その87 瓶詰めの爆弾
美味しい話には裏の裏の裏の裏まであるのが世の常。
それがお決まりのお話というものなのだ。
……裏の裏の裏の裏って、それって表?
「とはいってもさほど大きなデメリットではないと私は思うわ~」
「そ、そうなんですか?」
「ええ、余裕で取り返せる範囲だもの~」
「へぇー、だったら試してみてもいいかなぁ」
先ほどの忠告も忘れて火に惹かれる虫のように、私が安易につられそうになっていると、エクシュがぴしゃりと注意を飛ばす。
「主よ、あまりその女の言うことを鵜呑みにするなよ」
「扱い酷くな~い? 私、悪い女神じゃないよ~プルプル~」
「うっ、潤んだ顔がすっごい善人っぽい!」
「主よ、それは物理的に潤んでいるのだ」
常時水の中にいるニムエさんはさすがのぷる肌の持ち主だった。
そんな美人がうるうるしたらそれはもうマイナスイオンドバドバである……こ、こんな良き顔で見られたらついつい心を許してしまう!
私の一生の弱点……それは顔の良い人に見つめられること!
不治の病なので完治することはないでしょう。
「ええっと、ぐ、具体的にはどういうデメリットなんですか?」
「それは秘密よ~」
「そうなりますよね!」
そうだよね! それがお約束というもの!
言ってしまったら台無しですらあるしね?
「別に意地悪で言っているのではないのよ~。知らないままでやるのが一番いいの~」
「そういうものなんですか」
「『全てを洗い流す泉』は魔法というより神秘であるからな。神秘とはよく知られると陳腐化して効果が薄れていく」
「そういうものなんですか!?」
何やら謎の論理が展開されているけれど、とにもかくにも先にデメリットを知るともう泉の効果そのものが薄れるという話らしい。
デメリットを十分に理解できれば対策も立てられたと思うんだけど、それはどうやら無理のようだ。
でも、本番一発勝負は怖いなぁ……。
「ただし~、何事にも抜け道はあるわぁ。自分の体で試す分には大丈夫なのよ~」
「えっ、な、なんでですか?」
「うふふふふふふふふふふ、なんでだと思う?」
ひょっこりと水面から顔を出すニムエさんの顔は無邪気な笑顔で輝いている。
しかし、その無邪気さの中には虫を殺すような恐ろしさも秘めていて……。
なんでだと思うって……な、何でだろう!?
さっぱり見当もつかないけれど、一つだけ分かることはある。
それは……ニムエさんはやっぱりちょっと怖い人だということ!
明らかに、ヤバいことを考えてる笑顔だもの!
「お、お兄様はここを調査して大丈夫なのでしょうか……」
「あら? あなたのお兄さんがここに来るの~? いいじゃないの~」
あっけらかーんとお兄様の来訪を許してしまうニムエさん。
もしかするとまだ拒否された方が安心感があったかもしれない!
「肯定的なのが逆に不気味ではあるが、思慮深く相手すれば危険はない……はず」
「大丈夫大丈夫~! 安心安全がモットーなの~! どうしても心配なら、お兄さんが来る前に全部終わらせちゃえばいいじゃな~い? ちょっと浴びれば貴女の枷は外れるわよ~?」
「ゆ、誘惑の仕方がだんだん悪魔的になって来てるぅー!」
湖の乙女の誘惑はどこまでも蠱惑的だった。
もちろん、私としてもお兄様に負担をかけるのは本意ではないので、自分だけで解決できる分にはそれが一番なのだけど、で、デメリットが分からないことには……。
「それで、お兄さん、いつ来るの~?」
「た、多分、イブンの試験が終わってからだから……まだしばらくは来ないと思います」
「あら~、先なのね~。じゃあそうねぇ~」
ニムエさんは水中でゴソゴソと何かを探すようなそぶりを見せると──小さな瓶を取り出した。
瓶はそのまま私にそっと手渡されるけれど、これはいったい?
「お試し版の『洗い流す泉』よ~、飲めば魔法を一定期間だけ消し去ることが出来るわ~」
「えっ、す、すっごい!?」
「ただし、デメリットも一定期間継続されるわね~」
「だからなんなんですかそのデメリットは!?」
「うふふ、まあ、困ったら使うといいわ~。お姉さんはいつでも貴女の味方よ~」
そう言い残すと、ニムエさんはちゃぽんと再び水の中へと姿を消していった。
私の手に瓶を残したまま……。
こ、これどうしたらいいんだろう!?
「なるべく使わないことを推奨するが、有用なのは確かだ。真に困苦した時に使うと良いであろう」
「じゃ、じゃあ持っておくね」
聡明なる我が愛剣もそう言うので瓶は捨てずに持っておくことにする。
アポ取りはあっさりできたのだけど、代わりに何やらとんでもない爆弾を抱えてしまった。
かなりの重要アイテムであることは確かなので、むしろこれはお兄様に渡した方が良いかも……?
ゲームならお兄様に渡すかどうかでルートが分岐しそうなところである。
しかもハッピーエンドかバッドエンドかに分かれそうなセーブ必須レベルの選択肢に感じる!
「せ、セーブする力が欲しい……!」
嘆くけれど、残念ながら私にはそんなチート能力は備わっていないのだった。
まあ、この世界に生きているだけでチートみたいなところあるから、それは望みすぎというものだよね。




