12.湯気の立つ湖
明けましておめでとうございます。
辰年ですね! ドラゴン! ドラゴン!
最後は竜さまにつかんでもらって、船は湖の側の岩場に降りる。
船の後ろの空にはまだまだ雨雲が見えるけど、ここはすっかり晴れ上がって明るい。
「はー――、なんとかなった」
声に振り向くと、舵の側でばったりひっくり返る影が見えた。
「ジュスター!」
のぞき込んで見たジュスタの顔は、ぐるぐるの髪の毛をおでこにひっつかせて、にっかり笑った。
「あっちに傾き、こっちに傾きで、たいへんだったよ」
「そうです! 雷もたくさんでした! ジュスタ、がんばりました」
――うむ! わしもなかなか越えらぬケンカ場の雨風を越えたのじゃ! よくやったのじゃ!
お屑さまのほめ言葉に体を起こそうとして、やっぱりジュスタはひっくり返る。
「いやあ、竜さまがいてくださってよかった」
一瞬、影が船を覆って、帆が一斉にふくらんだ。
竜さまが船の近くの岩場にずしんと降りる。
――うむ。食欲をそそる匂いにつられたのである。ジュスタはよくやったのじゃ。
そのまま、竜さまが体をぶるぶるっと震わせた。
「うわ! 雨です!」
竜さまが弾いた水が雨になって船の上に降り落ちてきた。
ひっくり返ったジュスタは、まるでバケツで水をかけられたみたい。システーナはげらげら笑って、帆をたたむ作業をしてる。
ニーノを探すと、船体を支える装置を固定しながら、顔色も変えずに雨に打たれてた。
「すごいところですよ!」
ゆるやかな甲板の斜面を駆け下りて、舷側から身を乗り出す。
黒い岩山の中にある湖は、湖面からうっすらと湯気が立ち上がってる。相変わらず、周囲に草や木は見えないけど、湖はスカイブルーにクリームを溶かしたみたい。とってもきれいだ。そして、ちょっと蒸し暑い。
「硫黄くせーな」
作業をしながら、システーナが鼻を動かす。
……蒸し暑くて、硫黄くさい?
「もしかして、湖、あったかいですか?」
竜さまを見上げたところで、湖にもう一つの大きな影が舞い降りた。
――青い水なのじゃー――!
「お骨さまー!」
しぶきを上げて、水面を滑るお骨さまを目で追う。
でも、思ったより早く止まって、お骨さまは首をかしげた。
――浅くて、浮かばないのじゃ。
水を蹴立てながら、湖を歩いて船の方に戻ってくる。
――滑らないのじゃ。それに、この水はぬるいのじゃ。
「おお! エーヴェ、触りたいです!」
ぬれて固くなったハーネスを注意深く外して、船の外に出るために階段に戻る。
システーナだったら、ぴょいっと地面に飛び降りられるけど、私には無理。帆を畳む作業が終わってないから、頼めません。
階段の扉を開けると、ントゥが飛び出して来た。さっそくお骨さまを見つけて、身軽に跳びついてる。
うーん、エネックはすごいです。
「テーマイ、こっちですよ!」
テーマイを呼んで、船の外に通じる扉を開け放つ。廊下に備えつけてある長い踏み板を力いっぱい引っ張った。
――おお! 童! 力を入れるのじゃ! 長い板なのじゃ!
「はい! 軽いから、大丈夫!」
お屑さまの応援を受けながら、扉と地面をつなぐ長い板を、なんとか外に送り出した。
たわみ具合を確かめてから、テーマイと一緒に板を駆け下りる。テーマイの蹄が、板をことこと鳴らすのが楽しい。
我先に走って、黒い岩場の先の水辺にたどり着いた。
――エーヴェが来たのじゃ。ディーも来たのじゃ。
頭にントゥを乗せたお骨さまが、ぬうっと首を伸ばしてきた。
「エーヴェ、来ましたよ!」
――わしもおるのじゃ!
ぴょんぴょん跳ねて応えてから、しゃがみ込んで水をのぞき込む。
近くで見るとあんまり青く見えない。でも、うっすら湯気は上がってる。
――少しにおいがするのじゃ! 水から匂いがするのじゃ!
お屑さまも興味津々でぴこんぴこんしてる。そうっと人差し指で触ってみると、確かにあったかい。
「おお! ぬるいですよ! 温泉、温泉!」
ちょっとぬるめだけど、これは、大露天風呂だ!
――オーセンオーセン、なのじゃ。
お骨さまが頭をゆらゆらさせる。羽もバタバタしたので、またしぶきが散った。
「うおっ! こっちからも雨ですよ!」
テーマイも体を震わせて水を吹き飛ばす。それから湖面に鼻先を寄せて、すぐ顔を上げ、ふぶっと鼻を鳴らした。
あんまり好きじゃないみたい。
――オーセンとはなんじゃ。
竜さまが水辺にやってくる。
――オーセンではない、温泉なのじゃ! 温かな湧き水なのじゃ!
「おお! さすがお屑さま、温泉知ってますか!」
――お、せん? オーセン?
――おんせんなのじゃー!
ぽかんとしてるお骨さまにお屑さまが力説する。
――エーヴェは温泉が好きであるのか?
竜さまが耳をぴるぴるっと震わせた。
「はい! 温泉はお風呂になりますよ! みんなでお風呂です!」
力説すると、竜さまが今度は目をぱちぱちさせる。
こんなに広い湖なら、みんなで一緒に温泉だ。
楽しみで、うぉほっほをした。
ドラゴン! ドラゴン!
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