1.懐かしさを追って
古老さまが行ってしまって、だらんとしたおくずさまを腕輪にぶらぶらさせながら、草原を歩く。
ここがどこでテーマイがどこに行ったのか聞いたけど、細お屑さまはしょんぼりモードでぶらぶらしてるばっかりだ。
……頼りにならないお屑さまは珍しいです。
感心したけど、とにかく、草原でぼーっとしてると夜になってしまう。当てがないまま歩くことにした。もう光の色が夕方に向かってる。
のんびりしてたら、凍えます。
ペロはいろんな方向に走って、しばらくしたら戻ってくるから、特に今回は道案内をするつもりはないみたい。
「ペロはここがどこか分かりますか?」
一応聞いてみるけど、ペロはどこかで飲み込んだバッタをぺっと吐いただけ。
……頼りになりません!
周りを見回したとき、細お屑さまが急にぴこんっと起き上がった。
「お! おくずさま、元気になりましたか?」
――わしはいつも通りなのじゃ。しかし、エーヴェよ、珍しいのじゃ。
「珍しい?」
聞いた声はかき消された。
ヴァー――! バ!
とても大きな声が草原に轟く。
びっくりしたけど、聞き覚えがある。振り返ると、黒い影と風が通り過ぎた。
「ぶへっ!」
風圧で、顔に何かがぶつかった気分。草が一斉に同じ方向へ押し倒される。
――大変な勢いなのじゃ!
はためきながら細お屑さまが叫ぶ。
通り過ぎた影を追って振り返ると、ずいぶん行きすぎた黒い大きな影がばたばた羽を動かして、方向転換してた。
思わず、何度も瞬きした。
「……お影さま?」
夕方近くはなったけど、まだ陽はある。青空をお影さまが飛んでるのは確かにとっても珍しい。
「お? もう船は近いですか?」
――そうでもないのじゃ。
細お屑さまが、ぴこんっと起き上がる。
――ぼっ!
お影さまが戻ってきて、頭上を旋回した。
私たちを見つけて旋回してるのかと思ったけど、ずいぶん長いこと空を飛んでる。ときどき叫ぶから、肩がびくっと跳ねた。
「どうしましたか、おかげさま? エーヴェはここですよ!」
――ぶー――――――! ぶー――――――――!
急に細お屑さまが、またぺろんっと垂れた。
――古老は行ってしまったのじゃ。もうここにはおらんのじゃ。
――ぶー――――――! ぼっ! ぼっ!
お影さまがひとしきりぶーぶー言って、地上にドスンと降りて来た。勢い余ってどてどてと二、三歩進む。
尻尾をぶんぶん動かしながらこっちを見て、一瞬止まり、ぐっと首を伸ばして私たちをのぞき込んできた。
――ぼっ! べ!
「お! はい、エーヴェですよ!」
――ぼっ! ぼっ!
お影さま、今、私に気がついたみたい。
羽をばたばた動かしたから、また風に煽られる。
「おかげさまは古老さまに会いに来ましたか?」
――ぶー!
――うむ、古老に会いに来たのじゃ。古老は行ってしまったのじゃ。
――ぶー、ぶー!
お影さま、不満そう。
「どうしておかげさまは古老がいる場所が分かりますか?」
――竜は皆、分かるのじゃ。影は最近名をもらったゆえ、初めて古老に会ったのじゃ。
――ぼっ!
お影さまがばっと羽を広げた。
……自慢かな?
「おかげさまにも、古老さまはあいさつをしましたか?」
――うむ。
――ぼっ! ぼっ!
細お屑さまはぶらぶら垂れたままで、相変わらずやる気がない。
――古老はまどろみどきの風情なのじゃ。皆に懐かしいのじゃ。そうでなくとも、竜は皆、古老に世話になるのじゃ。
「ほう!」
竜さまも古老さまに世話になったことがあるのかな?
想像しようとしたけど、竜さまたちの「世話」が何なのか、さっぱり分からない。
――影は初めて会ったゆえ、古老が懐かしいのに驚いたのじゃ。そもそも、影は古老が他の世界から運んだのじゃ。会いたくて当然なのじゃ。
――ぶー――――――!
お影さまが盛大に叫びを上げる。
「おかげさま、今、明るいですよ。大丈夫ですか?」
――ぶー!
長い首を降ろして、顔をこっちに近づけたお影さまがうなる。とっても不満そう。
無理して飛んできたんだろうな。
――影、すねるでないのじゃ。古老はお主とも話したのじゃ! 古老は大きいゆえ、この星に来たならば、全ての竜と話せるのじゃ。
人間には見えなくても、竜さまたちにはそれぞれおしゃべりの時間があったのかも。
お影さまが話せたなら、距離も関係ないのかな?
……古老さま、次元くらい大きいです。
竜さまやお骨さま、お泥さまや地馳さまも同時におしゃべりしたのかもしれない。
「おくずさまは九九九いますけど、古老さまは全部のおくずさまと話しましたか?」
――当然なのじゃ。古老は大きいのじゃ!
「おお……すごいです!」
――そうなのじゃ! 古老はすごいのじゃ!
世界中に散らばってるお屑さま全員と一度に話せるなんて、古老さま以外にない。
お屑さまが四人でも、みんなおしゃべりでとっても大変。思い出すだけで頭がぼーっとする。そのお屑さま全員と話す古老さまは、大変な偉大さですよ。
……古老さまがいなくなって、細お屑さまがぺろっと垂れちゃうのも仕方がないかも。
お影さまの鼻息につれて、腕輪の先でぷらぷらしてる細お屑さまを眺めた。
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