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6品目『繁盛の秘密』

 シュガーの喫茶店勤め初日は、何度もお姉さん方に言い寄られたものの、無事に終わりを告げた。

 カフェの喫茶店の閉店時間は日が沈むと同時だ。最後まで残っていたお客さんが帰っていき、やっと緊張の糸が抜けたシュガーはその場にへたり込む。


「ふぅ……長い一日だったなぁ」

「お疲れさま。今日はとっても頑張ってくれたわね」

「はい!」


 あれからというもの、実に20個近くのサンドイッチを手作りした。こんなに一度に料理を作ったのも人生で初めてだ。

 その全部が好評だったのは凄く嬉しいことだ。それと同時に、カフェは毎日こんな生活をしているのかと思うと、尊敬の念を覚える。


「カスタードも喜んでたし、いい働きっぷりだったのだわ。

 あれ、けっこう珍しいのよ。私が作っても、調子が悪い時はダメ出ししてくるんだから」

「そうなんですか……?」


 カスタードはシュガーが朝食を食べるのを観察した後、カフェさんといくつか小難しい話をすると、仕事があると言って店をあとにしていた。


「昔から食べ物にはうるさくてね。食べ物に妥協したら何もかも味気なくなっちまう、とかなんとか」


 そういえば、彼女の仕事とはなんなのだろう。カスタードとは会ったばかりで、カフェと旧友であることと、この店の常連であること、そして血があまり美味しくないらしいことしか知らない。

 もっと仲良くなったら、教えてくれるだろうか。


「じゃあ、もう戻って休んでいていいわ」

「あれ? でもまだ後片付けが」

「疲れたんでしょう。私は慣れているから、これでいいの」


 事実、慣れない労働により、シュガーの体力は消耗していた。それに一日中食人者の視線に晒されるのは、安全とわかっていても精神的にくるものがある。

 カフェには申し訳ないが、ここはお言葉に甘えさせてもらおう。


「晩御飯は出来たら呼ぶわね。お昼のスープより美味しく作るから、楽しみにしてて」

「はいっ!」


 さすがは1人で喫茶店を回してきた吸血鬼と言ったところか、カフェの作る料理は美味しい。


 何から何まで頼ってしまっているけれど、今は甘えていてもいい。彼女もそれを認めてくれている。

 明日からは……そうだ、明日からは、きっちり自分のことを自分でやろう。


 自立を先延ばしにして、晩御飯のことを楽しみにしながら、シュガーは階段を上り、与えられた自室に戻っていく。


 これからたくさんの人に聞いて、訪れるお客さんを怖がらずに話しかけていればきっと、シュガーの求めている情報にたどり着けるかもしれない。

 そして、それは明日の出来事かも。


「……よし、明日も頑張るぞ!」


 ◇


 翌日、気合いを入れて制服に着替え、朝ごはんのトーストをお腹に押し込めたシュガーは、昨日よりも忙しく働いていた。

 彼女がやる気を見せているだけでなく、単純に客の量が増えているのだ。


「カフェさんっ! 3番テーブルさんからコーヒー2つとエッグサンドのご注文です!」

「えぇ、わかったわ」

「次は1番さんが……あっ、はい、お水ですね! すぐお持ちします!」


 朝は昨日と同様、朝イチにカスタード、あとは数名くらいしかお客はいなかったはず。

 それなのに、昼に近づくにつれて明らかに客が増えており、なんと席がいっぱいになってしまっている。そしてその殆どが昨日は見なかったお客さんだ。


 注文の波が切れると、シュガーは一息ついて、料理を続けていたカフェに尋ねる。


「あの……いつもこんな感じなんですか?」

「いいえ、もっと閑散としてるわよ。控えめに言って異常事態ね」


 カフェ曰く、本来はここまで繁盛することは想定されていないという。

 軽食をとってゆっくり話すなんて業態はここくらいで、コーヒー自体が主に薬用でありメジャーな嗜好品ではないんだとか。


 実際、シュガーはコーヒーの実物を見たことがなかったし、コーヒーハウスのこともカフェのもとに逃げ込んで初めて知った。


「誰かが宣伝してくれたんでしょうか?」


 追いかけられていたシュガーが咄嗟に逃げ込めるくらいには入店しやすいはず。なんたって、扉を開けばすぐそこに大きな通りがある。


 だけど、そこは殺人現場だ。船長はあの場所で殺されている。


 つい一昨日に殺人現場があったすぐ隣にある、マイナーな業態の、マイナーな飲料を提供するお店。

 いきなり繁盛するのは、嬉しいことではあっても、違和感が拭えない。


「もしかしたら、食人者の間でシュガーの噂が広がったのかもね。美味しそうな匂いの人間が働いてるぞ、って」

「うわぁ……それ、すごく嫌ですね」


 昨日でさえ色んな目に晒されて疲れたのに、シュガー目当てで来店など、正直なところ遠慮してほしかった。


 言われてしまうと気になって、店内を見回すと時折シュガーに特有の嫌な視線を向けてくる人がかなりの割合でいるように思えてくる。

 もしかしたら、ただのカフェの冗談には収まらないのかも。


 シュガーは警戒心を全開にしつつ、なるべく笑顔は絶やさないよう心がけ、見回すのをやめた。


「店員さんくらい別嬪な娘、噂になってもおかしくないと思うけどなぁ」


 そんな時に、ふいに女の子に話しかけられた。シュガーがサンドイッチを作り、運ぶ所まで担当した女の子だ。既に完食してくれたらしく、彼女の目の前には綺麗になったお皿が置いてある。


 彼女の赤褐色の髪の隙間からは、2本の角が突き出している。実物は初めて見るが、オーガ種、というやつだったはず。

 食人者か、と思うと笑顔が硬くなるが、なるべく自然体で返事する。


「……えと、ありがとう、ございます」

「いやいや、うちの方こそ。仕事前に可愛い顔が見られて満足や。ちょっと勿体ない気持ちもあるけどなぁ」


 勿体ない、というのがどういう意味がわからないが、オーガの彼女はにこにこしながらシュガーを手招きする。

 仕方なく応じてそばへ行くと、驚くほど顔を近づけられ、まじまじと観察されてしまう。


 年齢はシュガーよりも少し上だが、カフェよりは歳下だろうか。整った顔立ちが浮かべる軽薄そうな笑みは、かえってシュガーを不安にさせる。


「……っ、あ、あの?」

「すまんな、うちは面食いで……あぁ、面の皮食うって意味とちゃうよ? うちオーガやから、食べるのは骨の方やもんな」


 食人者なりのジョークなんだろうか。真顔のままでいるわけにもいかず、苦笑いして、カフェの方に目線を逸らした。彼女は今コーヒーを淹れる作業の最中だった。


「えっと、こういうのはちょっと……」

「あぁ、悪かったって。美少女だとつい目に焼き付けとかなって思ってまうんや」


 やっと、彼女の顔がシュガーの目の前から離れてくれた。視線はシュガーから外れておらず、気まずいままだが、お構いなしに彼女は続ける。


「うちの名前はアズキ。アズキ・サクヤっちゅうんや。ま、最後に覚えてってな」


 そう言って、アズキは席を立つ。

 名乗ったのはこれからも来店するという意思表示だろうか。


 またさっきみたいに距離を詰められるのかと思うと、少し憂鬱になるが──その憂鬱を吹き飛ばすような光景が眼前に広がっていることには、すぐ後に気がついた。


「──ほな、やっちゃって」


 今までコーヒーを片手に軽食をとっていたはずの者たちの手には、大振りな銃砲が握られ、その銃口は全てシュガーを向いていた。

 驚く間もなく、火花が輝くのが見えて、あとは一瞬だ。弾丸の群れは一斉にシュガーの肉体へと向かって突き進む。

 火薬の破裂音すら置き去りに、目を閉じる暇すら与えずに、剥き出しの死がやってくる。


 それらすべてを瞬時に絡め取り、受け止めたのはダークブラウンの渦。シュガーの目の前を駆け抜けて脅威を奪い去り、主たるカフェの下へ戻っていく。

 それは──紛れもなく、コーヒーだった。


「私の店の中でシュガーを狙うなんて……しかも、全員グルだったとは驚きだわ。

 いい度胸してるのね、貴方たちは」


 気がつくと、カフェの手のひらの上で浮遊する水球が内部に大量の弾丸を閉じ込めており、飛来する銃弾はひとつもない。


「シュガーは下がってなさい」

「あ、あの、いったい何が」

「あれは敵。私のこれはただの超能力よ。貴女を守るためのね」


 マスケット銃を持ち出した集団は火縄が湿ったことで銃器を投げ捨て、代わりにナイフを取り出していた。

 唯一銃を使わなかったアズキは武器を手にしていないが、他の人々は今にも飛びかかってくるだろう体勢だ。


 カフェはシュガーをカウンターの後ろに隠れさせると、一歩前へ出る。


「ははっ、話に聞いてた通りのびっくり人間やねぇ。でもうちらもこういう仕事なんよ。堪忍な」


 アズキが指を鳴らし、それが合図となって周囲の人々が動き出した。


 まず3人がカフェを取り囲み、ナイフを振り下ろす。それをひらりと潜り抜けたカフェは、手元に浮遊させていた水球を向かってくる別の1人の顔面に投げつけた。

 水球を食らった女が溺れるのには一瞥もくれず、そのまま最初の3人のうち左右を顎への肘打ちで制圧。残りをミドルキックで蹴り飛ばし、壁に叩きつける。


 続く第2波に備え、拳を握るカフェ。懐へ踏み込み鳩尾を殴り、気絶させた者を投げつけて体勢を崩し、そこへ水流を放って戦力を削ぐ。


 投げつけられたナイフは屈んでかわし、そこへ飛びかかる者の腹部には拳が突き刺さった。

 続けてハイキックで1人、顔面を掴んで水流を浴びせたのが1人と、次々倒れ伏していく。


「へぇ。寄せ集めであんたをやれるとは思ってなかったんやけど……ここまで鮮やかに蹴散らされると、ちょっと見惚れてまうなぁ」


「貴女も同じようにしてあげるのだわ」

「おぉ、怖い怖い……さてと、そろそろやな」


 アズキの顔から笑みが消えて、その瞬間にシュガーの背後で窓が割れる音が響いた。


 嫌な予感がして、シュガーは振り向く前に身を屈める。刹那、さっきまで自分の首があった場所をなにかが通過していく。

 見ると、投げ入れられたのは長物だった。日本刀、だろうか。アズキが鈍く輝く刃を手にし、カフェへと鋒を構えるのが見えた。


 だがそれよりもっと警戒すべきだったのは割られた窓の方だった。そこから入り込み、シュガーへと鉄扇を突きつけてくる者がいるのだから。


「今度こそ……わしらの物になってもらうぞ、シュガー・スイート」


 シュガーを最初に追ってきた食人者──マドレーヌ。

 その瞳は以前見た時よりも血走っていて、一昨日よりも獣性に満ちたものだった。

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