特別公演
白い部屋の中、大星さんと俺だけの舞台が始まった。
早川さんはまばたきをしているのか心配になるレベルで俺たちの方を凝視している。
『白い砂とかもめ』ビーチーバレーを通じて友情を育み成長する二人のライバル。南川と北田というキャラクターを使っているだけで原作には全く関係のない舞台設定で書かれた台本をこなしていく間は死ななくてすむ。らしい。
(やっぱりドッキリなんじゃないのかな?)
そう思いながらも大星さんが演じるならと付き合いでやりはじめたけれども俺のダラダラとした気持ちはあっという間に大星さんの熱に引きずり込まれて消えた。
クライマックスシーンを集めたような台本の作りに舞台設定を頭に入れたら感情をトップギアでのせなきゃいけないようなものばかりでアドレナリン過多でないとこなせない。
大星さんの演じる真面目で頑張り屋の南川と俺のちょっとお調子者で天才肌の北田は舞台が変わっても反発しあい惹かれ合いお互いを認める。
Act 1
「お前とあえて良かった」
「だめだ!!やめてくれ!!俺を置いていかないでくれ!!一人にしないでくれ!!」
「あの子達を頼む……」
「いやだ!いやだ!いやだー!!」
(あーのどいてぇ。てか年齢いくつだ?)
Act 16
「おかしいですよ!!なんで?みんな真面目に生きてきただけなのに!!神さま!!」
「神さまなんていないんだ。自分の力で立ちなよ坊や」
「あんたなんかに何がわかるんだよ」
「わからないさ。泣いてすがって助けてくれだぁ?なんのために俺が権力の犬になったと思ってるんだ坊や。許せない敵がいるなら合法的にひねり潰そうぜ。法治国家の楽しい美味しいところだろ」
「何をするんだよ」
「ショータイムの始まりさ」
(カッコつけすぎだろ)
Act 30
「あんたばっかりにいいかっこさせられないだろう」
「は、いうねぇひよっこが」
「行くぜ。遅れんなよおっさん!!」
「お前こそ。置いてけぼり食らってピーピー泣くんじゃないぞ」
「バカにすんなぁ!」
(とりあえず男同士ならなんでもありなんだろうな)
Act75
「来い!!皆の思いをたくされたこの聖剣。俺が死んでもお前は絶対倒してみせる」
「ほざけ!!人間の小僧一人が何が出来るというのか。お前の骨も今までの勇者と同じように魔王城の垣根につかってやろう」
(骨でDIYかよ。魔王も大変だなぁ)
Act 100
「ずっと親友だろ」
「そうだな。また明日」
「おう。また明日」
(死亡フラグだな。なんでもないようなことが幸せだったと思うってやつだ)
何度も舞台設定が変わってもキャラは変わらないから思っていたよりも演じるのは楽だった。
一幕終わる度に休憩を入れる。
スイッチを切ってスイッチを入れて暗記して忘れて暗記して忘れて頭がショートしそうになる。
限界が来たら仮眠を入れる。床に寝転がっただけで睡魔はすぐに訪れた。
もうどれだけ時間が過ぎたのかわからない。
早川さんは食い入るように俺たちを見つめ続けている。
「大丈夫?これで最後だよ」
そう言って俺を見る大星さんは疲れを感じさせない。
さすがプロだ。
「はい。やっちゃいましょう」
最後の舞台は世紀末だ。二人きりで世界を生きている南川と北田。ちょっと不安定な南川を支える北田。
Act 235
「ずっと考えていたんだよ。どうして僕らがここにいるんだろうって」
「お前はほんとにめんどくさいな。幸せになるのに理由がいるのかよ。悲しいより嬉しいほうがいいだろうが。ぐたぐたいうなよ」
「一人は嫌だな」
「何言ってんだ。俺がいるだろう」
「……だな。相棒」
「ずっと一緒だ」
「……うん」
差し出された手を握り返す。ずっと一緒にいるという約束が熱になる。
最後のセリフを言い終えて僕らは見つめ合った。
(終わった)
さっきまであった焦がれるような強い気持ちが指先に残っているけれどそれもだんだんと熱と一緒に引いていく。
(ってか人生終わるの?冗談じゃなくて?)
沈黙をやぶったのは安定の早川さんの叫びだった。
「はーーーーー!!!すばらしい!!すばらしいです!!あーたそも、はーたそもお疲れさまでした。クイーンも大変満足されると思います。時間内に仕上げてくださってありがとうございました。感動しました。人生最後の瞬間を推しとともに迎えられるなんて。幸せです!!みなさん!さようなら!!」
早川さんは涙を流しながら叫んでいる。
今から脳を喰われるというのに元気過ぎて今までの説明がやっぱり嘘だったんじゃないかと思える。
「大星さん、やっぱりドッキリなんじゃ」
「ごめん。嫌だったら後で殴っていいから」
そういうと大星さんが俺の顎を軽く持ち上げた。
「え?」
気がつけば深く重ねられた唇。
ぬるりとしたものが俺の口へ侵入した。生暖かい何かがずるりと喉の奥へ降りていった。
「んにゃー!!!わが人生に悔いなし!!」
早川さんの叫び声が耳をつんざく。
なぜか口に残る鉄の味。何が起きたのか理解がついていかない。
大星さんは俺の頬をひとなでして微笑んだ。
「これで僕の心残りもないかな」
シューっという音が耳に届いて霧のような何かが天井から降ってくる。
大星さんを殴るつもりはなかったけど殴る時間すら与えられなかったようだ。
あっという間に視界が悪くなる。
白い霧越しに優しい瞳で微笑まれてこれが人生最後の景色。走馬灯は見れないのか。なんて思いながら急激に襲ってきた眠気に目蓋を閉じた。