10.黒いケンカ場
しばらく見てるうちに、お骨さまは船を通り過ぎて行った。
「あー……、お骨さま前に行っちゃった」
名残惜しくてガラスに顔を押し当ててたら、船がぐらっと揺れる。
「おお?」
船の傾きが水平に戻っていく。
「おお、よかったです!」
まだ揺れてるけど、落ちることはないかな。
とたたた……たん!
軽やかな音が、廊下から近づいてきた。
ふさふさの感触が足下をすり抜けて、砂色の頭が窓をのぞき込む。
「ントゥ!」
窓を隅々見回して、お骨さまが見えないと分かるや、違う窓に走って行く。その間にも、傾きが逆転して、今度はこっちが高くなってきてるけど、お構いなし。
「ントゥ、とっても身軽です」
さっきントゥやテーマイを心配したけど、やっぱり四本足がある生き物はすごい。
――童! 見よ! 地面が見えるのじゃ!
お屑さまが伸び上がって、向こう側の窓を見てる。
「む? 黒いですよ!」
雲の切れ目に黒っぽい地面が見えた気がする。気になって廊下を駆け抜けた。
「おおー! やっぱり黒いです!」
ちぎれた雲の間から、黒いゴツゴツした地面が見える。
……気のせいか、雲以外に灰色の煙も上がっているような?
ごろごろと間近で不穏な音がして、窓の下の側にくっつく。雨は激しくなったり弱まったりを繰り返して、ガラスはときどき雨粒だらけになる。
――ぽはっ! 山め! ここに来たかったのじゃ! ケンカ場なのじゃ!
お屑さまがぽはぽは笑う。
名前が穏やかじゃない。何だろう?
「誰と誰がケンカしますか?」
――よく見るのじゃ! ケンカしておるのじゃ! 地面と地面がケンカしておるのじゃ!
……地面がケンカ?
――む! 童! 口が開いておるのじゃ!
慌てて口を閉じる。お屑さまはぽかんと口を開けるのにうるさい。久しぶりにぽかんとチェックされちゃった。
しっかり地面を眺めてみる。
「山が見えます……、お? 煙が出てますか?」
植物は全然なくて、黒っぽい地面がむき出し。ところどころ煙が上がってる。
「あ! 赤いです!」
少し高い位置の谷底に、赤い光が見える。
――ぽはっ! 火の山じゃ! ここは地面と地面がケンカしておるのじゃ! かっかした地面から火が噴き出すのじゃ! 火の山じゃー!
「おおー!」
お屑さまの大興奮が移ってきて、両手を突き上げる。
火口みたいな場所は見えないけど、火山なのかな? すごいぞ!
「おくずさま、ケンカ場好きですか?」
――面白いのじゃ! わしは屑ゆえ、ケンカ場にはめったに入れぬ! 珍しいのじゃ!
お屑さまの移動は基本的に風任せだから、こんなに荒れてる場所にはなかなか入り込めないのかも。九九九のお屑さまは世界中にいると言っても、行きやすい場所と行きにくい場所があるんだな。
もっとよく見ようと立ち上がったら、雷が目の前を横切って、慌ててしゃがむ。
耳をふさいでも、音が体に響いてくる。
「むー、雷がすごいです」
――ケンカ場の近くは気が荒れやすいのじゃ! 雷が多いのも当然じゃ! 風が吹き、雨がうなるのじゃ!
やっぱり穏やかじゃない。
お屑さまは激しくぴこんぴこんしながら、熱心に外の様子を見てる。雷が間近で鳴ってもけろっとしてる。
「竜さまたちは、雷でびっくりしませんか?」
――竜と雷は近しいものじゃ! 風も雨も似たようなものじゃ! 大きな力は体がわくわくするのじゃ!
「おお、偉大です!」
竜さまも荒天も、大きな力ってところが似てる。今のお屑さまは嵐に巻き込まれちゃうけど、元のお九頭さまだったら洪水を飲み込んだらしい。やっぱり大きな力だ。
ごおっと風を切り裂いて、竜さまが船の隣にやってきた。
「りゅーさまー――!」
できる限りの声を上げたけど、雷の音には勝てない。
雨や雲が黒い羽に砕けて、細かな雷が体をはい回ったけど、竜さまは全然気にしてない。白銀のたてがみが意気揚々と燃えさかってる。
――む? エーヴェか。
竜さまの目が、ぎらっと光った気がする。
気づいてもらおうと、両手を振った。
――わしなのじゃ! ケンカ場に来るとは、お主、腹が減っておろう! ぽはっ!
お屑さまが私の手に引っ張られながら吠える。
「お? りゅーさま、お腹が減ってますか?」
竜さまの鼻から蒸気が出て、白い雲になって流れていく。
――屑もおるか。長い道のりである。食べねば飛べぬ。
細かい雷が金の目に流れて、竜さまが目をパチパチした。透明な目蓋が目を覆ってるから、目に電気が流れても平気です。偉大!
「じゃあ、りゅーさま、ご飯ですか!」
竜さまは鉱石を食べるから、火山の近くは食べ物がいっぱいあるのかも。
――うむ。どこかで一度降りよ。
――ケンカ場じゃー! 暑いゆえ、心するのじゃー!
お屑さまもご機嫌だ。
これはいいぞ! 来る竜さまのお食事タイムに、わくわくしてきた。
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