16.浄めの火
星空に白銀の光を散らしながら、竜さまがやって来た。
「りゅーさまー!」
羽ばたきの風で、声は後ろに吹き飛ばされてそう。
竜さまは船の側に、ゆったりと降り立つ。
地面が大きく一つ揺れた。
「……ぅがっ!」
こわいものから、声がした。
「あ、こわいもの、気がつきました」
言い終わる前に、こわいものは猛然とお屑さまたちのほうへ向かう。
お屑さまたちはすくみあがって、ジュスタは後ろに跳ねのいた。
――こわいものなのじゃ!
「落ち着いて! 落ち着いて!」
ペロは驚きの速さで竜さまの側へ逃げていってる。
……たぶん、爪にくっつきました。
「がっ! ぅるるがぁ!」
縄がばん、と張りつめる。
支柱がちょっと揺れただけで、こわいものはその場に引き留められた。
――ほう……。これは、ゆがんでおる。
竜さまが鼻先をこわいものに寄せ、金の目をぱちりと瞬く。
こわいものは竜さまには驚いたみたい。
うなりながら、後じさる。
――山よ! 火で吹き飛ばすのじゃ!
――こわいものは大変にこわいのじゃー。
――ふむ。
竜さまは首を戻して、鼻息をあげる。
ニーノが竜さまを見上げた。
「どうもこのものは病を抱えているようです。ただ、私の目ではよく見えません」
――邪気がそれを取り巻いて霧のようになっておるゆえ、ニーノが見えぬのも当然である。しかし、わしは邪気を焼く火の吐き方は忘れたのじゃ。
「忘れたー?」
システーナがすっとんきょうな声を上げた。
――なんと! 何をしておるのじゃ!
――竜が火の吐き方を忘れるなぞ、不思議なことなのじゃ。
細お屑さまが疑問符の形になってる。
――友とおそろいなのじゃ。わしもよく忘れるのじゃ。
ひょいっと現れたお骨さまが、こわい物を見てかたっと首をかしげた。
――変なものがおるのじゃ。ぎゅっとつまっておるのじゃ。
つまってるって何だろう。
お骨さまの言い回しも、ときどき独特。
首をかしげたところで、また風が吹きつけた。
ぶー!
お骨さまを追いかけて、お影さまも飛んできた。
ぼっ……ぼ!
こわい物を見つけて、ばっと羽を開く。
ヴァアー――!
大きな声にどきっとした。
……お影さま、また火を吐きます!
――影よ。大事ない。これはゆがんだものだが、今は動けぬ。
竜さまの言葉に、お影さまは動きを止める。
ぼ
「ここに火を吐くと、エーヴェたちも燃えちゃいますよ!」
お影さまは首をかしげて、しぶしぶ羽を閉じた。でも、ぐっと首を下げて、こわいものをにらみつける。
こわいものは後じさりつつ、うなるのは止めない。
「お影さまは、竜さまが忘れちまった火は吐かねーの?」
「おお! そうですよ! お影さまは火を吐くのが得意です!」
システーナのいい考えに飛び跳ねる。
――影はおそらく、使い分けができぬ。
竜さまのほうにお影さまが首を向けた。
――影は名を受けたのが最近なのじゃ。
――名を受けてこそ邪気を焼く火が吐けるゆえ、まだ使い分けができんのじゃ! こわいものを燃やして終わりなのじゃ!
――こわいものが死んでおわりなのじゃ。しょんぼりするのじゃ。
お影さまは、お屑さまが二人増えてるのに気がついた。
親しげに鼻面を寄せる。
ぶー!
お影さまの声にお屑さま二人がパタパタ揺れた。
――ぽはっ! よい波なのじゃ!
――ぽはっ! ぽはっ! 影よ、初めましてなのじゃ!
お屑さまたちがごきげんになってる。
――友、地馳に頼めばいいのじゃ。地馳は大きくて元気なのじゃ。火も吐けるのじゃ。
――うむ。友の言う通りである。
竜さまは頷いて、こわいものを前肢でつまむ。
こわいものは何か叫びながら暴れてるけど、竜さまは爪で上手に引っかけてるみたい。
――では、行ってこよう。
ばっと羽を広げると、竜さまは強く打ち下ろした。
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