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2/9

安心してください。最初から腐ってますよ

人間をなにもない部屋に閉じ込めると気が狂う。

脳が刺激を求めるからだって。

よく知られていることだと思う。


真っ白な壁。なにもない部屋につれてこられた俺は最初実験動物として扱われるのかと思った。


実際は食料品、いやジャンクフード扱いだったわけだけど。


部屋に入れられた俺は部屋の奥に床に座る女性を見つけて一人じゃなくてよかったと思った。


肩までの髪を後ろでくくっている化粧っけのない年齢不詳の彼女はスポーツをしていたのか黒いジャージの上下姿でたまに俺の方を見ては「はぅ!」だの「ぐふぅ!」だのよくわからないうめき声をもらす。


(一人じゃなくてよかった、のか?)


まさか殺人鬼とかじゃないよな。嫌な想像で背筋にぞわりとした悪寒が走った。


でも見た目は人畜無害そうな小柄な女性だし。

とりあえず情報交換をしたくて一歩近づく。


「はぅ!だめぇ!公式からの過供給!!」


手をふって止められた。


「えっと、大丈夫?」


「はぁはぁはぁはぁはぁはぁ……無理!!待って!!」


「うん?」


沈黙が続いた。

彼女の荒い息遣いだけが部屋に響く。


「あの?なんでなんにも言わないの?」


しばらくして立っている俺を下から見上げそう言った彼女は意外に幼い雰囲気だった。


「待ってって言われたから?」


「素直かよ!!」


すごい勢いで天を仰いで叫ばれた。


(別にいいけど初対面の人間にフランクすぎないかな?やっぱりこの部屋に入れられたストレスかな?)


「えっと、うん。もういいのかな?話せるの?」


「待って無理!鼻血!!」


「出てないみたいだけど、ティッシュいる?」


確かポケットに入れっぱなしだったと思い上着のポケットを探る。今日はアウトドア用のブランドの上着だからやたらとポケットが多くて財布の携帯の他にもティッシュとか色々持っているはずだった。


「物理ではなく。心の鼻血!!無理!!」


心の鼻血を流しているらしい彼女は心臓がある辺りを左手でぐわしって音がしそうな感じで握り、右手で鼻を押さえている。相変わらず息が荒い。


(よくわからない人だな)


何も会話のない時間がまたすぎていく。

時折ちらりと俺に視線を向けて来るからコミュニケーションを取る意志はあるんだと思う。


「落ち着きました?」


また「ぐふぅ」と音をたてて下を向いてしまった彼女にもう一度声をかける。

二メートルほどはなれた床に腰を下ろす。

感染症対策でも推奨されている距離だから、丁度いいくらいの距離だと思う。


「あの、とりあえず自己紹介しませんか?俺、六本松あきらです。大学生です。それで、あなたはいつからここにいるんですか?」


「は、早川かのこです。ぐぅ。か、会社員で、ぐぁ、す。三日前からここに、くぅっ」


ぱっちりとした目元小さな鼻プクリとした唇。

よくみれば顔立ちは悪くないはずなのに奇妙なうめき声とニヤニヤと緩む口元が彼女の印象を残念にしていく。


「病気ですか?息が少しおかしいですよ?」


「病気かと言われればこれはもう不治の病」


「えっと薬とか?持ってます?」


「推しが薬。いや、推しがいるから起きている病。つまり薬と病が表裏一体。え、じゃあ薬と病はカプ?薬が病を癒すと薬と病は会えなくなってしまうから、つまり悲恋!この場合やっぱり病が受けで、右固定していいの?ほんとうに?え、まって、無理」


早口でぶつぶつと呟くと早川さんはまた一人の世界へ入ってしまった。


その様子を見ていて俺は気づいたことがある。


この早川さんは腐っている。物理ではなく腐女子である。


俺を見て奇声を上げて早口でしゃべり自分の世界に入っていくこの姿が既視感しかない。

俺には年上の姉がいるんだけど。姉と姉の友達が早川さんと同じ行動をしていた。


男同士の絡みを喜ぶ嗜好を持つ彼女たちを腐女子とよぶんだよな。


だから彼女はこの白い部屋のせいで狂っているわけではないんだ。


(安心してください、俺)


次にいつ会えるのかもしれない姉を思うには複雑すぎる感情で遠い目になる俺だった。

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