表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/11

7品目『刺傷』

 カフェの眼前には日本刀を手にしたアズキ。

 シュガーの眼前には鉄扇を広げたマドレーヌ。


 双方共に突きつけられた凶器は目と鼻の先。逃げ道は無いに等しい。どちらを見ても鋭い銀の輝きが目に入り、本能的な恐怖を覚えさせる。


 だがシュガーの手元には武器もなく、当然超能力があるはずもない。

 カフェの方へ視線を向けても、彼女には刃が向けられ一触即発の状況だ。

 まさに絶体絶命。冷や汗が頬を伝う。一昨日、マドレーヌとエクレアに追い詰められた時と同じだった。


「シュガーっ!」


 名を叫びながら振り向くカフェ。だがそこへアズキの刃が迫り、彼女は咄嗟に手に取ったトレイで弾き返す。

 そのうえで返された勢いも意に介さず、さらなる追撃の刺突を放つアズキに、カフェは回避を強いられた。


「余所見したらあきまへんで? 店長はんの相手はうちなんやから」


 言葉と共に放たれる水平斬りを飛び退いて避け、拳を構え攻勢に出るカフェ。

 振り抜く拳そのものは届かずとも、彼女の掌が開かれた瞬間に噴き出すコーヒーの波は一直線に相手へ向かっていく。


 そうして起きた濁流によって死角が生まれ、アズキの姿がカフェの視界より消えた。そしてその瞬間、シュガーの方へ、銀色のなにかが投げつけられる。


 カフェは攻撃を中断し、そちらに水流を向ける。コーヒーの波は飛来物の勢いを殺し押しとどめるが、銀色の正体はただの1本のスプーンだった。


 なんて余所見をしている隙を突き、気がつけばアズキは一気に間合いを詰めている。

 懐へ飛び込まれ、回避行動が遅れ、下方からの斬り上げがカフェのエプロンの端を切り裂く。それを目にして、カフェは小さく舌打ちしていた。


「なんや、そっちのかわい子ちゃんが気になるんか? 今はうちが相手や言うたのになぁ」


 アズキの言う通り、シュガーへの心配がカフェの足を引っ張っているらしい。


「本調子ならこんなただ太刀握っただけのうちなんてひとひねりやろうに。相当大事なんやね、その子」

「……大切よ。悪い?」


 ──カフェは強敵との戦いの最中にあり、己を身を守れるのは自分だけだ。そんな中で、マドレーヌが1歩、また1歩とシュガーへ歩み寄り、シュガーは壁際に追い詰められてゆく。


 そして、背中がカウンターに触れる時はすぐに訪れた。それ以上の後退は不可能で、マドレーヌが伸ばした手は何にも邪魔されることなくシュガーの頬を撫でた。


「……やっとじゃ。エクレアがこの傷をつけてからずっと……わしはぬしを食らう日を夢みておった」

「なんで、私なんですか」

「理由など決まっておろう。ぬしが美味しそうなのが悪いのじゃ」


 皆、同じだ。シュガーを邪な目で見る来客も、殺そうとするエクレアやマドレーヌも。

 シュガーのことを見ているようで、妄想の中の美味のことしか見ていない。


 マドレーヌの唇の端から唾液が一筋垂れた。彼女はそれに気がつくと、衣服の袖で軽く拭おうとする。


 ──今しかない。


 体はマドレーヌに向けたまま、カウンター下の収納スペースを開け放つ。ここに仕舞ってあるのは調理器具だ。両手で1つずつ引っ掴んだ鍋を投げつけ、マドレーヌが払い落としている間にまた適当な調理器具を掴み、エプロンのポケットに突っ込んで、駆け出した。


 当然追ってくるマドレーヌ。フライ返しを投げつけて、かわされて、フォークを取り落として、苦し紛れに投げたスプーンもはたき落とされた。

 けれど、そうして稼いだわずかな時間で、シュガーはキッチンの棚までたどり着く。


 そこからは間に合うことを祈りながら、全力を尽くすだけだ。最小限の動作で戸を開き、中身を掴んで、その包装を一思いに引きちぎった。真っ白な粉があまりに飛び散った。


 この時点ですでにマドレーヌとの距離は1メートルもない。首めがけて鉄扇が振りかぶられていて、躱すのは間に合わない。

 なら抵抗するまでだ。左腕で首元を守って、右手は破られた袋をマドレーヌの顔面にぶつけようとする。袋の裂け目から溢れた小麦粉の群れがマドレーヌを襲い、一気に視界を奪う。


「おのれ、小癪な──」


 開かれた鉄扇が振り抜かれ、鋭くシュガーの左手を傷つける。皮膚と肉が裂ける痛みが脳に響いてくる。だがシュガーの尺骨は金属を食い止めた。シュガーはまだ死んでいない。なら、まだ抵抗できる。


 ポケットの中から、無傷なままの右手は包丁を引っ張り出した。そのまま、マドレーヌへと突き出され、そして彼女の衣服を破り、肉体へと到達する。


「──ッ!?」


 皮膚を突き破り、肉を裂いていく確かな手応え。包丁の刃はマドレーヌの腹部に深く飲み込まれ、シュガーがそれを引き抜いた瞬間、多量の血液が溢れ出した。


 人を刺すのはこんな感触なんだ──なんて感想を抱いている暇はなく、マドレーヌが痛みに怯んでいる隙にも動かなくちゃならない。


「が、ぁアッ……!? 獲物の、くせにッ……ひぎっ!?」


 血がべっとりと付着したままの刃で、今度は左の腋を突き刺した。ぶちぶちと紐状のものがちぎれるのがわかる。そして直後、力の抜けた左腕がだらりと垂れて、鉄扇が床に落ちた。


 残るもう片方の鉄扇も、シュガーの尺骨に受け止められている。そのうて、今のマドレーヌには、その手首を掴むシュガーに対し抵抗する力はない。

 武器を封じられ、呆然としたまま口からも血を吐くと、マドレーヌは膝から崩れ落ちた。


 ここで、ようやく煙幕が晴れる。キッチンの床には、鮮血の赤と、小麦粉の白が奇妙なコントラストを描いていた。


「あー……ありゃ、もう帰った方がよさそうやなあ。うち、辞退するから、後はもうよろしく頼むわ」


 その様を、カフェとの戦闘を続けながら見届けたアズキは、突如そう呟くと攻撃を止める。

 そして、その瞬間に繰り出されるカフェの拳をゆらりと避けたかと思うと、次の瞬間に彼女は喫茶店の出入口に立っている。


「ほい、これ食事の代金な」


 そう言って、少額の金銭の入った小さな皮袋をカフェの方へ投げ渡すと、アズキの姿は日本刀とともに雑踏へと消えていってしまった。


 カフェもそれ以上アズキを追うことはせず、シュガーの元へと駆け寄ってくる。


「シュガー、大丈夫!?」

「……あ、はい。私は、大丈夫です」


 少なくともシュガーは少し手首を怪我しただけだった。


 だがシュガーの足元に転がっている相手に関しては、そうもいかない。今も出血は続いており、放置すればこのまま失血死することは明らかだ。

 カフェはカウンター下の収納から救急箱を用意するが、包帯でどうにかなる怪我じゃない。


 あ、私、人殺しになるのかな──。


 なんて、手に伝わったあの包丁で突き刺す感触を思い出しながら、ぼんやりと考える。


 その思考を中断したのは、喫茶店の扉をくぐって現れた、女性の声だった。


「おい! カフェ、シュガー! 無事か!?」

「……カスタード、さん?」

「あぁ、カスタードだ。私のことがわかるってことは、脳みそはイカれてないらしいな」


 カスタードはいつもの薄着の私服ではなく、どういうわけか紅色の軍服姿である。

 彼女の指示により、同じ軍服の者たちが大勢喫茶店に入ってきて、真っ先にマドレーヌの傷の対処にあたり、よくわからない薬を塗布したり色々な処置がされていく。


 手馴れた手つきで、流れるように応急処置が行われると、今度は担架が運ばれてくる。

 気がつけば気絶した連中も含め床に転がっているのは誰もいなくなっていて、血痕とシュガーが逃げ回った形跡だけが残っていた。


「容疑者は支部に運びます?」

「あぁ、頼む」


 傷だらけの少女が運び出されていくのを、シュガーは呆然と眺めていた。ふいに、シュガーの傷ついた手にカフェの手が触れて、傷口が少し痛む。


「……ごめんなさい。私がついていながらこんなことに……本当なら、もっと早く気がつくべきだったわ」

「いえ、カフェさんは悪くないですよ。悪いのは襲ってきた方です」


 だから、彼女はシュガーに刺されても文句は言えないんだ。

 そう自分にも言い聞かせて、謝るカフェに弱々しく微笑みを返した。


 ◇


 腰に刀と鞘を提げ、アズキが歩くのは街外れの森の中。彼女は急ぎ足で落ち葉を踏み、やがて見えてくる小さな掘っ建て小屋を目指す。


 そこで待っているのは、木製の簡素な仮面を着けた1人の女だった。

 厚手のローブで全身の素肌は隠され、長い白髪の他に見えていない。しかし布の上からでも胸元の隆起が目を引く。

 そんな彼女の姿を見つけると、アズキはその側にまで駆け寄っていく。


「戻ったで、先生」


 先生と呼ばれた女は、植木鉢に水を注ぐのを止めた。そして手にしていた如雨露を置き、アズキの方を向いた。


「おかえりなさい。どうでしたか? お仕事の方は」

「ぶん投げてきたわ。国軍に捕まるくらいなら雇い主なんて安いもんやし」


 事実上、アズキが貴族家から金で請け負った仕事は失敗したという報告だった。

 その話を聞かされた先生は、叱るのではなく、アズキの髪を撫で優しく言葉をかける。


「アズキは凄いですね。能力者を相手にして無事で戻ってこられているのですから。貴女が私の生徒で本当に良かった」


 当然だと言わんばかりに胸を張るアズキ。ふたりの背丈はそう変わらないが、この光景を見る者がいたならば、親子のように見えただろうか。


「さて。次へ駒を進めましょう。マカロン・ムラング……次は彼女の番です」


 先生の言葉とともに、森の中を風が吹き抜け、葉がさらさらと擦れる音が響く。


 不思議とその中には、小鳥の囀りも、獣の吠え声も、先生と生徒を除く生物の気配は全く混じっていなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ