19.不思議で不思議じゃない
それから二回挑戦したけど、上手くいかない。窓が遠すぎたり、いい位置だと思っても窓の線のところに着くまでに、地面が低くなって届かなくなったり……。
憤懣です!
「ふぁー……ぁあああ」
ぷりぷりしてるのに、急に欠伸が出た。
――エーヴェよ、休憩だ。
「きゅー……――ぁああああ」
また欠伸。
――まどろみどきに働きかけるのは、大変な力が必要だ。昼寝を許す。
古老さまが肩を怒らせると、背中の毛(羽?)がふわっとふくらむ。
ほかほか幸せ。人間の肩に乗っかる猫の気分で、ふかふかの羽毛の中に沈み込む。うとうとしかけて、はっと目を開けた。
「エーヴェ、まどろみどきで寝て、大丈夫ですか?」
まどろみどきから帰ると、いつも思ったよりずっと時間が経っている。技の練習はどのくらい続けてるっけ。細お屑さまやテーマイやペロは待っててるのかな?
――ああ、時間。時間か。では、仕方ない。続けよ。
「お? 古老さま、忘れてましたか」
――そうだな。たいていの生き物は忙しない。
帰ったら十日過ぎてたらどうしよう。ちょっと心配。
――そんなことはない。
古老さまが言い添える。じゃあ、大丈夫かな。
「でも、エーヴェ、いいこと思いつきました!」
古老さまの肩にだらんと垂れたおかけで、新たな発見がある。
地面に向けて、指で枠を作った。
――なるほど。
尾っぽの先の目がうねうねやって来て、窓のほうを見てる。
前の世界で指で囲むのは、きれいな景色を切り取るためだけど、今は窓を作るため。窓は壁にある物だけど、まどろみどきに壁なんて最初からない。窓が、景色を見やすい高さにある必要もない。
必要なのは、通り抜ける窓。だったら、地面がいちばん簡単です。
「これならちゃんと側に行けます! はがせますよ」
――そうだな。大きさだけ気を遣え。
「お?」
視線で指をなぞり、指を解いた瞬間に言われて、瞬きする。
遠近法で窓が大きくなってるのを忘れてた。
幸い、燕さまの肩から下に向かって枠を作ったから、私一人くらいは通れそうな大きさで、線が空間を切ってる。
燕さまの肩からよじ降りて、地面に立った。
小さな窓。
前の世界だと、祖母の家にあった台所の床下収納の扉くらいの大きさかな。
……なんとなく不安がある。
「……はがしますか?」
――やってみろ。
古老さまの言葉に力を得て、地面に切った小さな窓を開く。
ぱっと青が目に飛び込んできた。
「おお……」
ちょっと呆然。
慌てて周りを見回す。
ゆったりと移り変わるまどろみどきの景色。
今までずっとまどろみどきにいて、十分明るく感じてた。でも、窓の向こうの青はびっくりするほど明るい。
「古老さま、これは空ですか?」
――そのようだ。
大きな頭を傾けて、窓をのぞき込みながら古老さまが言う。
「向こうをのぞいても、大丈夫ですか?」
見えるのは青い色だけで、向こうがどんな世界なのか分からない。
――のぞいて見ろ。
尾の先の目がうねうねしながら側にやって来て、先に窓の向こうに入ってしまった。
おそるおそる、窓に頭を近づける。川の水をのぞくときみたいに、そろーっと窓の向こうに顔を出す。
緑が見えた。草の匂いがした。
でも、そこでいったん引き返す。
「うえ~~~。気持ち悪いですよ!」
――きもちわるい?
古老さまの頭に付いてるほうの目が瞬く。
窓まで首を近づけるときは、前に倒れ込む感じなのに、窓から出た途端、甲板に顔を出すときの気分になる。窓の向こうの世界では地が下にある気分。窓があるこっちでは、地面に倒れる気分。
初めての感覚で、ぞわぞわする。
「エーヴェが思うに、窓の向こうは、地面がこっちにあると思いますよ!」
身振りで力説したけど、古老さまは沈黙してる。
「窓は地面にありますけど、向こうの窓も地面にあります!」
――それは不思議なのか?
「――おお?」
自分の説明だと、あんまり不思議じゃない気がする。
一人で首をひねってると、古老さまの目が戻ってきた。
――人の気持ちは難しい。だが、向こうは貴様が帰る世界だ。よくやった。
「お? エーヴェ、やりました!」
――そうだ。よくやった。
その場で跳び上がってうぉっほっほをする。
古老さまはときどき左右に首を傾けながら眺めてる。
そのうち、ぶるっと羽を振るわせた。
――その窓を通れば、帰れる。
「はい! ありがとうございます! 古老さま」
大きな燕さまの体に跳びついた。
ふわふわの羽から、暖かい日向の匂いがした。
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