20.巡り合わせいろいろ
次の朝、食堂に顔を見せたニーノの周りには、まだ怒りがほとばしってた。
朝食のスープをのみこんで、隣のジュスタに囁く。
「ニーノ、まだ怒ってますよ? どーしましたか?」
「うーん。分からない。聞いてみるしかないね」
――ニーノ、シューマの様子はどうじゃ?
システーナの腕のお屑さまが真っ先に聞いた。
システーナは、おいしそうにスープを食べてる。
「たいへん悪いです」
ニーノ、きっぱり。
「ずいぶんと無謀な一人旅をしたようです。凍傷で何本か指を失っています。深手を負った右足を止血しようとして、そのまま壊死させています。体の内側に腫瘍があるのも間違いありません。ろくな食べ物を口にしておらず、人との交流もなかったようです」
――なんということじゃ!
「うげー……ひでーなー」
「シューマ、気の毒ですよ」
どうしてもお屑さまを探したくて、いっぱい無理をした。
……一生懸命です。
「気の毒ではない」
ふたたび、ニーノきっぱり。
「自分をないがしろにして何かを追求することを、私は絶対に称揚しない。竜さまの付き人ともあろうものが、人間として生きることを放棄して無謀なことをした結果、邪気に取り込まれてお屑さまに迷惑をおかけしたのだ。気の毒な点などまったくない」
「おお……」
ニーノ、怒ってます。
そういえばニーノは、人間が自分の力で暮らすのを竜さまに見せる、みたいなことを邸で言ってたっけ。
――ニーノの言う、人間として生きるというのは分からぬが、邪気に取り込まれたのはシューマのせいなのじゃ! 危ないところじゃ! 人は弱いゆえ、慎重に生きねばならんのじゃ!
お屑さまはぴこんぴこんする。
「お屑さまを追うのは当然だが、あの状態は悪い」
――うむ! シューマはひどい状態なのじゃ!
「まー、ニーノはすげーからさー、一人で自分を守りながら旅ができっだろーけど、あたしだったらシューマみてーになっちゃうぜー」
「なんと! エーヴェ、シスがゆがんだらとってもいやですよ!」
システーナはからから笑う。
「あたしだってゆがみたくねーよ。でも、竜さまの座に落ちた最初があたしだったら、邸なんて作れねーよ、ぜってー作れねー!」
「前の世界の知識が違うからってことですよね」
「そーそー。あたし、岩しか掘れねー!」
確かに、自分が最初だったら、きっと途方に暮れてた。
前世の記憶があっても、それを活かして何とかしようとしたかな?
……竜さまがいるから、頑張るかな?
思わず、考えこんじゃう。
「……しかし、貴様は自分を傷つけるようなことは避けるだろう」
「そりゃそーだぜー! ケガしたら死ぬかんなー!」
「俺たちは竜さまがいましたからね。竜さまがどこかに行ってしまったとなったら、是が非でも探したいと思うかも」
「お屑さまは、どうしてちょっと待ちませんでしたか?」
気になって尋ねる。
せめて、シューマが大きくなるまで待ったら、シューマも無謀をしなかったかもしれない。
――待つ? なにゆえ待つのじゃ? 世界がゆがんでおっては、互いの声が聞こえぬのじゃ! 大変な問題なのじゃ!
「はい。お屑さまの決断は間違っておりません。一人残っただけでも十分な配慮です」
ニーノが深々と頷く。
――あのときはまだ、古老が他の世界から生き物を連れてくるとは知らなかったのじゃ! 世界がゆがんで、古老の声も聞こえなかったのじゃ! シューマが来たが、竜同士で話せぬのはとても困ることなのじゃ!
「……うーん。巡り合わせが悪かったみたいですね」
いろんな事情が組み合わさって、シューマが邪気を取り込むことになったんだ。
「でも、シューマはお屑さまと会えました! ニーノが病気を治して、お屑さまとも一緒にいられますよ」
つるじゃなくて腕輪を着ければ、きっと別れ別れにならずに済むはず。
「おちびの言うとーりだぜー。ニーノ、頑張れー!」
――そうじゃ! ニーノ! 頼んだのじゃ!
「俺はもう一つ腕輪を作ろうかな」
「お屑さま、四人になりましたよ!」
ニーノは長く息を吐く。
「私はできることをする」
怒りオーラがちょっと治まったみたい。
……ニーノは竜さま絶対正しい主義だけど、人が自分を大事にしないのもきらいですね。
「――お。ペロが戻ってきましたよ!」
ニーノの怒りの気配に恐れをなしてたのか、昨夜から今まで全然見えなかったペロが、食堂の外から様子をうかがってる。
「――あれ? ペロ、光ってないか」
ジュスタが席を立って様子を見に行った。
ついて行くと、ペロがジュスタにぺっと何かを吐き出す。
ほのかに金色に光った丸い石。
碁石くらいの大きさだ。
「きれいですね!」
ジュスタから受け取って、上にかざす。
石をつまんだ指の腹が、ほのかに金色。
「月みたいですよ」
――なんと! それは、邪気を焼く火なのじゃ!
お屑さまが高速でぴこんぴこんした。
「え? 火ですか?」
――大変なことなのじゃ! この水玉は邪気を焼く火を浴びたのじゃ! それを固めたのじゃ! 大変なことなのじゃ!
「火をかためるー?」
粉をぎゅーっと固めて石にする要領で、火をぎゅーっと固めて石にしたってこと?
そもそもペロが浴びて平気なら、邪気を焼く火は普通の火とは違うのかも。
「そういえば、ペロ、竜さまの爪にひっついてました」
「そのまま地馳さまの火を浴びたのか」
ニーノが立ち上がったので、ペロはすささっと逃げ出した。
廊下を見たけど、もう姿が見えない。
「……邪気で腫瘍ができるならば、邪気を焼けば腫瘍が癒えることもあるか」
ニーノの呟きに、ジュスタがにっこりする。
「分かりませんけど、身につけられるようにしてみましょうか」
「きれいですからね!」
ジュスタに石を返す。
「やっぱりさー、巡り合わせがいいんじゃねーの?」
システーナが椅子をキイキイ揺らしながら笑った。
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