20.野生動物
窓開け成功への喜びの舞を踊っていると、尾の先の目玉が側に来た。
――窓が開いている。急いで行け。
「おお? もしかして、扉、閉まりますか?」
慌てて、窓に駆け寄る。
――まどろみどきは常に移ろう。
地面の窓を見ると、相変わらず青い色だけど、白い雲の端が見えた。さっきまでは見えなかったから、向こうの世界も時間が過ぎてる。
さっきの気持ち悪いのが一瞬過って、いやな気持ちになるけど、水に飛び込む気持ちで息を吸う。
――勢いよく行くのではない。そろそろと行け。
ナイスタイミングの古老さまのアドバイス。見上げると、燕さまがこっちを見下ろしてる。
ふと、胸に不安が広がった。
「……古老さま、一緒に来ますか?」
――一緒に?
「あー!」
思わず跳び上がる。
「あぶないですよ! あぶないところですよ! 古老さま、一緒に来ないつもりでした! 挨拶なしでお別れになるところでした!」
テーマイやテーマイのお母さんディーと同じです!
別れに挨拶をしたいのは人間の気持ちだけど。
「これだから、野生はあぶないですよ!」
地団駄踏むと、古老さまは首をかしげてる。
――エーヴェはもう技を覚えた。用は終わりだ。
「エーヴェは好きな竜さまとはちゃんと挨拶してお別れしたいですよ!」
じたばたする。
……まったく、おそろしいことですよ!
うねうねと尾っぽの先の目が近づいてきて、にまっと笑った。
――そう怒るな。よし。では、少し顔を出そう。あちらにはずいぶん眷族がいる。
「古老さまも来ます!」
快哉を上げながら、ぴょんぴょん跳びはねる。
本当に危ないところだった。
――よい。喜びはもうよい。はやく行け。
「はい! 行きますよ!」
古老さまに言われたように、そろそろと。
――周囲に気をつけろ。
言われて、首をめぐらせる。
草原。こんな高さで草の根元を見たのは初めて。寝っ転がってもこんなに低くはならない。小さな虫が草の茎をよじ登っていくのが見えた。風が吹き寄せて、草が体ごとゆらゆら揺れる。
ちよちよちよちよと、空の高いところから鳥が鳴く声が落ちてくる。
……大丈夫ですよ。
――では、行け。
言葉にしてないのに、古老さまが答えてくれる。
やっぱり古老さまは次元が違う。今、私の頭は違う世界にあるのに、ちゃんと声が聞こえる。
そろそろと、肩より先も窓の向こうへ。
なんとも不思議。前に倒れ込んでたと思ったら、途中から体を引き上げる気分に変わる。
「うううぅぅ、気持ち悪いですよ」
草むらに倒れ込んだ。草の匂いをかいでたらすぐに治まったけど、どこが地面か分からないのはとても気持ち悪いです。
ごろごろ草むらを転がって、空をしばらく眺める。
ちよちよちよちよと鳥の声が降ってくる。
体を起こして、周りを見渡した。
草原が広がってる。
――エーヴェ、窓を閉めろ。
頭の中に古老さまの声が響く。
慌てて振り向く。地面には小さな四角い穴があって、暗い灰色の雲が水に落ちた墨汁みたいにじわっと動いてる。
……はやくまどろみどきが豊かになるといいです。
バイバイするみたいに手を動かす。ゆっくりなでるみたいに。
掌をのけると、そこは草原。虫もいる。
「おおー!」
空に窓が開いてたときより、魔法っぽさが強い。
すごい。本当に特性だ。
「でも、ここはどこですか?」
お日さまが真上に来た黄色の花畑とは違う。道中に通った草原のほうが似てるけど、どこなのかは分からない。
しばらく待ったけど、答えがなくて周囲を見回す。
「古老さま?」
答えがない。
慌てて燕の姿を探す。さっきまでは大きかったけど、世界が変わったからまた小さいサイズに戻っちゃったのかな?
でも、空を見ても飛び回る鳥の姿はない。
ちよちよちよちよと鳴いてる鳥は、ずいぶん高い所にいるみたい。
姿が見えなくて、空のまぶしさに目がシパシパしてくる。
「あれー? 古老さまー!」
大声で呼んでも、答えは返ってこない。
のどかな草原を眺め、降ってくる鳥の声を見上げて、草原に一人ぼっちだ。
「なんと……」
まどろみどきよりずっと鮮やかな場所なのに、まどろみどきより百倍さびしい気持ちになってきた。
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