その85 剣ってそういうものだっけ?
「さて、主よ。今日こうして手間をかけて会いに来たのは主の兄についてである」
「う、うちのお兄様が何か!?」
「先日、『真実の魔法』に付いて話していたであろう」
エクシュが言っているのは昨日廊下でお兄様が語っていた『真実の魔法』を完全に消し去ると言う驚きの方法のことだろう。
授業中ということもあって、途中で切り上げてしまったのだけど、何やら不穏なものを感じて仕方がなかった。
エクシュにもそういう考えがあるのか、少し眉をひそめるように、歓迎しないと言いたげな声で話す。
眉……ないんだけどさ!
「エクシュ何かご存じですか?」
「存じている。主の兄は泉の力を使おうとしているのだろう」
「い、泉の力?」
何やら情報通なエクシュは訳知り顔で(顔ないけど)語る。
「主も聞いていたのではないのか? あの魔法を消し去る変わりに大切なものを失くすという『全てを洗い流す泉』のことを」
「あっ、聞いたことある気がします。あれ、どこで聞いたんだろう……ええっと……そうだ! ジェーンが言ってたんだ!」
ジェーンの地元、トルティーナ村には『未来と過去を語るカラス』やら『鼻の長い精霊』やら不可思議な話が山ほど眠っており『全てを洗い流す泉』もその一つだった。
その後、剣探しに話が移行した為忘れていたのだけれど、そうそうそんな話もあったよね。
こうして思い返してみると……確かにお兄様がめちゃくちゃ興味持ってた!
超危険なのに!
「あれのことを言ってたんですかお兄様は!」
「うむ、そういうことであるな。そしてその泉の場所も既に突き止められている」
「早い!? さすがお兄様有能!」
「有能だからこそ困っているのだ」
「すいませんうちのお兄様が有能すぎて!」
私はついつい自慢げに己の兄の有能さを謝罪する。
まさか我が尊敬すべきお兄様の有能さを謝ることになるとは……。
いやどや顔してる場合じゃないんだよ! これはお兄様の危機ですよね!?
「というか、もしかしてお兄様、ヤバいですか? 危険ですか?」
「いや、有能であるから危険にもならんと予想する」
「あれぇ!? ここはお兄様が危険だから私に止めてくれという話じゃないんですか!?」
てっきり、お兄様を説得するために試行錯誤する羽目になると思っていたから、かなりの拍子抜けである。
有能すぎて危険にすらならないなんて!
いや、あの、大変喜ばしいことなんだけども。
「ただ先に泉に挨拶くらいしていた方が、角が立たない」
「あっ、れ、礼儀的な話で問題なんですか!?」
「うむ、主の兄はその辺の配慮が足りていない。よって、妹である主が先に挨拶をしてお伺いを立てておけば万事丸く収まると思い、こうして我が現れたわけだ」
「まさかそんな社交的な話になるとは思いませんでした」
お兄様は慎重に慎重を尽くしているので危ない目には合わないのだけど、それはそれとして無断に泉に来ることはスゴイシツレイに当たるらしい。
それを妹である私がフォローしてしまおうという流れ……な、なんか中世婚約者とか妹感は若干あるかも!
「というかだな、その泉というのは主も知っている泉なのだ」
「えっ、そ、そんな怖い泉に見覚えはないのですが」
「変な女が泉から出てきて我を渡したであろう。あれだ」
「あれですか!?」
変な女というか、それは湖の乙女という精霊の一種のことである。
名前はニムエさん。
今いる場所……つまり霧深き夢の森で私にエクシュを授けてくれた人なのだけど、常時湖に浸かっている為、溺れやしないかと心配になる人でもあった。
性格は結構天然さんである。
あ、あの湖が『全てを洗い流す泉』だったんだ……。
湖なのか泉なのかややこしいけども!
「顔見知りであるから、挨拶もしやすいであろう」
「だから私、この森にいるんですね……」
「手土産の品は我が用意しておいたから安心するがよい」
「至れり尽くせりすぎませんか!? え、エクシュ、貴方、本当に私の剣で大丈夫? 私にはもったいないくらいの名剣だよ!」
土産の世話までしてくれる剣ってそれもう剣の領分を超えすぎている気もするけれど、しかし名剣には違いない。
これまで見た目のせいで侮っていたエクシュだけれど、まさかこんなに素晴らしい剣だったなんて……。
「無論我は名剣だが、故に扱うものは心の強さを問われる。主はまだまだ未熟だが、可能性は感じる。勿体ないと感じるのなら、己の心を鍛えるが良い」
「はっ、はいぃー!」
今まで結構雑な感じでエクシュと仲良くやっていこうと思っていた私だけど、もう今のエクシュにはそういう気安さはなく、完全にキングオブキングだった。
いや、話し方は時々ラフになるんだけど、それすら威厳を感じるんだよ!
「ではニムエの元へ行くとしよう。あれは馬鹿であるから、土産を貰うと即オチ間違いない」
「即オチ必死なお土産とはいったい……」
「我お手製の木彫りのオブジェである。見るがいい」
エクシュが剣先でつつくように取り出したそれは……私の落書きソードを模した彫り物だった。
つまり、それはえくしゅかりばーとしての姿なわけで……。
いや、それって! それって!!!
「自画像じゃないですかそれー! どれだけ好きなんですかあの姿が!」
「お気に入りの姿なのでな。ニムエも面白がっておったし丁度良い」




