向の勢いが来た。体の真ん中が引っ張られてる。
ぶつかると思った地面が、ぐんぐん遠ざかる。
斜めがけのベルトで、体が支えられてる。
「お、……お?」
月光に輝く草原がどんどん離れ、遠い景色に戻っていく。ペロと細お屑さまを抱えこんだ手がゆるんだ。
……助かった感じがします。
「――何をしている」
落ち着いた声が響いた。
はっと体が跳ねた。声の方向を見上げる。
「燕さま!」
古老さま、助けに来てくれました!
大喜びで見た先で、冷たい目にぶつかった。
夜空の中で、白っぽい人の姿が見える。
「つばめ……?」
こっちもぽかんとなる。
「なんと、ニーノでした!」
――うむ、ニーノなのじゃ。
「ご無事ですか、お屑さま」
――この通りじゃ。
細お屑さまはぱたぱたしてる。ニーノは方向転換して、お影さまのほうへ飛ぶ。
ほっとして体から力が抜けた。
古老さまじゃなくてがっかりだけど、ニーノが来たら安心です。
ふと見ると、ペロがいつの間にか、足の先に移動してた。形が角張ってる。
「エーヴェ、ジュスタから預かった」
「お?」
声が降ってきて、広げた手の中にずしんと何かが収まった。なんで受け止められたか分からないけど、ガラスのツボが月の光できらりとする。
「うぉお?」
すごいスピードでペロが駆け上ってきて、ツボの中に流れこみ、かちゃんと蓋を閉めた。
――しん、と水入りのツボに変わる。
「……おお、ペロ、安心です」
「……鉢がなくなったとお屑さまからうかがった」
「おくずさま……あ、そうですよ! 船にいるおくずさま!」
きっと旅の様子をみんなに知らせてくれたんだ。
「おくずさま、ありがとうございます!」
――うむ。わしではないがわしが話したのじゃ。
細お屑さまは、ぱたぱたしながら満足げ。
ペロ、これで蒸発しません。
「エーヴェ、貴様、もう一度手を出せ」
「はい」
さっと手を出すと、ニーノが右手の指を開いた。
するっと何かが落ちてくる。
またも不思議と、手の中に間違いなく丸いものが届いた。
……あ、きっとニーノの特性です。
「食え」
「おおー! はい!」
口に丸いものを放りこむ。
仄かに甘くて柔らかいものが、舌の上でゆっくり溶けていく。
きっとお屑さまが空腹のことも報せてくれたんだ。
歓喜で顎が痛い。
「おいひいでふよ~~~~」
「黙って食え」
「ぶふ~~~」
ペロのツボがなかったら、ほっぺたを押さえてた。
お腹がすいて辛かったところに甘いものがじわじわ染みこんでいく。
目の端っこに涙がにじんだ。
ぼっ! ぼっ!
遠くから戻ってきたお影さまがぶわっと通り過ぎた。
また戻ってきて、ニーノに並んで飛ぶ。
黒い目がじっとこっちを見た。
ぶー! ぶー――――!
――影、怒るでないのじゃ。皆、無事なのじゃ。
ぶー! ぼっぼっ!
お影さまは、空中でぐるぐるお腹を上にしたり下にしたりして、飛ぶ。
見たことない飛び方です。
――ぽはっ! 影もよくやったのじゃ! あと少しだったのじゃ。ぽはっ!
ぶー――――
お影さま、自分が助けられなかったのが不満だったのかな。
思わず、にっこりする。
「えーふぇ、しぁーせふぉもでふよ~~~」
「黙って食え」
ニーノに念押しされた。
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