その39 文字通りおんぶに抱っこ
「の、乗れと!?」
大地のように広いお兄様の背中を前にして、私は思わず後退りをする。
生きる聖地とも言うべき推しの背に我が体を乗せるなんて、そんなこと許されるんですか!?
「そうだ、乗れ」
「いえいえいえいえ! あの、お兄様の背中に私のようなものが乗るのは不敬も良いところですよ! 私、絶対おも……おも……正直重くはないとは思いますが! 身がまるで詰まっていない骨骨ボディなので超絶軽いとは思いますが! し、しかし、しかしー!」
「なら、何も問題ないだろう」
「ううっ……はい、お願いしますお兄様……」
もう反論の余地もないので、早々に抵抗を諦め、羞恥と己が不敬を受け入れることにした。
そもそも、迷惑になっているのに、その親切を跳ね除けていては、更に迷惑になるだけだ。
特に山での迷惑は死に直結する……気がする!
私は恥ずかしながら、背負われるためにお兄様の大きな背中に手を伸ばす。
すると手に温かな岩のような感触が伝わってくる。
か、硬い! 同じ人類とは思えないほど硬いよ!?
男性ってみんなこうなの!?
もう自分のふよふよボディとの違いに唖然としながらも、おずおずと背中に体を預ける。
すると、お兄様はまるで何も背負っていないかのように軽々と立ち上がってみせた。
か、かっこいいー! そして近すぎちゃってどうしよう!
せめて汗を気合いで止めないと!
モデルさんとか汗をコントロール出来るらしいし、今だけその力に目覚めてくれー!
興奮しつつ、ふわりと持ち上がった視点で周囲を見渡す私。
瞬間、衝撃的な光景を前にして脳裏に衝撃が走る!
えっ!? ちょちょちょちょっとまって!?
視点が高い!
まるで机の上に立ったよう!
えっ、180cmの人ってこんな視点で生きてるの!?
高所恐怖症だったらもうただ歩いてるだけで気絶ものだよこれ!
「すっごい高いですお兄様! ちょっと怖いくらい高いです! えっ、こんなに高いんですか!?」
「身長差が約40cmあるからな」
「そう考えるととんでもない差ですね……!」
40cmもあるともう頭一個分の差を遥かに超えている。
たまに会話してると首が痛くなるもんね……。
それに声も常に天上から降ってくるので、何度天使の声と間違えたことか。
イケメンたちみんなデカすぎるし、足が長すぎるんだよ! 好き!!!!!!
お兄様にとって私なんて紙みたいなものらしく、平然とお兄様は山道を登り始める。
揺れる視界、熱を持ってくる顔。
ジェットコースターよりも心臓に悪い場所かもしれない。
「お二人が仲睦まじくて私は大変満足です」
私たち兄弟の大人と子供のような光景を見て、ジェーンは何故か柔らかな瞳をこちらに向けている。
まるで聖母のような視線だった。
いや、なぜに?
「ジェーンはなんでそんな母のような慈愛の表情を……?」
「私はラウラ様風に言うと、二人推しなところがあるので」
「お、推し!?」
推しに推されている!?
あれ、なんかデジャブを感じるのだけど!?
ナナっさんに続き一日振り二回目!?
まあ、心優しいジェーンの瞳からしてみれば仲良い兄妹の姿は美しく映るのかもしれない。
実際は私というオタクが勝手にはしゃいでるだけなんだけど……。
たかいたかーいで喜ぶ私はもはや小学校低学年の様相を呈している。
だ、だって、本当に高いからさ!
高いからさー!
「揺らしたりしてやろうか?」
お兄様が余裕たっぷりにそんな冗談を言うもので、ただでさえ赤い顔は真紅に染まる。
常に赤い頬は、赤ん坊らしいかもしれなかった。
「本格的に幼児をあやしにかかってませんか!? あ、赤ん坊ではありませんよ! 精神年齢赤ん坊ですし、赤ん坊願望もありますけども!」
オギャりたい……顔の良い人たちに!
そんな思いは最高に気持ち悪いものなのだけど、しかして、全人類がわりと思っていることでもある。
人はみんな赤ん坊になりたい時があるはずなんです! きっと!
「ラウラ様、それはもうほとんど赤ん坊なのでは?」
「赤ん坊じゃないからこその願いなの」
「ふ、深いです……」
ジェーンは感心してくれるけれど、死ぬほど浅いよ!?
赤ん坊のプールくらい浅い!
背負われた状態でジェーンと会話するのはなかなかシュールで、我ながらおかしな光景だと思う。
しかもジェーンは顔色一つ変えずに淡々と山を登っていて、その姿には熟練の雰囲気すら感じられるのだから、私との差が大きすぎる。
こんな女性になりたいだけの人生だった。
「ジェーンは山登り平気なんだね」
「あっ、はい。私は田舎者ですので、山歩きは慣れていますから」
「それにジェーンは運動神経も悪くない。剣の授業でも優秀な成績を残してたはずだ」
「そうだ! 強いんだよねジェーン!」
「い、田舎剣法なので、お行儀は悪いです」
ジェーンはそう謙遜するけれど、お兄様が褒める以上、大変立派なものなのは間違いない。
お兄様は私に嘘はつかない人だ。
魔法だけでなく戦闘技術もジェーンは優れている。
それはゲームで知っていたことではあるけれど、実際にこうして華奢なジェーンの姿を見ると、ギャップで驚きも増すというものだった。
私は魔法も剣も酷いものなので、尊敬しかない!
多分私、鎧の自重で潰れて死ぬと思う!
「そうだ、剣と言えば春には魔闘会が開かれるはずだ」
「魔法を競い合う大会ですよね」
魔闘会。
それは前にジェーンとローザの話を聞いて、思い出した大会だった。
ゲームではジェーンと攻略対象が一緒に出場する二人一組の武術と魔術の祭典。
優勝商品が確か魔剣で『真実の魔法』抑制に効果があるらしい。
「魔剣狙いであれに俺も出ようと思っている」
「出場なさるんですか!? ええっと、その、私のことは気にせず無理はしない方向で……」
「いや、絶対に勝つ」
「覚悟が強すぎます!」
背中越しに伝わってくるお兄様の熱い思い。
魔闘会をお兄様は本気で勝ちにいく姿勢らしい。
それ自体はゲームでもあった内容なので、おかしくはないのだけど私のためというのは心苦しい。
わ、私が出られればいいんだけどなぁ……。
へなちょこすぎて無理だろうけれど、でも、みんなに戦ってもらうのも情けない話だ。
何か手はないものか……。
「ただあれは2人で1チームの大会だから、仲間が必要でな。ジェーン、どうだ?」
お兄様が自然な流れでジェーンに話を振るもので、私は大興奮だった。
おおっ!?
お兄様が女性をお誘いしている!
舞踏会じゃなくて武闘会でもなくて魔闘会なのが残念だけど、でもいい傾向!
このまま恋愛方面にいく可能性もありよりの在原業平ですよ!
ちはやぶちゃってください!(荒々しく激しく誘っちゃってください!の意)
「あっ、その、すいません……ローザと一緒に出ようかという話をしてまして」
「そうか、なら仕方ないな」
興奮して意味不明なことを考える私をよそに、ジェーンは恋愛フラグを見事に折っていた。
まるでバットを折る空手マンのように軽々と折るねジェーン?
このヒロイン、恋愛の気配がなさすぎる!
恋愛ゲームのはずなのに! これでは友情ゲームだよ!
普通にありなジャンルだけど!
「ヘンリーでも誘ってみるか」
「お兄様とヘンリーが一緒ならすっごい優勝候補ですね!」
「いや、あいつは忙しいから望みは薄くてな……」
その後もしばらく魔闘会の話で私たちは盛り上がり、気が付けばあっという間にナナっさんの言うところの神殿もどきの前まで辿りついた。
ただ、その神殿もどきという名称には間違いがあったと言わざるを得ない。
何故なら、その建物は立派も立派、ご立派なものだったからだ
真っ白な大理石に滑らかに刻まれた模様、10mはある巨大なその見た目、そして屋根を支える20本の太い円柱。
どう見てもそれは大神殿だった。
「神殿もどきとは?」
「まあ、結構めちゃくちゃな作りなのでもどきではあるな」
在原 業平
平安時代初期の貴族・歌人。
美男子の代名詞的な存在で和歌知顕集によると生涯3733人の女性と交わったらしい伝説の超モテ男。
有名な『ちはやぶる 神世も聞かず 竜田川 からくれなゐに 水くゝるとは』はこの人の代表歌。




