18.山へゆく窓
燕さまは高い山脈に近づくと羽をぱたぱたした。尾根をがっちりつかんで留まる。
尾根風がびょうびょう吹くけど、空中にいたときより静か。
「山がたくさんですね」
燕さまの背中につかまったまま景色を眺める。
――そうだな。
動きは燕と変わらないけど大きいから、今の古老さまは迫力がある。
肩の上の方までよじ登って、今までまどろみどきに来たときに行った場所を探してみた。
前に来た場所を思い出そうとすると、どんな場所だったか分からない。目の前の景色みたいにぐらぐらして崩れるみたい。
――先も言ったが、まどろみどきは一定の形ではない。貴様が訪れたのと完全に一致する場所はおそらくない。
「じゃあ、竜さまたちとは会えませんか?」
首が九つあったお九頭さまには会えないのかな?
――会う可能性はある。山が貴様をまどろみどきに迎えに来るように。だが、貴様は未熟だ。まだまだできると思うな。
なるほど。りゅーさまにはできるけど、エーヴェには無理です。
でも、まどろみどきがいつも決まった形じゃないなら帰るのはどうするのかな。邸の森から洞に帰るのと、おどろさまの座から洞に帰るのは道が違う。
……窓なら関係ないのかな?
――ここはどこにでも近く、遠い。さきほどの世界と同じように、帰りたい場所を思い浮かべろ。
燕さまがこちらを振り返った。間近に見た瞳の中はゆっくり動いてて、いろんな光が混じり合ってるのが分かる。水の上に落ちた油みたいに、シャボン玉の膜みたいに、ゆったり動くときに少しずつ見える色が変わる。
燕さまがぱちりと瞬く。
――いや、竜がよい。帰りたい竜を思い浮かべる。
「りゅーさまですか!」
――そうだ。竜は竜そのものが座標だ。貴様がおぼろげに思う場所より確実だ。
「ざひょう?」
――竜の存在はそれだけで座標になり得る。そうだな、動かぬ星のようなものだ。
「おお! 南の竜さま星!」
燕さまが首を傾けて、それから頷く。
――ニーノとの記憶か。そうだ。地軸の向きと同じ位置にある星が動いて見えないのと同じ。
「竜さまたちは動くのに、動かないですか」
――そうだ。だから、竜はまどろみどきを泳ぎ、飛ぶ。
よく分からないけど、ちょっと誇らしい。
竜さまが特別なのはよいことです。
「じゃあ、ちゃんと竜さまたちの位置が分かれば、竜さまと竜さまの間のここに行くとかできますか?」
右手を竜さま、左手を竜さまと示して、その真ん中を指さす。
燕さまが目を細めた。
――エーヴェよ、気が早い。まずは山へ通じる窓を開け。
「お! そうですね!」
ペロの世界をのぞいたみたいに両手の指で景色を切り取ってみる。指で区切られた景色が、ゆっくり動いてるのが分かった。
……ちょっと、古老さまの目と似てる。
――山のことを思え。
古老さまが顔の向きを戻す。
……りゅーさまのことを考えるのは得意ですよ!
白いふわふわのたてがみや、金色の目を思い出す。大好きな鱗。竜さまの体は毛と鱗に覆われてる。毛はふかふかでニーノやジュスタやシステーナも埋もれて喜ぶ。鱗は周りの色を反射するから、洞の中では黒く、空の中では青色。鼻息を上げる大きな鼻、長い首、大きな羽、長い尻尾! 座ってるときは、お尻と尻尾の間に隙間ができる。足は鱗に覆われててしっかりした黒いかぎ爪がついてる。ペロはよくこの裏にくっついてる。
他にも歌を歌う竜さまに、水に沈む竜さま、空を飛ぶ竜さまや硫黄を食べてご機嫌な竜さま。いっぱいお話聞いてくれるけど、竜目線だから分かってない竜さま。
大好きな竜さまについて考えると、気持ちがぽかぽかしてくる。
――まあまあだ。
「なんと!」
……もっと思い出しますよ!
向きになってもっと細かいことを思い出そうとする。
――いや、よい。窓を切れ。
「お? はい!」
古老さまにぱっきり指示されると気持ちが切り替わる。
ペロの世界をのぞいたときと同じように、指の線を切るつもりで、ゆっくり視線を動かす。
手を解くと線が見えるけど、距離が遠い。しかも、山の上の方に浮かんでるから、剥がしにいけない。
――あれは、エーヴェには使えまい。
「そうですね。歩いて行けるところじゃないと行けません」
――消して、もう一度だ。
頷いて、バイバイするみたいに窓の線を消した。
今度はちゃんと歩いて行けるところに……。
指で場所を切り取り、竜さまのことを考える。
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