最終話 僕らの進化
「俺は六本松あきら。コスプレイヤーの母と会社員の父、BL好きの姉をもつ20歳。誕生日は1月1日でケーキがケーキ屋さんでかってもらえなくて悲しかった。彼女は今いない。バケツプリンを食べてみたいけどバケツって掃除のイメージがあるからちょっと嫌かもしれないというのが最近の悩みです」
ちょっとバカっぽいかな。でもバケツプリンは死ぬ前に一度食べてみたかったんだ。
「バケツプリンかぁたしかに悩ましいね」
大星さんも苦笑している。
「なんか、たしかに変わった感じはしないですね。ほんとに僕も宇宙人なんですか?」
「こうしたらわかるでしょ?」
大星さんが俺の手を握るとまたほわほわとした暖かさが広がる。同時にどっしりと地に足がつくような精神的な安定も。
「なんていうか、安心感?安定感?がするんですけど、これって」
「同族と一緒にいるとすっごく安心するんだ。僕らの星ではみんなで寄り添って過ごしてるからね。独りだと寂しくて弱っちゃう。僕だけじゃなくて同族皆に同じように感じるよ。人間と違って同族殺しなんかはしないし出来ない。それこそ相手を傷つけると自分が傷ついたみたいに痛みまで共鳴するからね」
「平和そうな民族?ですね」
宇宙族?というべきだろうか。
「うん。たまたま僕らも地球に流れ着いたんだけどさ。仲間を増やすためには僕らは空気に触れないようにして細胞を分ける必要があってね。いろんな生き物とか人類と合体してほそぼそと仲間をふやしてきたんだけどとりあえずバッタ星人って呼ぶけど、やつらが急に地球を荒らしだしたからびっくりしちゃって」
困ったもんだ。という感じで大星さんは笑った。
「脳を娯楽のために食べるなんて野蛮だし、そもそも日本が最初の上陸地だったのも運が悪かったよね。脳を食べられた後再生まで時間が欲しいんだけど、日本って死んだらすぐ通夜で火葬だから再生が間に合わなかった仲間がたくさんいるんだよね」
ついさっき感じた恐怖が現実に起こってしまった仲間がいたという事実に胸が締め付けられる。
(なんだ、これ、なきそうだ)
ちょっとさっきから感情がジェットコースター状態だな。なんなんだ。
「大雑把な説明をさせてもらうと僕らが合体した人間はすべての細胞が幹細胞に変わるんだ。だから多少切られても再生できる。かんたんには死なない。身体が二つに分かれたら一定の条件下なら再生が可能だ。プラナリアって生き物がいるだろ?ああいう感じでクローンが出来る」
生物の授業で聞いた覚えがあるなと遠い記憶を引っ張り出す。
すごく小さいくせに生命力がすごくて頭を縦半分にしたら頭が二つになったりするんだったよな。
「だからバッタ星人が脳を食べた後でも火葬までの時間があれば脳を再生して生き返る事ができるんだ。再生速度は個体によるんだけど。僕はオリジナルに近いから再生のスピードが早いんだ。でも短時間であきらくんを生き返らせるためには多めに細胞を分ける必要があってキスさせてもらった」
ぬるりと喉をくだっていったのは大星さんの細胞だったのか。
(どの部分とか考えないほうが良さそうだ)
「僕ら平和主義のさみしんぼうなんだよ」
にっこりとわらう大星さんは宗教画のマリア様みたいな優しい顔をしている。
俺のすべてを愛しているみたいな。
「さみしんぼう」
(寂しくて死んじゃうのはウサギだったっけ?)
「そう。死ににくいから争い事なんかして手足がちぎれるとどんどん数が増えるだろう。そんなことじゃ住む場所がすぐになくなっちゃう。だから争うことが嫌いで同族と一緒にいないとダメなさみしんぼうに進化したんだ」
たしかに殺し合いで刃物を振り回せば振り回すほど同じ顔した敵の数が増えるなんてシュールだ。
生物としての構造を変える事はできなかったから精神構造を変えたのか。
「あ、そう言えばまだバッタ星人が脳を食べ続けてるんですよね?」
「うん。でも彼らはもうすぐ自滅するから大丈夫」
「クイーンが早川さんの用意した最高のBLという禁断の果実を味わってしまったからね」
「?」
「バッタ星人はクイーンが卵を産むのにオスが必要なんだよ」
大星さんは楽しげだ。
「でもクイーンが味わったボーイズラブという特性が次代の卵に伝わるとオスはクイーンと性行為をすることがない。つまり子孫が絶えてしまう。刺激の強いジャンクフードを食べ過ぎた代償だよね。バッタ星人は進化の方向を間違ったな。ふふふ」
そういって笑った顔が大星さんらしからぬ黒さをたたえていたのを俺は見なかったことにした。
俺の本能がこの人に逆らってはいけないと告げている。
早川さんがBLを演じろと言ってきたときに大星さんの声が震えていたのは。
無理に笑顔を作っていたんじゃなくて。
(おかしくて吹き出しそうなのを抑えていた?)
「はやく地球でも僕たち寄り添って生きていきたいねぇ」
「そうですね」
(触らぬ神に祟りなし)
ヒヤリとした何かに気づかないふりをして僕は大星さんとほほえみあった。
僕たちは同族とは争わない方向に進化したんだから。
僕らだらけになったら地球はきっと優しい世界になるのだから。
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