食物連鎖
早川さんは音がしそうなほどパチリパチリと大袈裟にゆっくりまばたきをして話を続ける。
「クイーンたちは世代交代が大変早い。違法ドラッグであるところのクールジャパニーズ脳を食べることで今はさらに世代交代の期間が短くなっているそうです」
うんうん。と首を小刻みに振りながら早川さんは言う。
「BLが好きなクイーンとしては原作とアニメはもう摂取したので次のクイーンに代替わりする前に2、5次元と二次創作系を一気にキメタイそうです。」
「ちょっとまってよクイーンはどこにいるの?」
「多分びっくりするから会わないほうがいいですよ。知らないほうがいいこともあるんです。姿形はバッタに似ていますけど。宇宙人ですから地球の常識とはちょっと違う感じですね」
「クイーンが欲しい娯楽を提供した後は僕たちはどうなるのかな?」
「残念ながら食べられちゃうのは変わりません。でも優しいクイーンは私達が寝ている間に脳を食べてくださいます。痛くないです。よかったですね。」
「なんでそんな平気そうな顔して話せるんだよ。早川さんの脳も食べられてしまうってことだろ?死んじゃうんだろ?」
「ええ。ですが考えてください。二次元しか愛せない私は生涯独身を誓っていました。食物連鎖で命がつながっているのですから地球の生態系の中で頂上である人類であったがゆえに未来に命をつなぐことができないと思っていましたが……私の命が宇宙規模での食物連鎖に組み込まれる」
早川さんの瞳がうっとりとしたものに変わる。
「なんてすばらしいんでしょう!それにお二人の絡みを目に焼き付けることができる。かつクイーンへの布教活動にもなる!!クイーンの嗜好は次世代に受け継がれる。つまりわたしの記憶遺伝子が宇宙に広がる。これは役得です。私だけこんなに幸せでいいんでしょうか?ぐふぐふぐふふ」
「絡みって俺たちゲイじゃないんだけど」
「もちろん!!ダメ絶対。性的虐待!性的搾取!!です。推しに嫌な気持ちをさせるなんてオタクの風上にも置けません!!でもお二人には芸がありますよね?芸能人なだけに。ぐふぐふぐふぐふ。私が求めるのは匂わせボーイズラブ。ノーマルのはずなのにふとした瞬間二人の間の空気が変わる。え?ちょっとまって?実は?本当は?多分本人たちも気づいてない。そんな心の機微を見せてほしいんです。どっちかというと私はブロマンスよりで」
「男同士の友情ってやつならいつもの演技と変わらなくない?」
「何を言っているんですか?それじゃあただのヲタクの妄想で終わってしまいます。私は実際にクイーンに『白い砂とかもめ』のブロマンスの世界を届けたいんです。本物を!!」
早川さんの目が怖い。興奮剤をきめているんじゃないかというくらい鼻息が荒い。
「で、僕たちは何をすればいいのかな?早川さん」
大星さんの声がかすかに震えている。
無理に笑顔でいるんだろう、大星さんにしては不自然だ。
(そりゃ怖いよなぁ。大星さん繊細そうだし)
俺はこの素っ頓狂な話を理解することをそうそうに諦めた。難しい話を考えるのは苦手なんだよな。
「お二人に演じてもらいたい台本はこちらに私がこちらにきて書き下ろしたので誤字脱字がありましたら教えていただけましたら修正します」
そう言ってわたされたのは漫画週刊誌に少し届かないというくらいの厚さのものだった。
「本気?」
「これ、覚えんの?」
まさかの台本の厚みに俺も大星さんも絶望をあらわにする。
「オムニバス形式で行きますのでご心配なく。全編通しというわけではないです」
「それはどうも」
ざっと目を通して早川さんを見つめる。
「聞いていいかな」
「どうぞどうぞ。作品の世界観はしっかり理解した上で演じていただきたいです」
「この勇者と魔王ってどっからきたの?」
俺の質問に大星さんも続く。
「西部劇の保安官とそれを助ける助手?」
「オメガとアルファの運命の番?」
「殿と御庭番?時代劇?」
「女体化?」
「幼児化?」
『このお話全部どっからきたの?』
俺と大星さんの叫びが白い部屋に響いた。
ニヤニヤ笑う早川さんの目が拒否権はないと言っている。
「素晴らしい原作から発生する同人世界に不可能はないのです」
かくして以前俺たちが演じたビーチバレーボール漫画とはぜったい関係ないだろうという二次創作2.5次元二人芝居の幕はおとされたのだった。