9.荒れ模様
船の廊下を、青白い光が染め上げた。
バッシャー――ン!
まぶしさと轟音に、目と耳をふさぐ。
「わきゃ! ……すごい音です!」
おそるおそる目を開く。その途端、船が大きく揺れた。慌てて寝台の縁をつかみ、砂絵板をひっくり返さないように棚にしまう。
「分かった。向かう」
ニーノの声が耳に触れて、顔を上げる。
「私は甲板に戻る。お屑さま、エーヴェをお願いします」
――うむ! 任せるのじゃ!
お屑さまの腕輪をもらった。
「甲板に行きますか? エーヴェも行きたいです!」
言葉の最後は、甲板に叩きつける痛いような雨音でかき消える。
――甲板への扉は閉める。しばらく窓から様子を見ろ。船が揺れて、気分が悪くなったら、台所の薬を飲め。
右手をにぎられて、頭の中に指示が流れこんできた。
テレパシー!
「おお……はい!」
答えたときには、ニーノは甲板に向かってる。
さっそく窓に駆け寄った。
「む! 見えません」
ガラスには当たった雨粒が滝のように流れて落ちる。
バチー――ン!
「わきゃ!」
距離が近すぎて音が怖い。
――童! 反対側の窓に行くのじゃ!
「はい!」
お屑さまに励まされて、反対側の窓に走りだす。
「お?」
ゆうるりと視界が傾いた。
向かう先が沈み、廊下が坂になる。
「おお!」
手近の手すりをつかむ。甲板に上がる階段の手すり。周りが雨でぬれてて少し滑る。
――船がかしいでおるのじゃ! 童、転ぶでないぞ!
お屑さまがぴこんぴこん注意する。
「お、おくずさま、船、大丈夫ですか?」
――大丈夫じゃ! 山がおるゆえ、落ちるとしてもそーっと落ちるのじゃ!
おお、大丈夫じゃない。
廊下はかなりの角度がついてる。ゆるい滑り台くらいはありそう。
「そうか! 滑っていけばいいです」
床にお尻をつけようと思ったけど、ぬれてるのでやめる。
「むむ……。これは壁伝いにゆっくり行きます」
――これくらいの坂は駆け下りるのじゃ! 早く外を見るのじゃ!
お屑さまが急かしてくる。
駆け下りる勇気が出るのを待ってると、下の船倉への階段からガラスの器がやってきた。
「おお、ペロ!」
ペロはガラスの器から、かなり体を出して階段をはい上る。鉢の口が大きいから、目深にかぶっていると、ごつごつ当たって登れないらしい。
階段を上りきって、うぞうぞと鉢を元の位置に戻す。なんだか、上着を羽織り直してるみたい。
「船が傾いてるけど、ペロは大丈夫ですか」
廊下を通過するペロに聞く。
――水玉は天井でもはい回るのじゃ! 大丈夫なのじゃ!
お屑さまが答えてくれた。ペロはうろうろ廊下をはい回って、甲板に上がる階段に取りついた。また、鉢を背中に引っかける感じになって、段に沿って上っていく。
「ペロ、ニーノが閉めましたから、甲板には出られませんよ」
降りるのに比べると倍の時間を掛けて階段を上りきり、ペロは扉にくっついて、隙間がないか探してる。薄くなって隅々まで探してたけど、出られる隙間がなかったみたい。じわじわいつものサイズに戻って、リラックスモードになった。
ペロが出られたら、水が入れるってことだもんね。雨が入り込まないように、ジュスタがきっと工夫してます。
「ペロは外に出たかったですか」
――水の気配に様子を見に来たのじゃ! 水玉は水が好きなのじゃ!
見ると、ペロのはった後は、水が無くなってる。
「お、これは滑り台できますよ!」
完全に乾いてるわけじゃないけど、表面の水玉がないから平気。
お尻をつけて、ずるずる床を滑っていく。
――ぽ! 童は意気地がないのじゃ! 慎重なのじゃ! ぽはっ!
「慎重ならテーマイと一緒ですよ」
お屑さまに反論する。
……そういえば、テーマイやントゥは、船が傾いて大丈夫かな?
反対側の窓にたどり着いて、のぞき込んだ。
ちぎれた雲がびゅんびゅん通り過ぎていく。中だと実感がないけど、やっぱり船はとっても速い。
「雨粒はないけど、雲で見えません」
――雲が見えるのじゃ! 雨を運ぶ重い雲じゃ!
確かに一つ一つの雲がとても力強い。
雲の中を、ひび割れるみたいに雷が走り回る。
「あ、お骨さまです!」
暗い雲の中で、真っ白なお骨さまがうねるように飛んでる。
「羽の布、ちゃんと防水になってます」
よかった。これで布がぬれて、飛べなくなる心配がない。
――骨も雷に当たって遊んでおるのじゃ! まったく、あほうなのじゃ!
確かに、ときどき羽や尾っぽの先に雷が落ちてる。雷が落ちると、一瞬動きが速くなる気がする。カタカタしてて、なんだか面白い。
「うっふっふー! お骨さま、楽しそうです」
――骨はいつも楽しいのじゃ! あほうなのじゃ!
お屑さまもなんだか楽しそうに、ぴこんぴこんした。
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