夏
あぁ、僕はなんて不幸なんだろう。
世界で一番素敵な彼女がいるのに毎日が不幸だ——。
彼女は僕がどんな辛いときも支えてくれる。
でも、僕の視界に彼女は映ってはいない。
僕がどれだけ残酷なことをしているのか、きっと彼女だってわかっているだろう。
だからこそ、余計にタチが悪いし、罪悪感で死にたくなることさえある。
だけど、彼女はいつだってそんな僕を笑顔で支えてくれる。
愛してくれる。
それなのに僕は——。
昔、僕には本当に愛し合った女性がいた。
それこそ、出会ってすぐに恋をして結ばれた。
だけど、運命は残酷で僕と彼女の関係は強制的に引き裂かれてしまったのだ。
それこそ、ある日を境に唐突に永遠に——。
僕はいまだに彼女のことを忘れることはできないでいる。
一日だって忘れることはできてない。
彼女と過ごした幸せだった日々……。
いつか一緒にしようねと交わした約束……。
それらの思い出がいつまでも色褪せずに消えてくれないのだ。
もう二度と彼女は戻ってこないの頭ではわかっているのに……。
桜がとても好きな人だった。
確か、僕がプレゼントした桜の花びらのイヤリングを嬉しそうに耳につけてくれていたっけ……。
彼女は百貨店で購入したチェリーブロッサムの香水をよくつけていた。
今でも桜の匂いがすると瞬時に彼女との思い出が脳裏に蘇る。
今年の春だって、桜を見ると彼女のことを思い出してしまった。
そして、一人つらくなる。
あぁ、どうして君はいなくなってしまったのだろうと——。
そんないつまでも前に進めない僕の隣には、いつだって支えてくれる今の彼女がいる。
僕にはもったいないほどのできた人だ。
愛嬌があって、優しくて、思いやりがあって、笑顔が素敵で……。
それなのに、僕の心はいつまでも晴れないでいる。
失ってしまったあの人の幻影をいまだに追いかけて、今の彼女に重ねているのだ。
あの時、彼女にしてあげたかったことを——。
あの時、彼女と行くと約束した場所への旅行を——。
あの時、彼女を幸せにしてあげられなかったことを——。
「うれしい。私、本当に貴方の彼女になれてよかった。大好きだよ!」
無垢な笑顔でそう僕に微笑みかける彼女。
花火大会へと向かう彼女の浴衣姿とお団子ヘアーはより一層彼女の魅力をかき立てている。
すれ違う人々が振り返ることが彼女の美しさを証明しているだろう。
そんな姿を見せられて、僕は胸が締めつけられる。
だけど、今の僕にできることは——。
「うん、僕もだよ。愛してるよ」
そんな言葉が僕の口から出てくる。
この台詞は真実であり嘘だ。
矛盾しているように思えるこの感情も愛だと僕は断言できる。
今の彼女のことはとても大切だ。
傷つけたくないと思っている。
これは本心である。
この気持ちを愛と呼ばずになんと呼ぶのだろうか。
だが、それと同時に自分の中にモヤモヤとした感情も渦巻いている。
あの人を越える人はいないのだと——。
どれだけ美しくて、どれだけ綺麗で、どれだけ知的で、どれだけ僕のことを大切に思ってくれる人がいたとしても、あの人の魅力には敵わない。
あの人と思い描いていた理想の未来は越えられない。
強くそう思ってしまっている。
だからこそ、心の中ではこう思っている。
君のことは愛してる。
ただ、それ以上にあの人のことを今でも愛していると——。
僕だって、好きでこんな感情を抱いているわけではない。
できることならば、あの人のことなど全て忘れて今の彼女に愛を注げたらとどれだけ願っただろう。
それなのに、僕はいまだにあの人のことを引きずって彼女の姿に重ねてしまうだった——。
今日だってこれからあの人と行こうと約束していた隅田川の花火大会に彼女と向かっている。
既に息苦しさでどうにかなってしまいそうだ。
僕は様々な感情に日々苦悩している。
あぁ、僕はなんて不幸なんだろう。
世界で一番素敵な彼女がいるのに毎日が不幸だ——。