8.なぞのお影さま
「――起きたか」
青白磁の冷たい目がこっちを見下ろしてる。
「おお、ニーノ! ここどこですか?」
個室は寝るところしかないから、ニーノが見下ろしてきてるの今は、別の場所のはず。
「私の部屋だ」
――童、星のまどろみどきに行っておったのかや?
ニーノの腕でお屑さまがぴこんっと伸びた。
「お! おくずさま、おはようございます! エーヴェ、またまどろみどきにいました」
起き上がって辺りを見回す。
薬草の混ざり合った匂い。部屋には、道具が整然と置かれてる。中にはガラスの器もあるけど、それぞれが落っこちないように対策されてた。
「待て。起き出す前にこれを飲め」
ニーノが器を差し出す。匂いをかぐけど、薬っぽくない。
「お! 甘いです!」
とってもやわらかくしたお粥に、ちょっと甘みを付け加えた味。うすーい甘酒みたい。
「エーヴェ、長く寝てましたか?」
星のまどろみどきに行ったときは、夢の時間は短くても、長く寝てることがある。
「一日半ほどだ」
「おお」
なるほど、お腹がすいてるかも。
ニーノの手が喉や手首を触って、最後に額に手を当てる。
「……特に問題ない。外に行くか」
「はい!」
部屋を出ると廊下は薄暗かった。ヒカリゴケがぼうっと光ってる。
「あれ? 夜ですか」
聞いたけど、窓が目に入って気がつく。
稲光が走った!
「雨です!」
「そうだ。少し雨雲が増えてきている」
――この辺りは雲が多いのじゃ! 雨が来たのじゃ!
お屑さまが言ってたのは本当だったんだ。
窓に近づいてみる。空は大きくて強そうな雲がいっぱいで、ごろごろと不気味に光を放ってる。まだ雨は降ってない。
――山が雲のほうに行きたがるのじゃ!
つまり、進路が変わったのかな?
「水が必要だと、配慮してくださったのでは」
――いーや、違うのじゃ! 見たところ、雷と遊びたいのじゃ! ぽはっ!
竜さま正しい主義者の意見を、お屑さまが一蹴した。
「あ、そうだ! おくずさま、影の竜さまっていますか?」
大事なことを忘れてた。
――影の竜とは何じゃ? 竜の影かや?
「まどろみどきで会った竜さまです! 向こうが透けて見えたから影です。でも、形は竜さまでした!」
お屑さまは一瞬、ほわーっと漂った。
――なんじゃと! わしの知らぬ竜なのじゃ! わしの知らぬ竜に会うとは、童! でかしたのじゃ!
ほめられてにこーっとなる。
――これ! 詳しく話すのじゃ! 鼻をふくらませておる場合ではない!
おお、すぐに怒られました。
お影さまの姿を説明しようとして、部屋に置いてる砂絵板を思い出す。
お絵かきのために作った砂絵板。透明な細かい砂(材料は竜さまの糞)を敷き詰めた薄い箱で、棒を使って線を引く。
「羽はコウモリみたいで……大きい尻尾と、頭がありました」
砂絵板にできた絵を、お屑さまとニーノがのぞき込む。
――うーむ。頭が大きいのじゃ!
お屑さまがぴこんぴこんいろんな方向から絵を眺めてる。
「影の竜さまでしたから、エーヴェ、お影さまかと思いました。でも、全然お話ししてくれなくて、ぶおーって追いかけられて、竜さまが来たらいなくなってました!」
――話をせぬとはどういうことじゃ?
「こんなふうにお話できませんでしたよ」
「貴様はごあいさつをしたのか」
「しましたよ! 最初、エーヴェが見えないみたいでした。影だから目も耳もないかもしれません!」
目も耳もなかったら気の毒だけど、追いかけてきたからやっぱり目はあるのかな?
――山よ! お主は見ておらぬのか!
お屑さまが竜さまと話してる。今は、ニーノの腕にいるから話の内容は聞こえてこない。残念。
絵を眺めていたニーノが目を細めた。
「貴様、この絵は前肢がないが、この形で確かなのか」
指摘されて記憶をたどる。
「うーんと……、お影さまは全部影ですから、もしかしたら影の中に……」
角が生えた頭、広げてる羽、強そうな後ろ肢と太い尻尾が揺れてた。
「ありません! 前に肢があったら後ろ肢が見えませんよ」
ティラノサウルスみたいに小さな手だったら、あるかもしれないけど。
「そうか」
黙ったニーノの代わりに、お屑さまがぴょこんと伸び上がる。
――面妖なのじゃ! 童しかその竜を見ておらぬのじゃ! 山は、竜の気配もなかったと言うぞ! どういうことじゃ?
「どういうことですか?」
聞かれても、当然分からない。
お屑さまの知らない竜さまで、影しかなくて、竜さまはそこに竜がいなかったって――。
思いついた答えに、はっと息をのむ。
「え! こ、これは、おばけですか? ニーノ、これはおばけですか?」
ニーノを見上げた。全然表情が変わってない。
――何じゃ? おばけとは何じゃ?
お屑さまがぴこんぴこんする。
「おばけは、正体が分からない生き物のことです。普通は物を食べることもなく、どうやって生きているのか分かりません。個体によって、ある場所から急に消え、また現れるなどの理に縛られない動きをするようです」
……おばけって生き物だっけ?
考えてるうちに、お屑さまも考えてたみたい。
――おお! おばけなのじゃ! その説明通りなのじゃ! わしは見たことがないぞ! おばけの竜なのじゃ! ぽはっ! ぽはっ!
お屑さまは大興奮。私は口がへの字になる。
「えー! エーヴェ、おばけは怖いですよ! おばけの竜さまはいやです!」
地団駄踏んで、抗議した。
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