14.窓を開く
古老さまの背中を駆け巡るテーマイを眺める。
テーマイの古老さまがディーだとすると、私の古老さまが人型じゃなかったのはちょっと意外。
……でも、竜さまが人の形だったら残念だから、やっぱり当然なのかな。
ぱたぱたと頭上で風が起きた。
――離れろ。そろそろ閉じる。
「お、はい!」
燕さまの言いつけで、窓から離れる。黄色の窓枠はできたときと逆の順序で、ふわふわ揺れて、花に戻った。
やっぱりきれい。
にこにこ眺めてると、頭をコツコツされた。あんまり痛くないから、くちばしをとぐときみたいに、頭をなすりつけられたのかもしれない。
――次は、貴様だ。
「え、エーヴェですか?」
また頭に、こつこつの感触。
――当然だ。貴様のためのわざだ。
わざ。窓を作る。
わくわくする。
あちらを見つめ、こちらを見つめ、そして、首をかしげた。
「どうするか、分かりませんよ!」
どうやったら黄色の光がふわふわ集まって窓枠になるのか、さっぱり分からない。
――私が見せたのは私のわざだ。貴様には貴様の方法がある。
「なんと」
せっかく見せてもらっても、自分で探さないといけないやつだ。
「むむー」
……窓、窓です。
古老さまは光で窓枠を作って、その向こうにテーマイの世界が見えた。まるで、世界の壁を切り抜いたみたいに。
切り抜く。
……似たようなことを知ってる?
景色を切り取る。
親指と人差し指を伸ばして、対角に組み合わせる。絵を描くとき、どう景色を納めるか、景色を切り取る方法。
――ふむ。
目の前にかざした手の上に、燕さまが舞い降りた。
尾がうにうにとうごめく。
先端の目で手のこちら側と向こう側から、風景をのぞき込んでるみたい。
――少し助けよう。
燕さまは人差し指の上でぴょんっと向きを変えた。
今、私と同じ方向を眺めてる。
うにうにしてた尾も、鳳凰みたいに頭上に掲げて、なんだか立派。
――のぞけ。そして、切り取る。
切り取る?
道具もないのに、どうしたらいいだろう。
使えるのは体だけ。指の枠に沿って、ゆっくり視線を動かす。
視線でなぞったところが、切れる……気分!
――指を解いていい。
「……あれ?」
手を離すと、景色に違和感があった。
歪んでるみたい。
さっき指で囲ったところだけ、二重になって見える。
――貴様は何の世界が見たい?
一瞬きょとんとし、すぐに思いついた。
「エーヴェ、ペロの世界が見たいですよ!」
――では、ペロを思いながら、窓を開け。
まるでなぞなぞみたい。
でも、二重になったところが怪しい。
様子を見ながら近づく。
近く見えるけど、思ったより遠い。たどり着いてから振り向くと、元々立ってたところから十メートルは進んでる。
距離のおかげで、二重になってる場所は、ほんとに窓くらいのサイズがあった。
……どうやって開ければ良いのかな?
だいたい、どうして二重なんだろう。
顔を近づけると、シールの切れ目に似た線が見える。
そうっと触ると、本当にはがせそう。
――忘れるな。見たい世界を思え。
ナイスタイミングで、燕さまがアドバイスをくれた。
ペロの世界、ペロの世界。
ぷよんぷよんで透明な水玉を頭に思い浮かべて、景色の角に爪をかける。
ぺり……
「おお!」
はがれます!
わくわくして、一気に景色をはがした。
窓の向こうは藍一色。
夜空みたいに見えて、顔を寄せる。
何かがすうっと目の前を過ぎ、空に飛んでいった。
「お? これ、水の中ですよ!」
飛んだように見えたのは泡だ。
空には光が見えて、水の揺れにつれて動いてる。
……ペロは海の中にいるのかな?
でも、海の中にしては暗くない。天井以外からも光が射してる気がする。
徐々に世界が明るくなって、水の向こうに歪んだ花畑が見えてきた。
何かを突き抜けたのか、景色が変わる。
「おおー!」
魚眼レンズを通してるみたい。
球面に映って歪んだ花や葉っぱが行き過ぎる。
――貴様はペロを考えすぎた。これは、ペロの視点だ。
肩に飛んできた燕さまがことりと首をかしげ、そのまま羽づくろいをはじめた。
「ペロの視点?」
空の青、雲の白、花の黄色。たくさんの色が光になって、次々と行き過ぎる。
万華鏡を回すみたいで楽しいけど、何を見てるのかよく分からない。
……ちょっと酔いますよ。
「ペロはこんな感じですか!」
――貴様の感覚に合わせている。厳密には同じではない。
「おお……」
まったく同じ世界は見えない。ちょっと残念。
でも、ペロの世界は光と色でいっぱいだ。
うきうきして、さらに窓をのぞき込んだ。
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