その290 お尻覇王のお尻は王
ジャーンジャーンと銅鑼の音が響き渡りそうなほどの堂々たるジェーンジェーンの登場に、トラコさんが思いっきり後ずさる。
そうだそうだ。追われているんだった!
とはいえ、もっと可愛らしい追われ方をしているのかと思いきや、思ったより本格的に追われてるね!?
だってジェーン、縄持ってるもん! 縄を! 西部劇以外で縄持って追いかける人なかなか見ないよ?
「あっ、ラウラ様! お、起きてらしたんですね。おはようございます」
「うん、おはようジェーン……えっと、私、部屋を出てた方がいいかな?」
「待ってください、今出て行かれると私のお尻が風前の灯です」
「宴も酣って言いますし」
「今あるのは酣じゃなくて猛々しい人と縄なのです……!」
出て行こうとする私の腕をがっしりと掴むトラコさんの形相は必死だった。
その姿には何処かときめくものがあるのでとどまらざるを得ない。
ドラゴンを止めたせいか以前よりもいっそう小動物味が増して可愛らしくなった気がするな……。
「ジェーン、トラコさんも悪気があったわけじゃないんだから、許してあげようよ」
ひとまず私は仲裁に入ることにした。
私の様な者には似つかわしくないポジショニングだけれど、しかし、お尻が三つや四つ五つになってはトラコさんがあまりに不憫だ。
「トラコさん、不可抗力なんですよね?」
「ももももも、勿論! ドラゴンを捨てたことで結果的に『ドラゴンはいなかった』という修正力が強まり、置き換わりが発生してしまいましたが、そのことが大押し競饅頭大会に置換されるのは予想外でした……!」
「うん、まあそりゃあ予測できるわけないよね」
こんなの予測出来たらもはや未来人である。
そしてそんな未来を教えられてもきっと誰も信じない……!
「……トラコが苦渋の決断でドラゴンを捨てたことは分かっています」
「えっ、そうなの!? てっきりそこで行き違いが起きているのかと」
「立派なことだと思います。決断したその意思を褒めてあげたい気持ちはやまやまなのですが、怒っているのはそこではなく……そこではなくてですね……!」
ジェーンはトラコさんに向かってわなわなと震える指を突き付けると、こう叫んだ。
「最初は誰が優勝者とか決まってなかったんです!」
「そうなの!?」
「当初はみんなまだ記憶が曖昧でして、それで『大会は開いたけど誰が勝ったんだっけ……』という話になって、そこでトラコがぽつりと『ジェーン様では?』って言ったんです! 言っちゃったんです! そこからみんなの記憶が定まってしまって、私が優勝者として確立されて、しかも『お尻覇王』なんて呼ばれる事態にまでなっちゃったんですよ!!!!」
「……トラコさん? 聞いてた話と違うんだけど?」
「それは、その、不可抗力でして……」
視線を右往左往させるトラコさんの姿は明らかに挙動不審で、ジェーンの言っていることが真実だと一発で理解できた。
お尻覇王というあだ名はよく分からないけどね?
未だかつてお尻が覇王だったことがあるだろうか……いや無い。
本当に仇の有る名前で、仇名と呼ぶに相応しいのかもしれないけども!
「あの時一番活躍したのは誰かと考えた時に、最初に思いついたのがジェーン様の顔だったので、それでつい口走ってしまって……」
「うん、まあ一番活躍してたのは間違いなくジェーンだよね」
「お尻で活躍した覚えはありません!」
どうやら全てはトラコさんの失言が原因だったようで、ジェーンは怒り心頭だった
ほっぺたを膨らませて怒った推しの顔もひたすらにプリティだけど、しかしながら、それは私視点の話であり、トラコさんから見ればきっと恐ろしい鬼に見えているんだろうな……。
「トラコさん、残念だけど……」
「その可哀そうな子豚を見る目はなんですか!? あの、み、見捨てませんよね? お優しいラウラ様は私にお慈悲をくださいますよね?」
「ごめんね、擁護しようがないし、私、絶対的にジェーンの味方だから……」
「…………さらばです!」
「待ちなさい!」
私からの救援が無いと悟ったトラコさんは即座に窓を開け放つとそこから飛び降りる!
しかしながら空が飛べるジェーン相手にその逃走経路はあまりにも愚策だった。同じく窓を飛び出て追いかけて行ったジェーン、その後の流れは姿が見えずとも外から聞こえてくる「ぎゃー!」という悲鳴だけで十分に理解できた。
トラコさん、ナムサン……。
「さわがしいわね……」
「あっ、妹様、起きましたか」




